人助け 2
翌日、イシュルが店の方を休もうとすると、めずらしくセヴィルが渋ったので、仕方なくシエラが城前広場の宿屋、「三日月亭」の娘であることを明かして了解を得た。もちろん、エレナの件は一切話していない。イシュルはシエラとは知り合いだ、と話たのだが、セヴィルはおそらくイシュルとシエラが恋人どうしかそれに近い関係だと思っている。
「充分に気をつけてな。相手は三日月さんのところの娘さんなんだから。おまえなら大丈夫だと思うけど、年頃の女の子の扱いには注意しないと」
はは。……なんだかいろんな意味で辛い。
シエラとは広場でおちあい、市を見てまわる風をよそおいながら打ち合わせをする。なんか映画のシーンのような気取った感じだが、そんなことする必要はまったくないと思うんだが。
「なんかどこかの国の密偵みたいね。ふふ」
「……」
気を取り直して昨日から考えていた作戦をシエラに話す。
「決行は店の者が寝ていて客のいない昼間。今日、これから準備してすぐ始める。まず、俺ひとりで裏口から入って、店長を拘束、用心棒や小者らをぶったおす」
「おー、すごいね。イシュル」
「茶化すな。で、店内を制圧したら、店に囚われてる女の子たちを全員救出する。エレナだけじゃない」
「えっ、凄い。せいあつ、ってどういう意味?」
「あー、店内で俺に歯向かう者をなくす、って感じ?」
「ほんとイシュルは変なことばかり知ってるよね」
シエラはいつかのようにまた銀細工の露天商の前で足を止めた。
細工物を手にとり物色する。
「店の女の子全員助けるのなら、モーラにも声かけて手伝ってもらう?」
「いや。モーラはだめだ。ギルドはあそこら辺の連中ともつながりがあるだろう。手伝うどころか今日のことも話しちゃいけない。助けた女たちには考えがある。後で相談させてほしい」
「わかった。モーラには話さないようにする。相談ってなに?」
「その前に、助け出す女たちの件なんだが、なかには何か深い理由があって残った方がいい者もいるかもしれない。そういうのは残していく」
「え〜。そんなひと、いるかな」
「ああ。そんなもんなんだよ、世の中ってのは。ただなるべくみんなが後腐れなく出られるように、店長だか支配人だかの部屋を探して、借金の証文の類いや店の売上を奪う。奪った金はみんなで山分けだ」
「!!」
シエラの目の色が変わる。
手に取っていた銀細工のブローチを黒い布の上に戻した。
「それは素晴らしいわ」
「でも、そこまでやるとまずくないかな、いろいろと」
「やばいだろうが、なんだろうが、もう後には引けない。まずくならないように俺の方でなんとかする。で、シエラにさっきの相談したいことと、もうひとつお願いしたいことがあるんだ」
シエラと歓楽街へ向かう。
今日は天気が良く、昼前の街には陽が高く降り注ぎ道が明るい。行き交う人々の姿が光の中を陽炎のように漂よう。だがまだ暑さにうだるような季節ではない。漂う人々をおおう陽気はやわかく、人々をより緩慢にしていく。
これはいい陽気だ。襲撃をかけやすい。
イシュルはひとりほくそ笑んだ。
イシュルがシエラに相談したこと、それは少し厄介なことだった。店から解放した女たちに金を持たせ、おのおの実家に帰らせたり、違う店に雇ってもらったり、知人友人宅にでも行ってもらうつもりなのだが、ジノバとその一味を潰すのには数日かかるかもしれない。その間、女たちを匿う場所が欲しかった。
シエラに頼んだのはその女たちを匿う場所を提供してもらうことだった。彼女は城前広場周辺の地主の娘である。もし親に知られずに空き家を手配してもらえれば最高である。
「ごめんな。シエラの両親に知られずにうまくやりたいんだが」
「大丈夫よ。いいのがあるわ。西の伯爵領やもっと遠くから、秋の収穫祭に向けてエストフォルに巡礼に行く人たちを泊まらせてあげる家があるの」
「その人達は神殿には泊まらないの?」
「エリスタールの神殿にはそんなに多くの人数は泊まれないわ。それに道中、宿屋に泊まってばかりもいられないでしょ?凄いお金がかかるもの」
