第83話

刃物から血が滴る。


あの瞬間、僕は麗華を突き飛ばし場所を入れ変わり、咄嗟に自ら包丁に刺されに行った。あいつが、他の人を、何より麗華を刺させないために。


手に深々と刺さり貫通する。くっ.................!!刺された瞬間鋭い痛みが走る。けど......そんな事気にしている場合じゃない!


抜かせないように僕も包丁の柄を持ち、そして、あいつの手から強引に包丁を手放させ、蹴りを入れて、距離を取らせる。


周囲は一瞬静かになり、僕が包丁で刺されている右手をみて、瞬く間に悲鳴で包まれる。


「なんで、お前がここにいるんだよ!!」

「そんなの決まってる!!そこにいるクソ女が私の人生を台無しにしたからよ」


指を刺された麗華はずっと下を向いていて、その表情が分からない。


「お前の方がたくさんの人の人生を台無しにしただろうが!!」

「はぁ?私とそんな奴らを比べないで」


おかしな、狂ったような声で笑う一華。こいつ……


「.......ねぇ、一華」


よろよろと麗華が立つ。目は泥のように濁っていた。瞳の奥でドス黒い感情が渦巻いて、焦点だけは一華一人だけに向けられていて、殺意が麗華を飲み込んで染め上げている。


「—ダメだよ!!麗華!!」

「いいの、ゆう君。もういいの。……終わらせるの」


壊れたように笑う麗華.................。


^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^


ゆう君が私をいきなり突き飛ばし、びっくりして、顔を上げたとき……


一華が、包丁を振りかぶり、ゆう君の手に深々と包丁が突き刺さる。


その時……私の心にひびが入って、音が響いて全体に伝わり、壊す。

ボロボロと崩壊していって崩れ落ちる。


私のせいで……あいつのせいで…ゆう君はこんなことになって.................。


...........もう、終わらせなきゃ。私が。これ以上ゆう君に傷ついてほしくない。私は……ゆう君を好きになっちゃダメだったんだね。


「ねえ、一華」


もう、終わらせよう?


「ダメだよ!!麗華!」

「いいの、ゆう君。もういいの。.........終わらせるの」


ゆう君。好きだよ、大好き。あなたの事が好きです.................好きです.................大好きです。


「ひっ.......」


私の目を見て、一華が息をのむ。


一華に近づき、首を思いっきり絞めて殺してしまおうと、そう一歩を踏みだそうとした時、手を掴まれ、そっと握られる。


「だめ、麗華。僕は、そんなの嬉しくない」


優しく暖かい声で私を止める。


「いいの、もう、いいの」


そう自分に言い聞かせる。


「良くないよ、全然。全く良くない」

「いいの!!もう、私は。……」


やめて.......もう、いいの。……あなたの傍にはいられないの。


「僕は、麗華が好きだから、良くない」


彼は、ダメだよと首を振る。


「私は.......嫌い」


苦し紛れに出た言葉は、私の心に木魂する。


あなたの傍にはいちゃダメなの。また、あなたが苦しんでしまうから。


「僕は好きだから、何度だって止めるし、何度だって、麗華に告白するよ。.......好きだよ、麗華」

「止めて」


ゆう君が笑顔で、私に告白する。その笑みに包まれてしまいそうになる。


「好きだ」

「止めて!!!」


彼の胸に手を置いて、突き放そうとするけれど、心が、それを邪魔して、手が動いてくれない。


「好きなんだ、麗華」

「……ダメなの。私じゃ。私じゃあなたの事を.......」

「いいよ、そんなの。それ以上に僕は麗華に貰っているから。そんなちっぽけな事なんて痛くもないよ」


彼は.......ゆう君は私を抱きしめた。


「沢山の物をもらったよ。どん底にいた僕を引っ張り上げてくれた。僕を慰めてくれた。たくさんの笑顔ももらったよ。……僕はそれだけでいい」

「……」

「だからさ、もう、そんな顔しないで。笑って」


ゆう君が笑い、私も笑おうとするけど、涙がこぼれる。頬を伝って止まない。

笑おうとするけど、笑えなくて、頬が引きつってしまう。


「.......上手く、笑えない.....」

「……そっか」


ゆう君はそう言って私をそっと抱きしめた。


「大丈夫ですか!!」


誰かが通報したんだろう、警察がこっちに来て、一華を取り押さえて、私たちの方へ駆け寄ってくる。


「じゃあ、麗華.....約束してくれる?」

「....何?」

「また.......笑えるようになったら、僕のところに来てくれないかな」

「うん」

「その時は........改めて告白するよ。『好きだ』って。この気持ちは絶対に変わらないから。数ヶ月先でも、何年先でもいい。だからね...........一回別れよう」

「……うん。約束。...........絶対だよ」


いつしか私の心は、暖かく、きれいに澄み渡っていた。







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