第5話 【守衛さんに聞いてみよう】

 6




「近藤さん、美女が来たよ」


 教室から出て私が向かったのは校門だった。始業のチャイムが鳴った以上、これ以降登校してくる生徒は遅刻ということになる。そんな生徒を注意しつつ、学校への訪問者のチェックを校門付近に設けられた小屋でするのが、用務員兼警備員の近藤さんの仕事。


 近藤さんはまだ若く、三十になったばかりだという。高校に雇ってもらうために今は髪の毛を黒く染めているが、若い頃は金髪で相当やんちゃをしていたという。ただ、職に困っていたところを知人から自衛隊を勧められ、仕方なく入ってそこで出会った上官のおかげで改心したらしい。


 ただ、どういうわけか自衛隊は辞めた。理由は何度聞いても教えてくれないので、私ももう訊かないようにしている。


 性格は気さくなので非常に話しやすい。だからよくこういう風に接する。


「おお、蓮見か。……いや待て、お前授業は?」


 警備服を着た長身の若い筋肉質の男性。ガードマンにはぴったりの見た目だ。


「授業よりあなたとの愛を育もうと思ってね。どうだい、JKはいいよ」


「校内で堂々とタバコふかしながら、三十の男と酒の話題で盛り上がれるJKなんて求めてないな。だから、授業は?」


 この人が授業に固執するのは、高校時代にろくに登校せず後悔しているからだ。私のことを思って言ってくれているのは感謝するけど、いまは少し置いておこう。


「しつこいね。すぐ戻るさ。いくつか聞きたいことがあったんだよ」


「なんだよ」


「私のこと好き?」


「バカかお前は」


 乙女の告白を「バカ」で片付けてしまうなんて、だから結婚できないんだよ。まあ、冗談はこのくらいにしておこう。


「一昨日の子犬の件で少しね。事件のこと、もちろん知ってるよね?」


「知ってるに決まってるだろ、仕事だ」


「さすが、頼りになるね。じゃあ、あれが発見されたのはいつ頃?」


「朝の七時を少し過ぎた頃だった。バスケ部が朝練に来て、それで見つけたんだ」


 より細かく聞くと、この学校の校門は六時半に開門が許可されているらしい。時間通り開けて、いつもは野球部とサッカー部が一番に来て、その後他の運動部がぞくぞくと入っていくらしい。


 バスケ部が来たのは七時前。いつも通り、体育館に行き窓を開けていた部員が外を見て死骸を発見したという。そしてまずは職員室へ駆け込み、事情を説明した。最初に聞いた先生は迷い込んだ犬がのたれ死んだのだと思っていたそうだが、現場では犬が惨殺されていて、明らかに人の手が加えられていたので、他の先生と婆さん達が招集されて、結局子犬の件は婆さんの決定で有耶無耶になった。


 あのビニールシートをしたのは近藤さんらしく、野ざらしにするのは可哀想だったそうだ。できれば早く埋葬してやろうと思っていたところに、海野先生が来て「現場はしばらくこのままにしたい」とお願いされたという。多分、先生はこの時から既に私に頼ることを決めていたんだろう。


 結局、バスケ部もその後は通常通りに練習をし始めたという。


「これがだいたいの経緯だ」


「それは一昨日の午前の話だよ。近藤さん、もちろん夜中の巡回もしたりするわけだから、夜中に死体があれば分かるんじゃないのかな?」


「夜になると暗いからな。死体見たなら分かるだろうよ、あの犬コロ黒かっただろ?」


 そういえば、真っ黒な子犬だった。確かにあれでは真夜中では分からないかもしれない。


「ならまだ明るかった頃、最後に巡回をしたのは何時頃?」


「はっきり死体が無かったって言えるのは九時だ」


 この学校では部活熱心な生徒が多いので、下校時間ぎりぎりの八時半まで学校にいる生徒が多い。その生徒たちを見送って、残っている生徒がいないかをくまなく探すのが夜の九時頃。これを毎日やるらしいので、時間も間違ってないだろうし、見落としもいないと断言された。


