第27話 最深部にいた者
第27話~最深部にいた者~
“検索結果:『フローズン・リザード』 種族:リザード種。主に氷河に生息する魔物。氷に包まれた体表は固く、物理攻撃に耐性を持つ。氷属性の息を吐き敵を凍らせる”
氷河地帯に住む魔物が火山にいる。自分で言ってなんだが、この言葉の段階で矛盾が大きすぎて辟易してくる。
洞窟を進む俺達に向かってくる、通常のトカゲをそのまま何倍も大きくしたような体の魔物。コモドオオトカゲなどを想像すると容姿が分かりやすいが、その体を氷が覆ってるいるところからも氷属性であることは間違いないだろう。
強さとしてはボルケーノ・バイソンよりだいぶ劣る。その程度の雑魚にいちいち動いて攻撃を加えるのも億劫なので、槍術、いや、今は進化して龍槍術になった派生技の飛槍を使って全ての魔物を駆逐した。
「槍って飛ぶものだったっけな……?」
「飛ぶんでしょ、この三人の中では……」
お馴染みのリアクションは当然のごとく黙殺する。すでにグローインとアリスも諦めているのか、一言二言感想を漏らすだけでそれ以上は何も言ってくることはない。
懲りずに向かってくるフローズン・リザードを槍で貫くだけでは飽き足らず、無駄に手間をかけて細切れにした。
「イラついてますね」
「そうだな。正直気分はよくない」
洞窟の中を五人で進むと決めて以降、俺の気分は非常によくなかった。
原因は分かっている。グローイン達の自分たちにメリットのない行動のせいだ。
わかってはいるんだ。その思いは悪いことなんかじゃなく、人としてはきっと当然の事。無償の善意。誰かを助けたいという人としての欲求。
頭ではそれを理解してはいるが、俺の過去の経験からその行動がどうしても理解できないのだ。
自分には理解できない行動。理屈はわかっても意味が理解できないせいで苛立つ心。その苛立ちが魔物を必要以上に痛めつけて殺すことに繋がっている。
「それにしてもこの洞窟はどこまで続いておるのかの?場合によってはどこかで一度小休止も考えなければなるまいて」
そんな俺の苛立ちを知ってか知らずか、エリザがのんきにそんな声を上げた。
“検索結果:『洞窟内部の構造』 5階層からなる洞窟。総距離:10キロメートル。高低差500メートル。現在の進行速度から推測される最奥までの到達時間:36時間。尚、最深部に巨大な魔力反応あり”
インデックスの検索の後、脳内に洞窟の内部構造を示すマップが表示された。マップと言っても、全ての内部情報が記されているものではなく、これまでに歩いたところのみが記されるようになっているものだ。
これもインデックスのレベルが上がれば全て把握できるようになるのかもしれないが、これでも内部で迷うことはなくなるためありがたいのは言うまでもない。
「最深部まではだいぶ距離がありそうだ。カナデ、先行していい場所を探してきてくれるか?」
「お任せあれですよ!!」
今のところ俺達には休憩は必要ない。その圧倒的なステータスは体力面にももちろん反映されており、このまま一週間程度歩き続けたところでほぼ疲れることはないからだ。
だがグローインとアリスは違う。いかに赤ランクのベテラン冒険者とはいえ、そのステータスは普通の人間の上の方でしかない。
休みを入れなければどこかで体力が尽きてしまうことは容易に予想ができた。
「エリザ、深部の魔力反応がわかるか?」
「当然じゃ。しかしあれはよくない魔力じゃな」
「強さはわかるか?」
「何者かは知らぬが、そ奴が十人いても儂らの一人にも勝てはせぬよ。というよりもお主、魔力反応があるのがわかるのに強さが分からんのか?鑑定能力持っておるんじゃろ?」
「鑑定の方向性の問題だろ。でもそれなら心配はないな。とりあえず深部まではまだまだ距離がある。どこかで休憩して奥を目指そうぜ」
巨大な魔力反応とはいってもその程度なら心配はないか。
だが最深部に誰かがいることはわかった。おそらくだが、この洞窟の異常についてそいつなら何かを知っているのだろう。
