待ち伏せ 1
イシュルは左手の甲を目の前にかかげ、薬指にはまった指輪を見つめた。
その指輪には今は青い石がはまっている。見た目で判断する限りでは、おそらく緑柱石の一種だろう。この石は男爵から奪ったベルシュ家の魔法具の、ペンダントの先につけられていたものである。ベルシュ家の魔法具、首飾りの魔法具の本体がこの石だった。それを今まで石のついていなかった母の形見の指輪にはめたものだ。
イシュルは右手でかるく指輪の石に触れた。
触れた瞬間、自分のまわりに何かの気配が複数、まとわりつく感じがした。それは自分と触れるくらいの近さから、一長歩(スカル、約0.6〜0.7m)くらい離れたその間をちらちらと、揺らめきながら絶えず位置を変えている。
おそらく自分以外の他者は、このゆらゆらとうごめくものに視覚などの感覚を惑わされてしまうのだろう。だから剣で斬りつけても矢でねらっても当たらないことになる。
イシュルは指輪を右手で隠すように覆い、消えろと心の中で念じた。
まわりの揺らぎが消える。
母の形見のリングに一族の遺した魔法具の石。それがひとつになって彼の指にはまっている。
父の形見の剣と、この指輪。イシュルに遺された大切なもの。イシュルは心の中に少しだけ暖かいものが広がるのを感じた。
イシュルが上機嫌で顔を職人の方に向けると、その男は首に巻いた布切れで、顔に浮いた汗を拭っていたところだった。男はイシュルと目が合うとブルっと、からだを震わした。
男爵領を抜けてからは日中の移動に切り替え、王国中南部を望む丘陵を下って翌日にはオーヴェ伯爵領のオーフスに入った。魔獣に遭遇することもなく、可能性は低いと考えていたが、男爵家からの襲撃や尾行らしきものもなかった。
オーフスの市街に入る手前で、エリスタールに向かうらしい隊商と行き違った。荷馬車が三台に護衛の傭兵らが七名ついていた。最近は零細の商人たちが隊商を組み、目的地に向かう例が増えているようだ。護衛の費用を協同で出資して傭兵の人数を増やしつつ、一方で支払う報酬額を押さえたい、ということなのだろうが、それは魔獣の出没は相変わらず増加したまま、状況は悪化はすれども好転はしていない、ということなのだろう。
イシュルは途中から日中の移動に切り替え、夜は宿をとったり、旅人に寝所を提供してくれる街道沿いの農家に泊めてもらったりした。ひとり旅で金もあるからそういうこともできる。
昼間の移動で夜は建物の中、となれば魔獣と遭遇する可能性も減ることになる。それでイシュルは魔獣と遭遇することなくオーフスに到着することができたわけだ。
ただ、もう魔法を使うことを隠す必要もないし、魔獣と遭遇してもいっこうに構わなかったのだが。
オーフスに到着した日は職工ギルドに行き、銀細工の腕のいい職人を紹介してもらって終了、早々に宿をとって休息に当て、翌日はその銀細工の職人の工房へ向かった。
イシュルの向かった工房は、オーフスの街の東側、家々の間を小さな用水路が幾つも走る、典型的な下町の職人街にあった。
木樽や鉄製の壊れた工具が無造作に置かれた店を中に入ると、すぐ目の前に薄汚れたカウンターがあり、その向こう側が工房になっていた。奥に細長い部屋の真ん中に男がひとり背を向けて座り、俯き加減に黙々と仕事をしている。男の背から何かの金具や工具の先が時に大きく、細かく動くのが見える。
