田舎の村に生まれて 1

 

 今も覚えているいちばん始めの光景、それは横から微かに日の光が入ってくる薄暗い室内を背景に、こちらに向かって困ったように微笑む男の顔だ。高い鼻梁、濃い茶色の目と髪。日に焼けた肌に引き締まった頬から顎へのライン。なかなか整った顔立ちはまだ若い。

 日本人ではなかった。

 なにかやさしく声をかけてくるが、何をいっているのかわからない。

 こちらは寝かせられていて、おそらく泣いている。両目からはまるで滝のように、滂沱と涙が流れおちているのがわかる。なぜか自分の泣き声は聞こえてこない。

 いったいどれくらいの時間がたったのか、次に浮かぶ記憶はやはり薄暗いぼやけた室内の中、女の胸に抱かれ、おそらく子守り歌を聴いている自分。

 子守唄はいつも何か物悲しい。歌詞の意味がわからなくても。

 本来なら満ち足りた眠りが訪れるはずなのに、目は冴え、ちっとも眠くならない。なんの感慨もおこらない、ぼんやりと過ぎていく時間。

 何度かの細切れの記憶と、自覚。やがてそれらがつながっていき、自らの成長とともに記憶や意識が途切れることも少なくなってきた。

 自分は転生したのだ。

 思い出すと胸が苦しくなる。自分が死んだ、と思われるあの時を。

 耕一は、前世の記憶を持って生まれたのだった。





 周りには七、八人ほどの女たちを中心に麦?だろうか、その脱穀が行われているようだ。ひとりが麦の束を持ち、金属の針のようなものが突き出たドラムのようなものに当て、もうひとりがドラムの側面についている取っ手を持ちそれを回している。少し離れたところでは、脱穀の済んだござの上に散らばる籾殻と麦を選別しているのか、数人の女たちが頭を寄せしゃがんでいる。

 それなりの豊作だったのか、女たちの話し声は明るい。時々笑い声も起こる。

 心地良い日差しの中、女たちのそばでゴザが敷かれ、耕一と、同じ年頃の幼児らがちょこんと座り、木製の積み木や、粗末な布でつくられた人形やお手玉のようなもので遊んでいる。

 自分と同い年だろうか、一歳半くらいだろうか。栗色のくせっ毛のかわいらしい顔の女の子が、お人形を握って機嫌良く振り回している。もうひとりは二才くらいのそばかすの目立つ金髪の男の子。横向きに座り、積み木で遊んでいる。

 女の子の名はメリリャ、男の子はイザークと呼ばれている。

 メリリャは我家から数件ほど離れた農家の娘、イザークは此処、この村の村長か小領主の屋敷だ——のおそらく惣領だ。

 「あーうー」と小さな子供らしい声をあげながら、お手玉で遊ぶふうをよそおい、周りの観察を続ける。

 目の前正面に作業を続ける女たち、左手には穀物庫として使われているらしい木造の建物、この屋敷の下男とおぼしき男たちが麦を麻袋に詰めている。干したりしないのかな。もう乾燥の終わったやつか。

 右手には石積みと漆喰の混ざった壁、茶色の屋根の母屋、正面には木々の植え込みの奥に石積みの壁が見え隠れし、その向こうには三階建てくらいの高さの小さな塔がひとつ見える。かつては小さなお城のようなつくりだったのだろう。石積みの壁はその小さな塔とつながっているが、四囲をかこっているわけではない。ところどころ蔦がからみ、崩れている。

 今は朽ちた小さな城、というより没落した小領主の屋敷といったところか。古びた寂しげな周りの景色を見ていると、悔恨とともに前世の残された家族を思い出す。

 自分が死んだあとはどうなっただろうか?

