VOL.4
60近いと思われるその女性は、水野昭夫の実の姉であった。現在は結婚して両親とこの家で同居しているという。幸いなことに両親は今デイサービスに行っていて留守。夫は会社だそうだ。
俺がライセンスとバッジを見せ、探偵だと名乗ると、あからさまな嫌悪こそ見せなかったものの、
『この間見えた吉岡さんって方にも全部お話したんですけどね』と、何だか奥歯にモノがひっかかったような表情をしてみせた。
『いえ、そちらとは別の話です。今のところ詳しくは申し上げられませんが、弟さん・・・・つまり昭夫君について、どうしても知りたいという方がおられましたんでね。その方に頼まれて伺ったのです。決してご迷惑はおかけいたしませんから』
彼女は暫くためらっていたが、結局は、
『どうぞ』と、部屋に上げてくれた。
ここは東京郊外の狛江市にある小さな住宅である。
さながら昭和のホームドラマによく出てきた二階建て5部屋の、ごくありふれた住宅、そんな感じだ。
水野昭夫の部屋は、二階の南側、広さは四畳半というところだろうか。
『高校を卒業して就職をしてから、この家を出ていきましてね』
それ以来年に一度くらいは帰ってきたものの、ここ最近は殆ど音沙汰がなかったので、滅多に開けていないという。
とはいっても、畳が敷いてあるわけではなく、洋間だった。
男子の部屋としてはさほど散らかっているわけではなく、きちんと整頓されている。
ベッドと、勉強机、本棚・・・・まあこれだけだと、他とあまり変わらないのだが、目を引いたのは、その蔵書だった。
吉岡すみれが訪問した時、驚いたといったのは、どうやらこのことだったんだろう。
置かれていたのは、大抵が、いや、殆ど全てが銃と兵器、爆発物の製造法に関するもので、特に旧ソ連製(ロシア連邦)の銃器に関する書籍が一番多く、中には原書まで存在したのである。
しかも、ただ置いてあっただけではない。ところどころ赤や青でアンダーラインが引かれ、しっかりと読み込んである様が理解出来た。
『弟さん・・・・昭夫君はロシア語が出来たんですか?』
俺はドアの入り口で心配そうに立っているさっきの女性・・・・昭夫の実の姉だそうだ・・・・に訊ねた。
『いえ、特には、ただ、自分で勉強していたみたいですけど』
蔵書の中にはロシア語と英語のの辞書があり、そこにも書き込みだらけだった。
また、本棚とは別に棚があり、そこには3丁のモデルガン・・・・一丁がGIコルト、後の二丁はモーゼル・ミリタリーとワルサーPPKだった・・・・がディスプレイされて鎮座ましましていた。
マニアだったにしては数が少ないな。俺は思った。
『父がこういうものを買うのに、あまりいい顔をしなかったものですから』
姉はそんな風に言っていた。
俺はふとベッドの上に目を向ける。するとそこには未開封の段ボール箱がそのまま置いてあった。
『1年ほど前でしたか、突然弟から送って来たんです。手紙と一緒に』
手紙、というのは、あの『心配しないでください』という、当たり障りのないものだったが、その手紙には、
『この荷物、絶対に開けないでください』とあったという。
開けなくとも理解はできる。中身は、恐らくあれだろう。
『口数が少ない子でしたので、趣味のことなんかについて話したことは殆どありません。彼が中学でいじめに遭っていたというのも、この間見えた女性に聞かされて、初めて知ったくらいですから』
『探偵さん、弟は何か悪い事でもしたんですか?』
『いえ、今のところは特に』
『では、これから何かしようとしているとか?』
『それはこれから調べてみないと分かりません』俺は曖昧に答え、二・三の資料を写真に撮らせて貰い、
『もし、万が一昭夫君から連絡があったら、何でも結構です。私の所にご一報下さい。どうしても話したいことがあるので』
と付け加え、水野家を辞去した。
『入管のデータベースか・・・・プロテクトは固いが、なんてことは無い。但し、 貰うもんは貰うぜ』
彼はベンチの上で俺の渡しラッキーストライクを旨そうにふかしながら、髭だらけの顔でにやりと笑った。
俺は続けて封筒を渡す。
『今はそれだけだ。残りは成功報酬ってことにしよう』
『まあ、いいだろう』
彼はそう言って、ボロだが結構モノのいいジャンパーに手を突っ込んで立ちあがった。
『しかしお前さんもなんだねぇ。今時ネットなんざ、ケツの青い小学生でも鼻歌交じりに扱うぜ。俺に頼むより
『俺は根っからのアナログ人間なんでね。』
俺も苦笑しながらそっぽを向き、
『じゃ、頼むぜ』と、そのまま立ち去った。
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