男の座る左奥には、天井まで伸びる土壁と石積みで造られた暖炉のようなものがある。あれは彫金に使う炉なのだろう。中は鉄扉で覆われ見えないが、中の空気の揺らぎ具合からすると、種火程度の小さな火がくべられているようだ。
イシュルが声をかけると、男は手を止めて立ち上がり、イシュルの許へ寄ってきた。
濃い不精髭を生やした、まだ若い男だ。二十歳過ぎくらいか。
首に巻き付けていた布をおろして両手を拭きながら声をかけてきた。
「なんだい」
イシュルは指輪と首飾りを男に見せて言った。
「この首飾りの先に着いている石をはずして、この指輪にはめて欲しい。少し爪を広げるか削ればいけると思うんだが」
「ああ、いいよ」
男は指輪を手にとり、爪のあたりを見つめて言った。
「今は立て込んでてね。そうだなぁ。二日後くらいかな? お昼くらいにでも取りに来てくれ。お代は」
「金ははずむ。今すぐやってくれないか」
イシュルは男を遮り、首飾りを持ち上げ男の前にかざした。
「いゃあ、そりゃ困るよ。俺、今忙しくてさ」
男は左手で不精髭の生えた顎をさすりながら、イシュルから首飾りを受け取った。
右手で革ひもを持ち、左の掌に石をのせる。
「ひっ」
のせた瞬間、男はびっくりして、首飾りを落としそうになった。
「おいおい、気をつけてくれよ」
イシュルはニヤッと笑って言った。
「今すぐやってくれるな?」
それから男は緊張に脂汗をその額に浮かせ、震える手先をなんとかなだめてペンダントから石をはずし、指輪に石をはめた。
はめ終わると男はふーっと大きく息をひとつ吐き、額の汗をぬぐった。
「はは、こんな仕事はじめてだぜ」
確かに街の一職人が、魔法具の修理を請け負うことなど滅多にあることではないだろう。
イシュルをあれこれと詮索してこないところは、歳のわりになかなか世慣れていると言えるかもしれない。
いや、実は物がものだけにただ恐れ、忌避しているだけなのかもしれい。
イシュルは、魔法具の本体である石のはまった指輪を左手の薬指にはめ、具合を確かめると、ビクつく男にお代を渡した。
「後で誰かにこのことを聞かれるかもしれない。その時はありのまま、話してかまわないよ。別に口止めする気はないから」
男は目を瞬き一瞬何を言われたか理解できない様子だったが、すぐにその意味を悟ったのか、顔を青くして何度も頷いた。
男爵家の生き残りか王家か、誰かが俺を追っているか、監視しているかもしれない。
そのことを忘れないようにしないといけない。
イシュルはそれからオーフスの主神殿前の広場に行き、広場の露店で旅に必要な日用品などを買った。
ふと、城の方に目をやると、オーヴェ伯爵家の旗が何本か、慌ただしく動くのが見える。
イシュルは調度火打石を買おうとしていた、露店のおばちゃんに声をかけた。
「お城の方で何かあったのかな」
「ああ、今日は朝からお城の方が騒がしかったね。あたしゃ何も聞いてないけど」
イシュルは広場を離れるとフロンテーラ街道に出、城の方へ向かった。もう少しで城の前に出る、というところで、城の手前で視界の広がった街道の先に、北へ向かう騎馬隊の後ろ姿を見た。
イシュルがエリスタールを出て五日目になる。
早いような遅いような……。それとも増援か交代部隊か?