間もなく戻って来たカナデの先導に従い、俺達は洞窟の2階層でとりあえず休憩をとることにしたのだった。
◇
そこから休憩を何度か挟んで俺達が最深部に辿り着いたのは、インデックスが示した推定時間通りの36時間後のことだった。
階層にして5階層。何度か階段状になっている坂道を降り、ここまで辿りついたのだ。
当然、道中で魔物との遭遇はあったのだが、やはりというべきかそのどれもが本来この場所にいるはずのない者、フローズン・リザードをはじめアイス・ハウンド、ブリザード・クロウ、スノウ・ゴーレムなど、やはり全てが氷河地域に生息するものだったのだ。
「さて、それじゃあ黒幕の面を拝ませてもらうとしようか」
最深部である5階層の奥。そこにあったのは俺の身長の五倍はあろうかという大きな扉。
これで決まった。ここに来るまでに階段のようなものがあったことからも、俺はこの洞窟が人の手によってつくられたものではないかと予想していたのだ。
明らかに自然現象とは考えられない滑らかな洞窟の岩肌。人が歩きやすいように整えられた足元。最初、入り口付近でこの現象を見た時には、冒険者やギルドが整備したのかと思ったのだが、最深部であるこの場所にまで同様の現象がみられたことらもそれはない。
この山の洞窟が発見されたのがここ十年の出来事であることを考えれば、階段などの劣化具合から見て、相当前にこの洞窟が作られたことは間違いないだろう。
「何者かが侵入したとは思っていたが、まさかここまで来るとは思わなかったな」
立ちはだかる扉を開けた先にいたのは一人の男だった。
紫色の長髪に黒のロングコート。二メートル近い長身なのだが、細身のせいかそれ以上に感じてしまう。腰にはこれまた身の丈ほどもありそうな長剣を携えたところからも、剣士とみて間違いはないのだろう。そして極め付きはその頭から伸びている二本の角だ。普通の人間にはあるはずのない角。それが男の頭部からしっかりと生えていた。
「おい冗談だろ!?魔族じゃねぇかよ!!」
「そうだな私はお前の言う通り魔族だな。何か文句があるか人間?」
グローインの言葉に男がそう答えた。それと同時に叩きつけられたのは殺気。それだけで並の人間など殺してしまえそうなほどに鋭利で、そして純然たる殺意の塊だった。
「う……、あっ」
「ほれ、お主らは儂の後ろに隠れておれ。弱いのじゃから相手を無駄に煽るもんじゃないぞ?」
「でも、あれは魔族じゃ……」
「いいから黙っておれと言うておるんじゃ。それとも死にたいのか?」
「「……」」
エリザに諭され黙る二人。どうやらシルビアス王国でも聞いていた通り、魔族というのは人間にとって敵であるという認識で言いようだ。
とはいっても俺は魔族に直接何かをされたわけでもないし、そもそもどうして敵対しているかの理由も知らない。それに最初に人間であるシルビアス王国に迫害された俺は、無条件に人の味方になるということはないのだ。
「ここで何をしている?」
「それを語る理由があるのか?」
「洞窟内部の異変はお前のせいか?」
「そもそもお前たちこそ誰だ?」
「なぜここにいるはずのない魔物がいる?」
「聞いていることにも答えられないのか。これだから人間の相手をするのは嫌なのだ」
会話がまるで成立しない。どちらも自分の聞きたいことだけを聞こうとしているのでそうなるのも当然と言えるだろう。
“検索結果:対象のステータス
名前:ザイレス・オルツ
種族:魔人族
レベル:56
適職:魔法剣士
適正魔法:闇魔法(レベル12) 氷魔法(レベル15)
スキル:剣術(レベル17) 闇の理(レベル8)
ステータス 攻撃:923
防御:929
素早さ:1021
魔法攻撃:878
魔法防御:899
魔力:1004”
ステータスは総じて高い。確かにこの能力であれば、尊大な態度をとることも納得できる。