「残っていた生徒はいなかったかな?」


「いや、見回りをしたときには誰もいなかった」


「なるほど」


 つまり、夜の九時から朝の七時までの間に犯行があったとみるべきだ。しかし、そうなってくるとだいぶ絞られるな。


 しかし……問題の子犬は、どうやって入って来たのだろうか。いやあれだけ小さいのだから入る方法はいくらでもあるだろうが、子犬が単独で入って来たのか、犯人が生きて連れて込んだのか、死んだ子犬を運び込んだのか。この三パターンのうちどれだろうか。


 これが絞り込めないと、衝動的な犯行なのか、計画的な犯行なのかが分からないんだよね。


「……その日の夜遅く、または事件の日の朝早くに登校していた生徒を覚えてるかな」


「無茶を言うなよ、お前。何人いたと思ってるんだ、もう若くないんだよ、俺は」


「元自衛官が情けないこと言わないで欲しいね。なら特定しよう。眼帯をした生徒を見なかったな?」


「……眼帯の生徒? あの生徒会長の女の子か」


「そうそう」


 あの見た目だからどうやら近藤さんも知っていたらしい。


「あの子なら……見たぞ」


「いつかな」


「朝だ。そうだ、いつもだって早いんがあの日は特別早かったな。開門してすぐ入っていったのを覚えてる」


 尼将軍はいつも早く、七時半には登校しているらしい。ちなみにこの学校の登校時間は八時半。私なんかはいつもギリギリに登校する。今日もそうだった。彼女はその一時間も前に入っていつも何をしているのだろうか。


 そして事件当日はさらにその一時間早かったというわけだ。明らかに、不自然だね。


「何か他に覚えてないかな。大きな荷物を持っていたとか」


「いや、荷物は普段通りだった気がする。学生カバンだけだったはずだ」


 なるほど。けどまあ、この学校の指定のカバンは大きい。子犬くらい入るだろう。しかし、そこまでして死骸を校内に持ち込むというのはおかしい。誰かを驚かせるつもりだったにしても、放置されていた場所が目立たない。


 けど生きた子犬をカバンに入れて連れ込ませることは難しいだろう。そうなると、やはり子犬が勝手に入り、殺害されたと見るのが自然か。


 いや待てよ。そうなると子犬が校内にいて、それを見つけて殺害したということになる。そうなると衝動的だ。尼将軍が犯人だった場合、それはそれでおかしい。彼女はいつもより早く登校しているんだ。明らかに、前日から準備していたということになる。これでは衝動的ではない。


「蓮見、似合わないぞ、お前にそんな難しい顔は」


 人が結構真剣に物事を考えているのに、近藤さんがからかってくる。


「私に似合わない表情なんてないよ。美女は何をしても美女さ」


「おうおう、言ってろ言ってろ。てかそろそろ授業に戻りな」


 これ以上、何か聞き出すこともないし、これだけの情報が集まれば大漁旗を揚げてもいいくらいだ。近藤さんに別れを告げて、教室へ戻った。教室ではもうすでに海野先生が授業を始めていて、堂々と前の扉から入った私に一瞥くれると「早く座りなさい」という一言だけかけてくれた。どうやら私がなんのために遅刻したかは分かってくれてるみたいだったので、ありがとねと言って席についた。


 ただ、それから授業を真剣に聞いたかというと、実に胸が苦しいことに、否定せざるをえない。


 私は警察と違い、科学の力をもって事件を解決することは無理だ。いつもの依頼なら、嫌がらせの犯人を捜して欲しいとか、恋人が浮気してるかもしれないから調べて欲しいとか、そういったものだから科学など必要ないのだけど、今回ばかりはそれが欲しい。


 犬が何時頃に殺されたか。これが分かれば、随分と捜査は楽になるのだ。まあ、近藤さんの証言を元にするなら、夜の九時から明け方の七時の間。そして九時に生徒はいなかったのだから、六時半から七時と見るのが妥当なのだが……。


 三十分で子犬を虐殺する理由ができるのか。それが大いなる疑問だった。人間なら、そういう動機が生まれる可能性はある。


 しかし、被害者は犬だ。たった三十分で「殺してやろう」なんて憎悪を簡単に抱けるものか。


 犯行時間は絞れてきたが、動機が分からなくなった。


 そしてもしも私が想定しているとおり、犯人が尼将軍ならなおのことだ。

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