イシュルの知る限りでは、フロンテーラ街道を南下する途中で、エリスタールへ向かい北上するオーヴェ伯爵家の部隊とかち合うことはなかった。
もしオーヴェ伯爵家の動きがこの辺りの領主らの旗頭である辺境伯か、あるいは王家から直接要請を受けてのものだとしたら、距離的にも相当に早い動き、ということにはなるが。
王国内には伝馬制といったらいいのか、要所要所に連絡用の騎馬を置く組織だったものは整備されていない。ここ数日間、エリスタールやアルヴァ、王都間を、爵家や土豪の馬を借り乗り継いで、使者が不眠不休で行き来したことになる。
イシュルは来た道を引き返すと、昨日と同じ宿屋に向かった。オーフスでもう一拍し、翌早朝には街を出た。
オーフスを出て翌日、イシュルは街道からはずれた人家のない草原にひとり、ぽつんと立っていた。天気はよく晴れ気持ちがよい。街道はイシュルから見て左側、その奥に雑木林が広がっている。街道の南北をよく見渡せる。今街道を歩いている者はいない。
イシュルはここ数日、考えていたことのひとつを試してみることにしたのだ。
目をつむり、心を落ち着け、集中する。
「風の神よ、願わくば我に汝(な)がしもべを与えたまえ」
イシュルは自ら考案した呪文、らしきものを唱えた。
一陣の風が吹く。草がたなびきざわざわざと鳴った。
だがそこまでだった。精霊を呼び出そうとしたのに、彼は現れなかった。
だめか。
ここ数日、考えていたことのひとつ、それは男爵家に復讐を果たした後、偶然精霊を召還した件についてだった。
あの時の子どもの精霊の発言、呼び出した時の状況から、呪文が正確でなければならないこと、言霊といったらちょっと違うか大げさかもしれないが、要は心を込めて唱えること、その二点が重要と考えたわけだが……。
あの時唱えた聖堂教の聖典の一節、あれよりももっと具体的な単語や呪文らしい文体を考えてやってみたのだが、ちょっと違っていた、いや、かえって遠ざかってしまったのかもしれない。
呪文にはやはり使用する単語や構文に厳然たる正確性、たとえば方程式や化学式のような、正確でなければ何も意味をなさなくなるような、決まりごとがあるのかもしれない。
だが、さっきは明らかに自然のものではない、しかも自分が魔法で直接起こしたものではない風が吹いたし、厳しい正確性が要求されるのなら、そもそもあの夜に召還された精霊はどうなのだ、という話になる。
単純にあの時の聖典の一節より、呪文として遠ざかっただけ、と考えればいいのか?
もちろん、魔術書を読むとか、同じ系統の風の魔法使いから直接学べばそれで解決する問題だとわかってはいるのだが。
やはり具体的なイメージとか、想像力とかが必要なのだろうか。
頭の中であの夜に現れた精霊を思い浮かべる。
もう一度やってみるか。
イシュルが同じ呪文を唱えようとすると、今度はさぁーっと、草原の草を鳴らして、冬の訪れを感じさせる少し冷たく乾いた風が、自然の風が草原を渡って吹いてきた。
そうか。
何かひらめくものがある。
イシュルはかつての村の、ある時は青く、ある時は黄金色に輝いていた麦畑を渡る風、いつも吹いていたベルシュ村の風を想った。
あの光景、あの風。それはいつも心のどこかにあり続ける。あの風はいつも自分のどこかで吹いている。
「風の神よ、願わくば我に…」
来る……!
イシュルはそこで閉じていた目を開いた。呪文の詠唱を止めてしまう。
いい感じだったのにな。
イシュルはその眸を街道の先、雑木林の方へ向けた。
紅葉のまばらに混じった、幾分くすんだ木々の緑を背景に、八人の男女が横一線に並んでこちらに歩いて来る。
彼らは街道を越え、イシュルの方へ真っすぐ歩いてくる。おそらく奥の雑木林に隠れ、街道を行くイシュルを張っていたのだろう。
イシュルがエリスタールを出て六日目。
オーフスで二泊している間に追い越した、といったところか。