人間の上位の能力が500~600であるということを考えれば、ほとんど倍に近い力を有しているのだ。一対一で戦えば人間側に勝てる見込みはないと言わざるを得ない。
だが俺から見ればやはりこいつも雑魚でしかない。ステータスでも見れば十分の一にも満たない相手。そいつがそういう態度をとるのであれば、こちらにも考えがある。
「いいから早く恭介さんの質問に答えてください。燃やしますよ?」
「なんだお前は。人間風情がえらそうに……」
「焼却」
止める間もないとはこのことだ。魔族の態度にイラついて、反論すら許さずに燃やす。どうにもカナデの短気はいささか行きすぎな気がするが、俺も同じことをやろうと思っていたのだからいいだろう。
「ぐぁっ!?なっ、お前っ!?」
一瞬にて焼け落ちる魔族の右腕。まさかのその事態に驚き、そして痛みに表情を歪めながら魔族が膝をつき崩れ落ちた。
「これで少しは素直に話す気になれましたか?ここで何をしていたのか。早く恭介さんの質問に答えてください」
「貴様……!!」
「なんです?次は左腕がいいですか?それとも足にしますか?」
「……っ!」
魔族は残る左腕で剣を抜き放ったが、カナデのその言葉に攻撃に移ることが出来ない。先に放たれたカナデの攻撃で互いの力量差を悟ってしまったのだろう。
強者ゆえに少しでも戦えば相手の力を把握することが出来る。だからわかってしまった。少なくとも魔族はカナデに勝てないということが。
「お前たちの目的はなんだ……」
絶対に勝てない相手。そう悟りながらも虚勢を保つ。このことから見てもこの魔族が歴戦の戦士であることは容易に想像がついた。
「俺達は単純にこの洞窟で何が起きてるのか知りたいだけだ。異常が起こっている洞窟の最深部にお前がいた。だから事情を聞いている。それ以上でも以下でもない」
「それを信じろと?」
「信じる信じないはお前の勝手だが、答えないのであればここで殺すだけだ。現状、お前が原因である可能性が一番高いからな」
脅しでしかない俺の言葉に、魔族はそれなりの時間熟考したようだが、言葉を選びながらようやく語り始めた。
「俺がしゃべれることは多くはない。それは俺が魔王様からの勅命で動いているからだ」
そういうと魔族は自分の近くにあった大き目の岩に腰掛け、一度目を瞑る。何を伝え、そして何を秘匿するか。その選択をしているのだろうか。
「この火山、ゴウロン山にははるか悠久の昔、この世界を震撼させた伝説の魔物の一柱が封印されているのだ。俺の任務はその魔物の開放。それゆえに俺はこの洞窟に潜り、そして内部の環境を変化させた」
伝説の魔物。
それはまさに中二心をくすぐるキーワードだ。数多くあるファンタジー物で必ずと言っていいほど現れ、時には敵となり主人公と敵対し、時には仲間となりボスを一緒に倒していく。
その伝説の魔物がこの世界にも存在している。俺の子ども心が騒ぎ始めるのを感じた。
「洞窟の最深部であるこの場所は、同時に火山の中心部でもある。この場所に細工を加えれば、内部の環境を意図的に作り替えることも可能なのだ」
曰くこの洞窟は、はるか昔に誰かが火山のコントロールを行うために作ったものらしい。そのためこの魔族はこの場所で自身の得意とする氷魔法を使い、洞窟内部の環境を変えた。
「魔物の生息が変化したのはそのせいだ。基本的に魔物は魔力のある場所で自然発生するが、出現する種類はその場所の環境要素の支配を受ける。俺の魔法で内部の温度が落ちているこの場所では、火山地域の魔物ではなく氷河地域の魔物が発生しているのだろう」
流石は剣と魔法のファンタジー世界だ。自然環境を変え、魔力で魔物が発生する。もはやなんでもありの世界としか言いようがない。
俺が内心そう感心している中、魔族の男はさらに爆弾発言を投下した。
「俺の目的は、その封印されている伝説の魔物を復活させることだ」
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