第4話 【不都合な真実?】
「何がいいのかよく分からないけど、見つけてくれるのなら私としては助かるね。子犬も報われるってものだ。止めはしないさ。むしろ応援してあげるね、可愛く」
実際問題、多くの事件はそうだけど、誰が解くかなんていうのはどうでもいい。真実が正しく導きだせるのであれば、誰だっていい。推理小説でいうなら探偵でも、警察でも。今で言うなら、私でも彼でも。
「ならあの人が犯人じゃないって分かったら、ちゃんと謝れよ!」
「ああ、それくらいは君に言われるまでもないさ……本当に、彼女が犯人じゃないならね」
また感情にまかせて違うと否定するかと思ったが、少しは冷静さを取り戻して、何も言わなくなった。そしてとりあえず言いたいことは言い終えたからか、私に背を向けてこの場を去ろうとする。
「ひぃ君、ちょっと待っておくれ」
そう声をかけて彼に静止を促すと、なんだよ悪態をつきながらも止まって振り返ってくれた。そんな彼に近づきながら、携帯を取り出して保存していた子犬の死骸を彼に見せた。
「これが殺されたワンちゃん。この辺で見なかったかな」
彼はいきなり見せられたグロテスクな画像に一瞬身をよじらせて驚いて見せたが、すぐにそれとは別に、大きく目を見開いて驚いて見せた。しかしそれをすぐさま隠すように、首を激しく左右に振った。
「見たことねぇな、こんな犬。少なくともこの辺の奴じゃない」
「……そうかい。変な物を見せて悪かったね、けど君も独自で事件を追うなら今のは忘れちゃいけないよ」
言われるまでもねぇよと強がった彼は、今度こそ立ち去っていった。去りゆく彼をしばらく猫たちがどこか寂しそうに見つめていた。
さて……いつもは仁志に助手役を頼んでいたのに、今回はそうはいかないらしい。けどこれはこれでいい。私は今の段階で一番怪しい尼将軍に焦点を絞り、彼はそれ以外を調べていく。ある意味、非常に効率的だ。
問題は彼が感情に邪魔されていること。そこを克服しないといけない。
「……やっぱり厄介だ」
今回の事件、どうやら面倒なことになるらしい。
どうして彼がここによく来ているのか。なんであんなに尼将軍のことでムキになるのか。なんでそんなに必死に彼女以外が犯人だと言い張ったのか。こんなこと、一々考えるまでもなく分かる。
そういえば、あんなに必死な彼は初めて見たかも知れない。
「青春だねぇ」
そう呟くと、どこか苦い味が舌に広がった。もしも彼がそういう感情で動いていて、彼女の無実を心底信じているのなら、最悪の場合、かなり傷つくことになる。彼の落ち込んだ姿は何度か見ているが、何度見たって慣れるものじゃない。大切な人が傷ついている姿なんてね。
「“When you have eliminated the impossible, whatever remains, however improbable, must be the truth.”」
昔覚えた英文を頭で思い出しながら口に出してみる。彼がこれを分かっているかどうか。
まあ、ここで頭を捻っていたところで何もならない。彼は彼の、私は私のするべきことをしなくてはいけない。
猫たちに別れを告げて、森から出ていく。早めに家に帰ろうと思ったのは、色々と頭をはたかせすぎたせいでアルコールが恋しくなったから。
5
翌日、学校へ行くと、もしできることなら『会わない』という選択肢を全力で選ぶであろう人物と会ってしまった。上履きに履き替えて教室へ向かう途中、欠伸をかみ殺していたら前方から、喪服のように全身を黒色の服を着込み、赤いフレームのメガネをかけた、初老の女性が歩いてきて、目が合った。
この高校の最高権力者、学園長である春日。お互いに毛嫌いしているので、目があった瞬間に婆さんの方も苦虫をかみつぶしたような顔をした。
「……グッドモーニング」
とりあえず朝の挨拶は欠かしてはいけないと思うので、ちゃんとした。英語にしたのはこの人に改まって、おはようございますと礼儀建てをするのが癪だから。
「あなた、子犬の件を調べてるそうね」