イシュルは目を細めて彼らを見つめる。
集団の真ん中あたりにゴルンがいた。
その右には黒いローブに木の杖の魔女らしき女がふたり、左には長槍をかかえた背の高い男。あの男は見覚えがある。昔、村に行商の護衛でゴルンとよく来ていた、長槍を持っていた男だ。
確か名前はホッポと言ったか。ビジェクの姿は見えない。
イシュルは彼らが出てきたと思われる雑木林の方に再び目をやった。
あそこにビジェクが射手として潜んでいるのだろうか。だが、あそこからでは距離がありすぎて有効な弓射はできない。こちらも彼がいるかどうか、探知できる距離ではない。
他の面子は若い男女の剣士がひと組、ホッポと同じ長槍を持った男がふたり。
イシュルはゆっくりと近づいてくる彼らを見て複雑な笑みを浮かべた。
魔法使いがいるのは面白い。しかもふたりも。だが、あれくらいの面子というか、人数ならここからでも一撃で全滅できるのだが。
魔法使いの実力ははっきりいってわからない。だが彼女、火龍と戦い、ふたりだけで会った時、こちらにナイフを突っ返してきたあの宮廷魔導師の女の子より実力が上とは思えない。ゴルンをかるく見ているわけではないが、彼ら一般の傭兵、賞金稼ぎらとつるんでいるのなら自ずと彼女らの実力がどれくらいか想像はつく。できれば風や火系統でない魔法を使ってくれたらありがたいのだが。
そして彼らの依頼主が誰かだが……。
ゴルンたちが近づいてきた。彼らはイシュルに二十長歩(十数メートル)ほどの距離をとり、ゴルンを中心に半円状に展開して、イシュルをかるく包囲するような形をとった。
ゴルンがこの集団、パーティと言っていいのか、のリーダーなのだ。
「ひさしぶりですね。ゴルンさん」
イシュルはにっこり笑いながら声をかける。
「ああ、そうだな」
対してゴルンの口調は少し堅い。
「ビジェクさんは?」
「あいつはおまえの事、ずいぶんと買ってたみたいでな。今回は不参加だ」
「そうですか。それはちょっとうれしいですね。で、セヴィルさんらは無事フロンテーラに?」
「ああ、安心しろ。無事送りとどけた」
ゴルンはしっかり頷いた。
なるほどゴルンなら、イシュルを待ち伏せするのも容易だろう。彼はイシュルがセヴィルに会うためにフロンテーラに再び向かうことを知っていた。最初からフロンテーラ街道ひとつに絞って、イシュルより先回りすればいいだけだ。
「依頼主は誰です? まぁ、それは言えないですかね? ツアフさんのところを通してるんですか」
もしツアフの傭兵ギルドがかんでいるのなら、ちょっとショックなんだが。
「それは言えねぇ。昔お世話になった人でな。ツアフのところじゃねぇよ」
ゴルンは少しづつ殺気を放ち始めた。
他の者も槍を構え、剣を抜く。剣の刃が鞘をすべる音が横から聞こえてきた。
「坊主、ひとつ確認したいことがあるんだが」
今度はゴルンが質問してきた。
彼の横にいるふたりの魔法使いが杖をかかげ、小さな声で呪文らしきものを呟きはじめる。
「いいですよ」
ふたりの魔法使いはフードをあげて顔を出している。ひとりは高齢の白髪の女、もうひとりは若い、栗毛の女。ふたりは顔つきが似ている。
ふたりは親子かもしれない。まったく同じタイミングで、ふたりの杖から魔力が上に向かってほとばしり、ふたりの頭上できらっきらっと何かが光るとそれが火球になった。火球はそれぞれひとつずつ、ひとの頭よりひとまわりほど大きい。あの宮廷魔導師の女の子はあれの倍くらいの大きさの火球を同時にふたつ、つくっていた。
なんだ、火の魔法か。少し残念だ。
「おまえがお城を壊し、男爵さまを殺ったんだな?」
「そうです」
「復讐したのか。おまえがイヴェダの剣の魔法使いだったのか」
ゴルンが言い終わった瞬間、ふたりの魔法使いがイシュルに火球を投げてきた。
イシュルは強風を棒状にして火球を横に薙いだ。火球はふたつとも横に吹っ飛び、火が消えて影も形も無くなる。
