第69話

麗華先輩の頬が少し赤くなって腫れている。


間に合わなかった......。麗華先輩には、暴力なんて受けて欲しくなかったのに。


僕が殴った男は、痛いのかうずくまったままだ。


「痛い、イタイ、いたい。……っち、くそ」

「その痛いことをさっき麗華先輩にやっていた奴は誰だよ」

「俺だよ。だけどなそいつよりも俺の方が価値が高いに決まっているだろ。何殴ってくれちゃってんの?後が残ったらどうするんだよ」

「……は?」


こいつは何を言っているんだろう。価値?


心が冷めていくのが分かる。


......こいつもか。くだらない。本当に。


「はぁ........。お前は俺の邪魔しかしないな。大峰裕也」

「は?僕はお前の事知らないんだけど。それに邪魔したことも無い」

「その余裕が腹立つんだよ!俺よりブサイクなくせに。このゴミくずが」


そう言って、立ち上がりこっちを殴ってこようとする。


が......。


「お前たち何やっているんだ!」

「ごめん、遅くなった裕也」


夏樹と先生が来る。............良かった。


「えっと、これは......アハハ」


そう言って、誤魔化すように笑う。この状況を見ればどっちが悪いかなんて一目瞭然だった。


「藤岡、ちょっとこい」


藤岡はこっちを人睨みし渋々返事をする。


「.............はい」

「あと、大峰、神崎、如月も」

「その前に、如月さんを保健室に連れて行ってもいいですか?」

「分かった。神崎は残って話を聞かせてもらうからな。後でお前たちにもきっちり聞かせてもらう」


腫れた頬を見た先生が許可してくれる。


「分かりました、行きましょう麗華先輩」

「うん」


僕は先輩の手を引き空き部屋を出る。少しでも不安を取り除けるように、離さないようにギュッと。


先輩も僕の手を離さないようにギュッと僕以上の力で握り返してくる。


保健室に行き、腫れた頬を冷やしてもらい、ついでにベッドを借りる。先生は快く承諾してくれて、気遣うように保健室を出ていく


ドアが閉まり、先輩が涙を見せないように手で顔を覆う。


「…怖かったよ、怖かったよぅ裕也君」

「.............」


僕は無言で抱きしめる。麗華先輩の泣いている姿を隠すように。強く。


「私が傷つくことよりも、ずっと、ずっと裕也君がいなくなっちゃうかもしれない、死んじゃうかもしれない方がずっと怖かった」

「……」

「ごめんね、大事な時に守ってあげられなくて。守られるばかりで」

「……」

「ごめんね、ごめんね」

「……」


僕は、麗華先輩が泣き止むまで、言いたいこと、怖かったこと全部言ってしまうまで、麗華先輩がずっと抱きしめ、頭を撫で続けた。


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「ん、んぅ。んー」


あれから一時間くらい経っただろうか、先輩はぐっすり寝ている。時折むにゃむにゃ僕の名前を呟き、嬉しそうに笑っているし、多分もう大丈夫だと思う。


いたずら心でそっと髪を撫でると、くすぐったそうに身をよじる。……可愛い。


.............とあぶない、あぶない。僕はやらなきゃいけないことがある。


椅子から立ち、先輩に近づき.............頬でもなくおでこにでもなく僕は…先輩の唇に僕の唇をそっと重ねる。


「寝てるときでごめんなさい、次は、起きているときに必ず」

「……」


僕は先輩が起きないように小さな声で呟く。


.............っ。恥ずかしい。頬が熱を帯びていくのが分かる。


だってしょうがないじゃないか。あんなことがあった後だと、麗華先輩が愛しくてたまらないんだ。


僕は逃げるように保健室を出た。

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