それほど多くはないが、オルスト聖王国の聖都エストフォルで行われる秋の収穫祭に参加する巡礼者でエリスタールを経由していく者がいる。
シエラの家では神殿に泊まれず、金がなく宿屋にも泊まれない者たちに空き家を提供してるのだという。ここからエストフォルまでは二ヶ月以上かかる。エリスタールにもそろそろ、巡礼者が来始めてもおかしくはない。
「でも農家は忙しくなる時期と重なるし、そんなに多くの人がくるわけでもないけどね。鍵を持ってるお手伝いのおばさんはよく知ってるから借りておくわ」
そしてもうひとつお願い。
「仮面、とか持ってない?」
橋を渡り、エリスタール川の南岸を歓楽街へ歩いていく。イシュルは茶色のズボンに生成りのシャツ、剣と仮面、そして商会の倉庫からくすねてきた細目の縄を一束、マントにくるみ小脇に抱え、シエラは薄い水色のチュニックをベルトで絞め、薄い桃色のショールをかるく羽織っている。ふたりとも街中でよく見かける、ありきたりな服装をしていた。
イシュルが仮面を所望したのは襲撃時に顔を見られないようにしたかったからだが、年齢も身分もごまかせるので、相手にはったりをきかすのに都合がよいかと考えたのである。
シエラが仮面を手配できたのは、両親が一応街の名士とも呼べる存在だったので、「三日月亭」で過去に仮面パーティをやったり、ごくたまに有名な吟遊詩人や旅芸人の一座が泊まる時があり、宿泊の記念にもらったりしたものがあったからだ。
彼女が持ってきた仮面は、面の左右を中心で白と黒に塗り分け、目の下に涙のしずくが描かれた道化師の仮面だった。三日月のように曲がった笑っている口が描かれている。
ふたりは歓楽街に入った。人の少ないメインの通りをそのまま南下、奥に「宵の満月亭」のある、細い横道の前まで来た。
「あの奥にあるのがそうなのね」
シエラが通りから腕を組み、ほとんど仁王立ちで堂々と横の道を眺めている。
「だいたいの場所はわかっていたけど。まさかあんな奥にあるなんて」
「いいからこっちこい」
シエラを引っ張ってとりあえずさっきの横道を通り過ぎる。
「これから俺が裏にまわって店の連中を制圧する。危ないやつらを片付けたら、店の扉を開けて俺が顔を出すから、そうしたら中に入ってきてくれ。それまで」
イシュルは道の反対側、「宵の満月亭」の横道の斜め向かいにある服屋の方を指差し、
「あそこの店で服を見てる風をよそおって、店の扉が開くまで待っていてくれるか」
服屋は女物中心で店頭にもスカートやチュニックなどをぶら下げている。場所がら派手なものが多い。
「わかったわ」
「よし。もし夕方近くなってもあの扉が開かなかったら、一旦家に帰ってくれ。後はモーラにでも相談するしかないな」
「うん」
シエラが不安そうな顔になる。
「心配するなよ。ぜんぜん大丈夫だから。俺より強いやつなんかこの街にはいない」
後の方は小さく、呟くように言った。
「じゃあ始めよう」
「宵の満月亭」の横道から二軒ほど先の、今は閉まっている飲み屋らしき建物の裏に入り、跳躍、屋根の上に飛び上がる。屋根づたいに「宵の満月亭」の建物の裏にまわる。
昨晩と打って変わって、「宵の満月亭」も昼は静かである。二階の窓は鎧戸が閉められ、鎧戸が開けっ放しの一階の窓の中は暗く、人の動く気配がない。
二階と比べ一階が不用心とはなかなか変わってるじゃないか。二階が使われていないわけでもないのに。
店のどこからかひとり、動く気配がしてくる。その者は一階の廊下を歩いて店の裏の扉へ向かっている。
イシュルはマントを羽織り、剣と縄の束を腰に引っ掛けた。そして仮面を被り、屋根から飛び降りた。
扉の横、建物の裏の壁に背をつけ、その扉が開かれるのを待つ。
扉が開くと昨晩の老人が大きな壷をかかえて出てきた。老人はイシュルには気づかない。
イシュルは後ろから老人の持つ壷に手をかけ、老人に声をかけた。
「おとなしくしろ。騒がなきゃなにもしない」
「あ、あんた誰だい」