それと同時に、上空に風を集めはじめる。
「ひいいっ」
それを見たふたりの魔法使いの反応が面白かった。
年寄りの方は腰を抜かして地べたに尻もちをつき、若い方は杖を両手で抱え持ち、小さくなって震えている。
彼女らは俺の魔法を見て震えてるんじゃない。おそらく俺のからだに現れ出た魔力を見て恐怖したのだろう。自分が魔法を使う時、特に大きな魔法を使おうとする時、魔法を使える者や魔獣どもにどう見えるのか、こればっかりは鏡にでも映してみないとわからない。いや、鏡に映るものなのかわからないが。
ゴルンは怯えた彼女らの様子を見て口をあんぐり開け、呆然としている。
しかし周りの者たちは伝染する恐怖にかえって危機感を覚えたのか、殺気を漲らせ、イシュルの方へじわじわと近づきはじめた。
突然、彼らの背後に激しい風が巻き起こる。
イシュルを半包囲する彼らの外周を、竜巻のような風の奔流がぐるぐると周りはじめた。
激しい轟音と、巻き上げられる草や土埃に周囲の景色がかすみ、見えなくなる。
イシュルと、彼を包囲する者たちのいる場所だけが薄暗くなり、陽光の温もりも風もなくなり、突然まるで違った場所に連れてこられたような異様な感覚に覆われていく。
イシュルを除き、皆その場で呆然と立ちすくみ、恐怖に顔を歪め、中には泣きそうな顔になっている者もいる。
彼らには本能でわかるのだろう。すぐ後ろを吹き荒れる風の渦にちょっとでも触れれば、それだけであっという間に全身を巻き込まれ、空高く吹き上げられてどこかに飛ばされてしまうか、あるいはからだを幾重にもへし折られ、ひょっとすると全身をバラバラにちぎられ細かい肉片にされて、確実に命を失ってしまうことを。
「待て! 待ってくれ!」
ゴルンがイシュルに掌を向けて大声で叫ぶ。
「止める、止めるから! 俺たちは手を引く!」
イシュルは風の渦を弱めた。
それに合わせるように、イシュルを囲んでいた者たちの緊張が少し緩む。何人かが膝をついた。
「いいんですか? 依頼主はどうするんです?」
イシュルは脅えているふたりの魔法使いにちらりと目を向け、笑みを浮かべたままゴルンに言った。
「契約違反になるが仕方がねぇ。自分の命より高いものはないからな」
「そうですか」
周りの者で口を出す者はいない。
「だからこの物騒な風のお化けみたいなもん、止めてくれないか」
イシュルは風の渦を消した。
土埃が遠くに飛ばされ、彼らのまわりに陽光が戻ってきた。なぜか吹き上げられた草がまだ少し残っていて、ふわりふわりと辺りを舞っている。
「エリスタールに帰ってきたと思ったら、すぐにお声がかかってな」
ゴルンは大きく安堵のため息を吐くと言った。
「俺はあの城もちらっと見ただけで、まだ詳しくは知らなかったんだが、おまえの魔法は聞きしにまさる凄さだな」
まぁそんなところだろう。こちらが男爵らを殺ったのは、ゴルンらがフロンテーラから帰ってきて、たいして間もないあたりだったんじゃないか。
さて、依頼主が誰かだが。
「それで、やはり依頼主は教えられませんか? 気になるんですよね」
イシュルはあれから地面に座り込んで、肩で息をしているふたりの魔法使いを再びちらっと見て言った。
エリスタール辺りでも魔獣の出没が増えて、各地から流しの賞金稼ぎや傭兵らが少数だが集まって来ている、というのは以前から知っていたが。
それほど実力があるわけではなさそうだが、魔法使いが二名も混じっているのが気になる。
「それだけは勘弁してくれ。その人も仲介しただけで、本当の依頼人は俺も知らねぇんだ」
イシュルは黙ってうなずく。
「ホッポさんはいいとしても、他の方々はどうやって集めたんです? 時間もなかったろうに」
ゴルンはホッポと一瞬目を合わすと困ったような顔をした。
「それは、まぁ、いろいろあってだな……」