生徒の鑑であるべき教師の、しかもその中でもトップの人が優等生の挨拶を無視するのだからたまったものじゃない。まあ、返されたところでいい気はしないので別に構わないが。
「そうだよ。何か不都合なことでもあるかな」
「そういう無駄なことに時間を削ってると、いつか後悔するわよ」
「今あなたと会ったことは、少し後悔しているよ」
そんな皮肉に目を尖らせた婆さんはこれ以上私と話すのがいやだったのか、もう何も言わず私の横を通り過ぎた。私もさっさと教室へ行こうと思ったが、あることを思い出したので仕方なく声をかける。
「婆さん、あんた生徒会長に事件のこと詳しく話したりしたかい」
「詳しくというと?」
「あの子犬がどんな殺された方をしてたとか」
「バカなことを言わないで。そういうことがあったと、報告しただけ。そんな無意味なこと言わないわ」
「そうかい、ならいいよ。時間をとらせたね、ありがとう」
婆さんが再び歩き出したのを確認してから、私も足を進めた。婆さんが嘘を吐くメリットはまるでない。なら彼女の言ったことが真実だ。やはり尼将軍が死骸の状況を知っていたということは無視できないな。
しかしそれだけで決めつけてもダメだろう。たまたま見たのかもしれない。なら、彼女はどこで見たのだろう。そしてなぜ隠しているのか。あとで死骸がいつ放置されたかも出来る限り絞る必要もある。用務員さんに聞けばなんとかなるだろう。
教室に入ると、友達の女子生徒が「ハスミン、おはよー」と挨拶してきた。
「ハロー、今日も可愛いね。私もだけど」
毎朝と同じ感じでそう挨拶を返すと、あははと明るく笑ってくれた。
「そういえば櫻井君が朝からなんか頑張ってたよ。またなんか手伝わせてるの?」
「いや、今回は別行動。彼は彼のため……いや彼女のために頑張ってるのさ」
私の説明に彼女は首をかしげたが、それ以上の説明はしなかった。
「そういえば、今朝北条さんが喧嘩してたよ。知ってる?」
「ほほう、興味深いね。詳しく聞かせてくれないかい」
「いいよ。けど、私今日のお昼にゼリーが食べたい」
この友人はこういうところが抜け目がない。はあとため息をついて、諦めた。
「いいよ、奢ってあげよう。なんなら口移しで食べさせてあげようか」
こんな冗談にもめげずに友人は声をあげて笑った後、尼将軍の今朝のことを教えてくれた。なんでも私が来る二十分ほど前に、校門のところで誰かは分からないが男子生徒と激しく言い合っていたそうである。
日頃声を荒げることのない尼将軍が何かその男子生徒に怒鳴っていたらしく、今にも殴りかかりそうな雰囲気だったそうだ。彼女は「ふざけるな」「貴様のせいだろう」と、とにかくそう怒っていたらしい。
男子生徒の方はそんな彼女の態度を薄ら笑いで受け流していたそうだ。
「結局、しばらくしてから先生が来たからそこで終わったけどね。けど北条さん、その男に二度と近づくなって吐き捨ててたよ。本当に怖かったんだから」
「ふぅん。あの彼女がねぇ……」
怒りっぽい性格ではあるが、そういう感情を人前で剥き出しにすることはあまりない。そんな彼女が激昂するなんて珍しい。そしてそんなことが今起こるというのは、偶然で片付けていい問題ではないだろう。
これはまた昼休みにでも彼女に話を聞きに行く必要がありそうだ。
せっかく座ったばかりの席を立つと同時に、始業のチャイムが校内に鳴り響き始めた。立ち上がった私を見上げた友人は、特に表情を変えずに、さも当然のように訊いてくる。
「どうしたの、エスケープ?」
「まあ、少し気になることがあるからね。それを調べたらすぐ帰ってくるさ」
用務員さんから話を聞くのを昼休みにしたかったが、こちらを先に片付けたくなった。一限目は数学だから、海野先生の授業だ。多少の遅刻は目を瞑ってくれるだろう。
「さて、ではちょっと行ってくるよ」
バイバーイと手を振って見送ってくれた友人を背に、私は教室から出た。
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