VOL.6

 『水野昭夫さんですね?』

  俺はショーケースの向こう側で、こちらに背を向けて一心に作業をしていた男 に声をかけた。


  神奈川県の米軍基地近くにある米軍基地放出物資を扱っている店だ。

  いかにもそっち方面に関心のある彼の勤め先らしい。


  店の中には色とりどりの放出物資、米軍の作業服からバッジ、ワッペンに交じって、ライターや鉄帽(ヘルメットのことだ)まで、あらゆる品物が並んでいる。


 水野昭夫は小柄なのは昔と変わらないが、首が太くなり、肩が張っている。白地に黒のボーダーの入ったTシャツが、やけに盛り上がっているところから、発達した筋肉の持ち主であるというのが分かる。


『そうですが・・・・貴方は?』


 俺はライセンスとバッジを彼に見せた。


『探偵?』


『ええ、で、貴方を調べて欲しいと人から頼まれましてね。ご実家に電話されたでしょう。それでここを突き止めたんです。』


『誰からです?』


 彼は胡散臭うさんくさそうな表情をまったく崩そうとしない。


『残念ながら、それは言えません。ただ、貴方の事を心配している『ある人』と

 だけ申し上げておきましょう』 


 俺はそう言って、一通の封書を出し、カウンターの上に置いた。

 

『これはその人から預かって来た手紙です。あとで読んでおいてください。要件はそれだけです』


 彼は無表情のまま、手紙を受け取った。

『それにしてもいい仕事を選ばれましたな。流石に軍事マニア、しかもロシアの特殊部隊出身者が経営する民間の軍事アカデミーに入学していただけのことはありますな』

 俺の言葉に、彼はびくっと肩を動かしたが、目を伏せて唇をぐっと噛み締めた。

(さて、これで後はやつがどう動くか、それだけだ)


 俺もそろそろ腰を上げるとしよう。


 

 四日後、即ちその週の金曜日、時刻は午後10時45分。


 俺は白鷹はくよう学園中学の講堂兼体育館の隅に隠れていた。そこはいわば中二階に当たり、中が全て見下ろせる。

正面に演壇があり、その方向に向かって『コ』の字なりに廊下が作ってあった。


会場は明日の同窓会に向けて、椅子が壁際に並んでおり、体育館の中にはラバーシートが敷き詰められ、テーブルが並んでいる。


 俺の準備が全部正しく進行しているなら、間違いなく奴は今晩ここにやってくる筈だ。


 がらんとして、だだっ広い建物の中は静まり返って、物音などまったくしない。


 それからきっかり15分、つまり午後11時になった。


 ドアが開く音し、俺以外の誰かが中に入ってくるのが分かった。


 目を凝らして、音のする方向を凝視する。


 月明かりと、その光を捉える暗視ゴーグル、そして俺の生来の眼の良さ・・・・

そのお陰で、侵入してきた《そいつ》の正体がはっきりと分かった。

 

 黒いバラクラバ(目出し覆面)で顔を覆い、オリーブ色の軍服、そしてタクティカルブーツ、それから腰には何か随分大きなホルスターまで着けている。


 間違いない。あれはAPS拳銃だ。


 彼は背中に負っていたザックを下ろし、中から銀色のボンベ状のものと、それから工具らしきものを取り出し、床に並べ、何やら図面を広げる。


 恐らく体育館の見取り図なのだろう。


 そして、彼はそのボンベ状のものを、確認した見取り図に従って、体育館の各所に取りつけ始めた。


 これだけの作業をこなすのに、彼は実に手慣れて落ち着きのある動作で、少しも無駄がない。


 俺は彼が作業を終えるのを見計らい、隅にあったトレーニング用の太いロープの所まで行くと、それに掴まって下へと降りた。


 ガタン!


 床に降りた時、俺はミスをした。


 ロープが揺れ、立てかけてあった予備のパイプ椅子に当たったのである。








 

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