「依頼主が大方手配した、ってところですか」
最初は男爵夫人や騎士団長の遺族あたりかと、ふつうに考えていたわけだが、ちょっと違ったようだ。
内実はもうちょっと複雑だろう。何か裏がある。
あの崩れ落ちた城を見ていたら、どんなやつだって、どんなに大金を積まれたって、俺の暗殺依頼なんて受ける筈がない。それなのに、良くも悪くもそこそこの連中が八名。ゴルンがリーダーだからか知らないが、俺と喋っているのは彼だけ、他の連中と面識がないのは確かだが、悲鳴やため息を吐くくらいでみな、だんまりなのはちょっとおかしい気もする。
前もって示し合わせているんじゃないか、これは。
「……」
ゴルンはイシュルの疑問を無視すると媚びた笑みを浮かべて言った。
「それより坊主、おまえこれからどうすんだ? もう王国には居られないだろ? セヴィルさんたちに会ったら国抜けでもするのか?」
そうか。やはりそんな感じか。
「どうですかね」
イシュルは突然目を怒らせ、ゴルンを睨みつけ、続いて周りの連中を威嚇するように見渡すと言った。
「ベルシュ村の関係者には手出しは無用、って、あんたらの依頼主に伝えておいてくれないか? 何かしたらブリガールと同じ目に合わせてやる。どんな遠くの国の、どんな身分のやつだろうと」
ゴルンの顔が真っ青になった。
セヴィルやイマルらを人質にとられて、我が命に従え、などとやられたらたまらない。まぁ、そんな男爵だかヴェルスのような愚か者はそうはいないだろうが。
「わ、わかった、わかったから」
「俺自身はどうでもいいんですよ。何でも来い、って感じです。城のひとつやふたつ潰すことくらいたいしたことない。死ぬ気でかかれば一国丸ごと、葬ることだってやってみせる」
はったりも混ぜて少し大げさに言う。
ゴルンはまた口をあんぐりと開け、首をカクカクと縦に振った。
風の魔法を使って派手にやれば、魔法具を持つ者が自身に特定され、ベルシュ村の他の出身者に嫌疑がかかることはなくなる、と考えたが、今度は数少ない親しい者を人質にとられ、利用される可能性を考えなければならなくなった。
ただ、そんなことをしてもあまり意味がないことは、よほどの愚か者でない限り、為政者や権力者たちにはわかる筈だ。
人質をとって相手に言う事を聞かせるなんてのは、所詮その場限りの対処法でしかない。もし人質を何かで失うか、その価値が無くなるか、奪還されてしまえば、その後は己が破滅しかねない。そんなリスクの高い綱渡りを続けることなど、重い責任やら義務を背負わされた彼らにはできないだろう。
まともな頭脳の、見識の持ち主であればそんな事はしない。まともでない者は権力の座に長く留まることはできない。エリスタール城の破壊は、風の魔法具を持つ者を怒らせればどうなるか、その事を彼らに悟らせるのに充分な威嚇となった筈なのだ。
だが、それでもゴルンたちを、彼らの背後にいる者を脅さざるをえなかった。
「ゴルンさん、あなた方をここで殺すようなことはしませんから」
イシュルはゴルンに向かって言った。
ゴルンは少し俯き加減に何か考え、気合いを入れ直したのか両肩を少し怒らせると顔を上げた。
イシュルからその後の行動を聞き出すこと、それはあきらめてくれたらしい。イシュルの脅しが効いたのかもしれない。
ゴルンは肩は怒らせていたが、その表情はいつもの彼の顔、ちょっと強気で人を喰ったような、だが素朴なやさしさのある顔だった。
その顔は昔、ベルシュ村に行商の護衛で来ていた頃、まだ子どもだったイシュルに向けられた顔と同じだった。
「すまないな、坊主。まだそんな歳なのに」
ゴルンはその顔に笑みを浮かべて言った。
「気をつけてな。けっして油断するなよ」
ただその笑みは、いつもより少し寂しげで、悲しげなものだった。
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