 もう、どんなにあがいても前世のあの時には戻れないだろう。

 いちばん気がかりなのは、稼ぎ手を失い、母子家庭となったその後の家族の生活のことだ。

 収入がほとんどなくなった上に、自宅の住宅ローンがまだたっぷり残っている。だが、自分の死によってローンの残債は免責されることになるだろう。まだ建てて十年は経ってないので、土地ともども売却すればかるく数千万円は妻の懐に入ってくることになる。それを元手に彼女の実家に帰ってパートでもしながら生活していけば、子供たちが成人するまでは充分にやっていけるだろう。

 もちろん、誰か良い相手が見つかったのなら再婚してくれてもいい。安定した、幸せな生活が送れるならそれが一番だ。自分はもう何もしてやれない。

 妻が意に添わない再婚や仕事をしなければならないほど、生活に困ることはない筈だ。

 とりあえず、経済的にはなんとかなりそうか。

 ただ生命保険はもうちょっと高額の掛け金にしておけばよかった。支払われる保険金はたいした額ではない。自分の葬式や、引っ越しなど新しい生活のための経費に当てれば、ほとんど無くなってしまうだろう…と、つらつらと考えていると気分が悪くなってきた。首から上がなんとなく熱い。

 小さなからだが自分の意志にあらがい、泣き始めてしまう。

 これは知恵熱と言ってよいのだろうか。意識をしっかり持って思考をめぐらすと、まだ脳の成長がおいつかないのかすぐに熱がでてしまう。

「まぁまぁイシュちゃん、どうしたの」

 ちょうど目の前の、背中を向けて屈んで作業していた女性が振り向いて寄って来た。

 まだうまくしゃべれないが、言葉の意味はもう理解できるようになった。

 やさしく抱き上げられ、おでこを当ててきた。

「また熱がでてきたのかしら」

 母の声を聞きながら、しばらく意識を手放すことにする。





 どれくらい時間が経ったのか、まるで目が醒めるように再びはっきりとした意識がもどってくると、耕一、生まれ変わってからの名はイシュル、は母に抱きかかえられ、まだ刈り取られていない麦畑が両側に広がる小道を、我が家に向けて歩いているところだった。

「おりりゅー」などと、まだうまくしゃべれないがぐずって降ろしてもらい、母に手をひかれながらひょこひょこと歩いていく。

 晴れ渡った高い空、風が黄金色の麦畑を渡ってくる。さわさわと麦穂が鳴るその先に、石積みの煙突のはえた白い洋漆喰の壁と赤い屋根の家が見えてきた。その先にもうひとつ同じような色の屋根が見え、雑木林が広がり、おそらく森林となったさらにその先にゆるやかな山の稜線があり、霞むようにして雪をかぶった険しい山々が見える。

 ここはどこだろう。南欧あたりだろうか。あの雪をかぶった山々はスイスのアルプスなどの山脈の一部だろうか。自分の家で、電気やガスなどを使うレベルの生活をしていないことはわかっている。さきほどまでいた小領主の館でも使われていないようだ。

 母や大人たちの、「落穂拾い」に描かれたような農民がそのまま絵の中からでてきたような、とりたてて貧しくはないが豊かともいえない服装、一方で道の両側に続くなかなか豊かな麦の実りから、近世以降のヨーロッパのどこかだろうか。

 確か、麦の品種改良が進み穂にたくさん粒がつくようになったのは近世になってからだ、と聞いたことがある。

 もし仮に「落穂拾い」の描かれた時代のヨーロッパであれば、産業革命後の、帝国主義の興隆による紛争や戦争が絶えない時代に入りつつある頃だ。農民も少しずつ豊かになっていった頃でもあるのだろうが、なかなか厄介な時代に生まれたのかもしれない。いや、それ以前に、そもそも過去に生まれ変わるなどということがあるのだろうか?

 あるいは、自分が死んでから何千年、何万年も経った未来なのかもしれない。大規模な戦争や災害で文明が失われた後の世界、なんてのはフィクションの世界ではお約束なのだが。

 ふと視線を感じると母がイシュルの顔を覗き込んでいた。

「どうしたの?また熱くなってきた?」

 心配そうな色を瞳にかくすようにして笑顔をつくった母が聞いてきた。

「んーんー」

 まだ一歳と何ヶ月かの、幼児のふうを装ってイシュルは答えた。

 家に帰ると父親はまだ帰っていなかった。母は夕餉の仕度を始めたようだ。

 イシュルは継ぎの当たった祖末な熊の小さなぬいぐるみと、昼の屋敷で遊んでいたお手玉のようなものをあてがわれ、暖炉のある居間でひとり遊んでいる。夫婦はまだ若く、彼が最初の子で兄弟はいない。