しわがれた声で怯える老人の手首を持ってきた縄で縛る。中に入ると壷や木箱などが置かれた土間のような部屋だ。薄暗い。老人を引き入れ部屋の隅に押し倒した。
「ここでしばらくじっとしていろ。動くなよ。動いたら、わかるな?」
剣を鞘ごと腰からはずし、剣先で鼻先を突っつく。
「わ、わかった」
イシュルは部屋の隅で震えている老人をそのまま、奥に進んだ。右手に建物を貫く長い廊下が現れた。
廊下は暗く、しーんとしている。廊下に並ぶ部屋からは人の気配がするがみな、寝ているようだ。
一番手前の扉を開ける。鍵はかかっていない。
中には手前に背を向けて椅子に座り、剣を抱えて眠っている男、部屋の奥に帳簿でも見ていたのか机に突っ伏して寝ている男のふたりがいた。
手前の背中を向けている男に、そのまま後ろから鞘ごと剣を打ち付ける。椅子の背から出ていた右肩を思いっきり打った。肩の骨、間接部分が砕けたと思う。
「!!」
男は声にならない叫び声を上げて一瞬飛び上がり、肩を押さえてうずくまった。
「こ、この……」
こちらに顔を向けてきたところを剣ではたく。男はぎっ、と変な声をあげて壁に叩き付けられた。口から血が出ている。
「なんだ!貴様」
机に向かって寝ていた男が立ち上がる。シャツの上におしゃれなスカーフを巻いた中年の男だ。こいつがこの店の支配人か店長だろう。
イシュルは無言で近づくと、剣をよこ殴りにその男の顎のあたりを叩いた。男が横に吹っ飛ぶ。壁際の帳簿類の積み重なった書棚に派手に激突した。倒れ込んだ男の腹をけり飛ばす。
「うう…」
男は口から血を流し、腹を押さえて身悶えしている。イシュルはもう一度、今度はその男の頭をけり飛ばした。
とりあえず部屋にいたふたりの男を後ろ手に縛り上げ、両足首もしっかり縛って廊下に出る。廊下の先を進むと、奥の店の方から大きな男が歩いてきた。からだもがっちりして体格がよい。傭兵上がりのゴルンのような感じの男だ。
さっきの部屋の物音に起きてきたのだろう。剣などは持ってないが、拳に刺の生えたナックルをはめている。
あれは自身のアシスト、強化だけじゃ危ない。建物の外、窓越しに風を集める。空気を圧縮した球をふたつつくる。
「おまえ、何者だ」
凄みのある声だ。多分強いんだろうな。
男の横にある窓に球を当ててぶち割る。無数のガラス片が男の顔面に突き刺さった。すかさずもう一発をその顔面にお見舞いする。男の顔の前あたりで小爆発がおき、男はたまらず後ろに倒れた。
倒れた男を見下ろす。顔は大小のガラスが刺さり、唇がめくれ、鼻血が出ている。目がどうにかなっているのか瞑っている瞼が痙攣している。爆風で眼球がやられているのかもしれない。
何かゆっくりしゃべっているが聞き取れない。意識が混濁しているのだろう。
これくらいのことで殺しはやりたくない。空気球はだいぶ緩いやつにしたのだが、それなりの威力はあったようだ。人間は顔面をやられると弱いだろうしな。
ただ、この男が意識を取り戻して、捨て鉢になって暴れ出したら大変だ。縄で縛っても力づくでほどきそうだし、可哀想だが立てないように片足をやらせてもらう。
割れた窓から風を集めて球をつくり、寝ている男の右足のすねに当て爆発させる。すねの肉がはじけ飛び、床の木が割れ飛んだ。男は一度うなり声をあげ全身をびくつかせたが、それっきり反応がない。完全に気を失ったようだ。男のすねは肉が裂け、白い骨が見えていた。
男を避け、廊下を奥に向かう。
と、左側の扉が開いた。
「なんだ!何が起きた!」
扉を回り込んで男の肩に剣を打ちつけ、部屋の中へ蹴り飛ばす。中は調理場で、吹っ飛んだ男は後ろにあった大きな壷に頭を打ちつけ気を失った。こいつは料理人だったのか? それなら悪いことをした。
もう、一階には他に人の気配がない。奥の、客が飲み食いするラウンジに入る。床には絨毯が敷かれ、座面の低い高そうな椅子やテーブルが置かれている。出入り口まで行き、扉を開けた。
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