第44話 北部地方へ潜入

第44話~北部地方へ潜入~


 北部地方の中心都市であるカムイは、北部領でもほとんど中心に位置している。もちろんそこには今回の目的でもあるリッチモンド伯爵の居城もあり、それはそれは警備も厳重なものとなっているはずだ。


 正面から向かっていくのは得策ではない。もちろん俺達が負けるとは考えられないが、それでも今回の依頼を考えれば事を大きくするのは得策ではない。


 ではどうするのかと言えば、もちろん搦手を使っていくべきだろう。策を練り、必要最低限の労力で目的を達成する。これが今回の正解だ。


「ここは北部地方の入口。クジョウの街です。東、西、南との交通の要所ともなっていて、北部の端ではありますがカムイに続いて2番目の規模を誇るんです」


 シュライデンの言葉通り、確かにクジョウの街は立派だった。まだ街の中に入ってはいないが、外から見てまず一番最初に目に入るのは、街をかこう巨大な塀だろう。


 高さにして十メートル以上、もはや塀というよりは壁と言った方がいいそれが、街の外周の全てを取り囲んでいるのだ。


「驚かれましたか?北部はその性質上、どうしても戦闘を想定した街づくりに特化してしまうんです。それは国内であっても同じ。鬼人族が治めるこの地方では、他種族に対する警戒が他に比べて高い傾向にあります」


 なるほど。確かにシュライデンの言う通りだ。街に入る門には門番がおり、全ての人の出入りに監視体制を敷いている。今回はシュライデンが一緒だということで顔パスのようなものだったが、本来であれば厳しいチェックがあることは想像に難くない。でなければ門の外に長蛇の列などできるはずはないのだ。


 街に入ってからもその様子は変わらない。街のそこかしこを見回っている兵は常に警戒を怠らず、身の丈ほどの槍を携えている。


 目抜き通りらしい通りには、食料品などの店よりも多い武器や防具の店の数々。見れば冒険者と思われる姿も多く、この街がいかに戦闘行為が第一に考えられているかということが、例え前情報がなかったとしてもわかってしまうというものだ。


「空気がはりつめとるのう。もう少し抜かんとこちらが疲れてしまうわい」


「昔はもう少し落ち着いていたんですけどね。父が変わったころかでしょうか。領内の空気も、徐々に緊張感の漂う物となってしまって。今では少しの刺激で小競り合いがしょっちゅう起きる始末です」


 確かに数件先の武器屋の軒先で、冒険者と兵士がなにやら揉めている。きっかけは片方がぶつかったとかそんな事なのだが、この空気のせいなのか、どちらも引くことはなく互いに武器を抜く寸前という状況になっていた。


「全部燃やしたくなる街です」


「同意したいところだがやめとけ。それよりも気づいているな?数は3人。右後方7mに二人。前方の建物3階に一人だ」


『あれでばれてないと思ってるのか?気配の殺し方が甘すぎる』


 スルトの言葉にエリザとカナデも頷いた。シュライデンだけが一人理解が出来ていないようだが別に構わない。シュライデンはこの場にいることが大事なのだ。


 自分の思惑通りに動く展開にやはりこぼれそうになる笑みを隠すのが難しい。


「だからお主、そのいかにも悪者のする笑いをやめんか」


「しょうがないだろ。手のひらで踊る奴を見ることほど楽しいこともないんだから」


 俺達はなにも無策で北部地方にはいったわけではないのだ。俺達の目的はリッチモンド伯爵の情報収集。場合によっては排除することも考えてはいるが、なんにしても情報が欲しい。


 なぜ人が変わったような政策ばかりをするのか。目的はなんでどこに向かおうとしているのか。ただ殺すのは訳ないが、其の辺りのことを知らなければ本当の意味で企みを潰せたとは言えないのだ。


「そこの角を曲がって裏通りに入る。その後は各自に任せるけど、くれぐれも一人は生かせよ?」


 俺の言葉に三人がいい笑顔で頷いた。さっき俺に言った言葉はなんだったのかと言ってやりたい気もするが、気にしたら負けなのだろう。


「あの、それはどういう……」


「心配するな。お前は俺達に全部任せてれば大丈夫だよ」


 身の保証はするさ。精神の保証は知らないけどな。


 心の中でそう呟いた時だった。裏通りの奥まで進んだ俺達に急接近してくる影が三つ。


 すでに周りには人はいない。左右の建物は高く、左右に逸れる道もなく、前後から迫る影を躱すすべはない。


「狙い通り」


 前から迫って来た一人が急に燃えた。後ろから迫る影の内、一人は熱線により頭部が吹き飛ぶ。そして最後の一人は見た目はか弱い着物の女性、エリザによりなすすべなく取り押さえられた。腕があらぬ方向に曲がっているのは見なかったことにしよう。


「え、えっ?」


「さて、美味いこと餌にかかってくれたみたいだし、楽しい尋問タイムといきますか」


「恭介さん、いい笑顔してますね」


『たまに私、こいつのこと怖くなる時があるんだけど』


「奇遇じゃの。戦闘力以外で怖さを感じるっていうものは、儂も長い人生でここ最近はじめて体験したからの」


 またまた失礼なことを言われている気がするが、この時の俺の口角が確かにしっかりと持ち上がっていたことは否定はしない。


 その笑顔を見たシュライデンが、状況こそわからないものの、ドン引きしていたことにも否定はしないさ。


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