 ぬいぐるみの鼻を押したり耳を折り曲げたりしながら、自分の周りのことやこれからのことを漠然と考えてみる。

 自分の生まれた家は農家。田舎の、どれほどの大きさかはまだわからないが、おそらくは小さな村の平凡な農家の、今のところはひとり息子だ。おそらくこのままいけば彼はこの家を継ぎ、近代ヨーロッパなのか、はるかな未来世界なのかを生きたひとりの農夫として、一生を終わることになる。

 二十一世紀の日本を生きてきた自分が、刺激のない、娯楽も少ない、ネットやテレビどころか電気もない、昔の農家のきびしい単調な生活を一生続けていけるだろうか。それは生まれ変わって一から始めるわけで、いずれここでの生活にも慣れるかもしれないが、家族を残していきなり人生から退場してしまった悔恨を忘れることはできそうにない。前の人生の記憶のすべてを、最後の瞬間を忘れられる筈がない。

 前の人生の記憶を持っているというのなら、この国の首都に出て、何とか成り上がって官僚や政治家などを目指そうか。ここが近代ヨーロッパであるなら、おおまかだがこれから起きる大きな出来事はわかっている。もしこの地が何千年か先の未来の、かつての文明が失われた世界なら、自分のもつ科学全般の知識も活かせるだろう。ただ自分は文系だったし、中途半端な雑学程度の知識しか持ち合わせてはいないが。

 確実なのは二十一世紀の日本人として、数学のレベルはこの世界の一般的な庶民よりはよほど優れているだろう、と思われることだ。父が指を折りながら何かの計算をしていたのを見たことがある。ならば商人になるのがいいか? まぁ、大きな街に住み、商いによっては仕入れなど、仕事がらみで小旅行もできるだろう。

 それでいくか。なら早いとこ読み書きを覚えて…

 いや、だが他に兄弟もいないのに、家を出て行ったら家業を継ぐものがいなくなる。両親も悲しむだろう。もう家族を悲しませるようなことは、たとえ自分のせいではなかったとしてもしたくはない。

 両親からの素朴な愛情も感じられる。ふたりの子供として、愛情をそそがれこれからも生きていくのなら、このまだ小さな胸にかかえる重い悔恨もいつか癒されるときがくるだろうか。

「ただいま」

 扉の開く音がして、農具や薪の一部などが置いてある土間の方から父の声が聞こえた。

「おかえりなさい、エルス」

 母が台所からでてきて、居間の入口のところまで来た父を迎える。

「ただいま、ルーシ」

 あらためて父が挨拶を返した。

 ふたりともまだ二十代前半くらいか、初々しさが気持ちいい。ふたりとも笑顔で見つめ合う。

 父の名はエルス、母はルーシという。

 エルスが居間に入ってきた。ズボンに麦わらや土が少しついてる。畑に出ていたのだろう。

自分を抱き上げよしよしとやってくる。

「あなた。イシュルより先に、手足を洗って服を着替えて」

 母の嗜める声が聞こえてくる。



 その後はすぐに夕食になった。居間の続きの部屋の六人がけくらいの食卓に、スープや固そうなおそらくはパン、肉と野菜を和えた小皿などが置かれる。イシュルの前には暖かいミルクとパンや雑穀を煮込んだような離乳食が入った木の器が置かれる。質素だが貧窮を極めた、とうほどではない。味も薄く、淡白だが、充分にうまさは感じられるものだ。離乳食は母が食べさせてくれる。ミルクはなんとか自分で飲める。

 両親はいつものごとく秋の収穫や、村でおきた小話など噂話のたぐいをにこにこしながら話している。

 ふと気づいた。

 もとが日本人だから見過ごしていたのか。

 ふたりが、食事をする前に十字をきったり、神に感謝したり、今まで一度たりともしていなかったことに。

 

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