VOL.5

(AⅤTOMATMATICHIJ PISTLET STECHEKINA

 略称APS、日本名スチェッキン式全自動拳銃。1951年配備、口径9mm、使用弾丸9×18マカロフ弾、シンプルブローバック、ダブルアクション、ダブルカラムマガジンに20発装弾可能、有効射程50~200m)


 俺は水野昭夫の家族から借りてきたノートの内、ロシア製の銃器について書かれた部分を何度も読み返していた。

 彼は色々な銃器について研究をしていたらしいが、特にロシア製の拳銃、中でもAPS=スチェッキン全自動拳銃にはいたくご執心だったらしい。

 彼の書物には、この銃について書かれた部分を徹底的に読み込まれた跡がありありと残っており、どこにも赤くアンダーラインが引かれ、こうして抜き書きしたノートだけでも3冊に及んでいる。

 俺はため息をつき、

(こいつは、の手を借りるのが一番かもな)俺は心の内でそう呟いていた。


『あら、貴方、日ごろから「警察おまわりの手先になるのは真っ平御免だ」って言ってなかった?』

 2百グラムのステーキとサラダをぺろりと平らげた彼女は、ちょっと嫌味ったらしい言葉を投げかけてくる。

 彼女・・・・『切れ者マリー』こと、警視庁外事課特殊捜査班五十嵐真理警視はシガリロを取り出し、ジッポを鳴らした。


 ここは渋谷は道玄坂にある小さなレストランの個室である。


 彼女はまだこの間の一件(『oh my papa』を参照のこと)を根に持っているのだろうか?


『お互いに利用し、利用され、ってのが、俺たちの関係じゃなかったのかね?』


 俺は俺でポークソテーとサラダを平らげ、デミタスコーヒーのカップを口に運んでいた。


 彼女は少し笑って肩をすくめた。


『貴方には負けたわ。で、何?』


『ロシア製の拳銃だ。それが現在いま東京こっちにどれだけ流れてきてるか、情報が欲しい。特にトカレフとAPS・・・・いや、APSだけでいい』


『そんなもの、ありすぎるほどあってよ。馬鹿馬鹿しい』

『いや、筋者すじもの関係は除外してくれ。素人トウシロのみ、そっちだけで構わん。』

『何故?』

 彼女は探るような目つきで俺を見る。

『今は何も言えん。まだようやく骨組みに粘土を塗りたくって形になりかけてるところだ。もし完全に近くなったら、警察おたくらに仕上げは任せるから、展覧会に出すなりなんなりすればいい』


『分かったわ。調べてみましょ。分かり次第すぐに知らせるわ・・・・これで貸しが一つね。この次何かあったら頼むわよ』


『いいよ。ちゃんと払うものを払ってくれるなら』


『強欲ね』


 彼女はまた笑った。


 そうして灰皿にシガリロを押し付けると席を立ち、


『もう一軒って言いたいところだけど、この後約束があるの。ご馳走様』


 チャオ、とウィンクをして、彼女はコートを抱え、部屋を出て行った。


 俺も二杯目のデミタスをゆっくりと味わってから、席を立った。



『約束して頂けませんか?絶対外には漏らさないって、それでなくってもこの節は情報管理ってやつにうるさいんですから』


 俺がライセンスとバッジを見せて、趣旨を話しても、男はなお疑い深そうな表情を浮かべ、カウンターの向こうから眼鏡越しにこっちを眺めながら何度も繰り返した。


 ここは銀座の裏通りにある雑居ビルの三階にある、小さな旅行代理店だ。


『別に真っ当な商売をしてるんだろう?なら問題はないじゃないか』俺が突っ込むと彼は声をひそめ、

『そりゃそうなんですがね。でも軍事訓練ツアーを企画してたなんてことが知れる と、結構やかましいんですよ。分るでしょう?』

『俺は探偵だ。仕事で来てるんだ。あんたらが何で稼ごうと興味はない。知りたい事だけ教えてくれりゃそれでいいんだ』


 男は渋々といった体で台帳を取り出し、頁を繰った。


『水野・・・・昭夫さんですね・・・・確かにウチが企画したツアーで、四回ロシアに行ってますな。全部七泊八日の行程で、元特殊部隊の隊員が経営している民間の訓練学校での滞在です。』


 俺の頭の中で何かが弾けた。


(やっと粘土が着け終わったな)

 




 



 




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