VOL.3
彼女は部屋で見た光景を話そうとしたが、俺は片手を挙げ、一旦彼女の話を止めた。
『で、貴方は俺・・・・いや、私に何をしてくれと?』
彼女の話を聞き終え、俺は二杯目のコーヒーをカップに
『彼を、水野君を探し出してください。そして彼が何を企んでいるのか調べて欲しいのです。そして・・・・』
『そして?』
吉岡すみれは
『彼を止めてください。どんな手を使っても!』
切羽詰まった表情だった。
二杯目のコーヒーを飲み干し、俺は再びソファに腰かけた。
約20秒ほど、沈黙が続いた。
彼女は続けてもう一通の封書を出し、俺に手渡した。
既に封が切られている。
あて先は彼女、つまりは吉岡すみれ。
中に入っていたのは便せん二枚で、一枚目は『勝手に幹事を名乗って同窓会の通知を出したこと』を丁寧な調子で詫び、そして二枚目には、ひどく激しい言葉で、殴り書きしたような文字で。
『近々学校に対して復讐を行う。理由はもう既に分かっている筈です。』と、書かれてあった。
『どんな手を使っても・・・・・とおっしゃいましたね?』
俺はホルスターに下げていた拳銃、S&WM1917を抜き、銃口を上に向けて構え、聞き返す。
『こいつを使っても構わんということですか?』
彼女は黙って
『・・・・私は水野君と同じ学校にいたのに、彼がいじめに遭っていても、何もできなかったんです。でも、だからって、彼がもっととんでもないことをするのを、黙って見ている訳には行きません。お願いです。お金は何としても払います。だから・・・・』
俺はまた手を挙げた。
『ギャラは基本一日6万円、他に必要経費。プラス拳銃のいる仕事ならば、割増し料金として四万円の危険手当を頂く。それで宜しいですか?』
彼女は残りのコーヒーをゆっくり飲み干し、俺の顔を真っすぐ見つめ、
俺は水野昭夫の足取りを追い始めた。
まず向かったのは、彼が高校卒業後勤めていた大田区の、自動車部品工場。
規模はそれほど大きくはないが、大手のメーカーに部品を卸している、まあまあ手堅い規模の会社である。
『水野・・・・昭夫ねぇ』
人の好さそうな社長(というより、オヤジさんと呼んだ方がいいかもしれない)が出てきて直接応対してくれた。
『ああ、よく覚えてますよ。仕事熱心でね。確か4年とちょっとだったかな。そうそう、正確には4年と半年でした。ここに書いてある』
と、彼は従業員名簿を繰りながら話してくれた。
『ウチへ来たのは、求人広告のチラシを見てきたと言ってましたね。工業系の高校卒業じゃなかったんで、ちょっと考えたんですけど、』
しかし、人柄が良さそうだったので、採用を決定したという。
ついでに彼は当時水野が提出したという履歴書も見つけてきてくれた。
そこには如何にも生真面目そうな写真が貼り付けてあり、定規を使って書いたような几帳面な字が並んでいた。
『仕事の飲み込みも早くってね。残業なんかを頼んでも嫌がらずに引き受けてくれましたよ。ただ、無口であんまり他の従業員と打ち解けるようなことはなかったみたいですね。酒を呑みに行ったり、食事をしたりといったこともありませんでした。』
だからといって、決して陰気で偏屈だったわけでもなく、話しかければ受け答えはちゃんとしたし、挨拶も出来た。
こういった工場は人の出入りが激しく、新米は大抵1年やそこらで辞めてゆくところだが、彼は4年半ほぼ無遅刻無欠勤で勤めた。
『もうちょっと経ったら給料も上げて、正社員にしようと思っていたんですが・・・・・4年経ち、半年が過ぎようとした時、』
と、不思議そうな顔をして、
『突然辞めてしまったんです。五月に入ったばかりでした。深刻そうな顔もせずに”済みません。事情があってどうしてもこれ以上勤めていられなくなりました。今月の半ばで辞めさせて下さい”と言い出したんです。』
何かあったのかと聞いても何も答えず、そのまま辞めてしまった。
すると、当時から働いているというベテラン工員の一人が、こんな話をしてくれた。
(僕は結構なガンマニアでしてね。家にも何丁か持ってました。ああ、当然ですが
水野も工員氏も、職場のすぐ近くのアパートに住んでいたので、意気投合した二人は、互いの家を行き来して、銃談議に花を咲かせていた。
(銃の話をしてる時の水野は、妙に目がキラキラしてましたね。私たちは昼休みになると、いつもその話ばかりでした。特に当時某社から発売されたばかりのソ連製のトカレフのモデルガンと、それからレアものの無可動銃=実銃の銃口を埋めて、機関部を稼働できないようにしたもの=のAPSを持っていたんですが、それらを見せた時なんか一層目を輝かせてました)
水野が退職する少し前、彼は結婚することになり、自分のコレクションを置いておけなくなったので、
『大事にしてくれるなら』ということで、水野に全部譲ったという。
(嬉しそうでしたね。涙を流さんばかりで、それがとても印象的でした)
銃と町工場・・・・何だか妙な接点だとは思ったが、まんざら荒唐無稽とも思えない。俺はそんなことを考えながら、その場を後にした。
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