第26話 洞窟内部の異常

第26話~洞窟内部の異常~


 洞窟内は予想に反して暑くはなかった。火口にできた洞窟なのだから、どう考えても内部の温度が高くなくてはおかしいのだが、どういうわけか内部の温度は全く高くない。むしろ少し冷えているくらいに感じてしまう。


 その証拠に本来なら溶岩があったのであろう場所にあるのは、山道の道すがらに見て来た玄武岩様の石の数々。それはきっと、もともとはここに流れていた溶岩が冷え固まったと考えるのが自然だ。


「おかしいぞ。洞窟に入ってすぐのこの場所は、溶岩の川が流れている地点のはずだ。こんな岩だらけの場所じゃなかった!!」


「二人は前にも来たことがあるのか?」


「ああ。何も俺達は見習いのサポートにつくのが始めてってわけじゃない。前にも何度かお前たちと同様にこのゴウロン山に見習い冒険者を連れてきたことがあるんだよ」


「その時に見た光景は絶対にこんなものじゃなかったわ。ギレー火口の温度なんてまだまし。洞窟の内部は耐熱魔法無しで入ればすぐに死んでしまうほどの危険地帯。こんな穏やかな気候なはずがないのよ」


 過去を思い出しながらそう語るグローインとアリスの言葉に嘘はないだろう。


 だとすればどういうことなのか。


 恐らくボルケーノ・バイソンたちが生息地である洞窟内部から出てきていたのはこのせいだろう。洞窟内部の気温が下がったことで、高温地帯に住む魔物には暮らしにくくなった。


 少しでも環境のいいところに移動しようとして、火口や山道に出没してしまった。


 では一体こうなってしまった理由はなんだ?


 火口で溶岩の活動が確認できたことから、この火山が休火山になったとは考えにくい。何より先日に噴火をしていてるうえに、仮に火山が活動を止めたとしても1週間やそこらで火山内部の温度が急激に下がるなどありえない。


 火山があくまでもといた地球のルールに則って活動しているのであれば、自然にこうなったとは考えにくい。


「人為的なものか……」


「じゃろうな。でなければ自然の山がこんな形になるとは思えん」


「それにこの洞窟なんかやな感じがするんですよね。なんかこう、うにょーって感じの気配が」


 カナデの例えはよくわからんが、とりあえず俺達三人の意見は一致した。


 今、この洞窟内で何かが行われている。人なのか、はたまた魔物なのか、それとも別の何かなのかは知らないが、火山という自然に対して意図的に手を加えている何者かがこの洞窟にいるはずだ。


「グローイン。この火山って保炎石以外に何か有名な物ってあるのか?」


「いや、特に聞いたことがないな。そもそもこの洞窟の内部は未だにどれだけ深いのかわからないんだ。潜れば潜るだけ内部の温度が上昇していくから、いくら耐熱魔法を使ってもそのうち限界が来る。だから洞窟の入り口からおよそ500m。これが今のところギルドが把握している洞窟の深さだ」


「誰かがこの山にちょっかいを出すメリットは?」


「思い当たることはないわね。そもそもゴウロン山自体、ここ十年くらいで知られるようになった山なのよ。保炎石の発見で知名度が上がり、冒険者が訪れるようになった。元からこの辺りに住んでいた人ですら山には近づかなかったんだから、実際のところこの山について詳しく知っている人はいないのよ」


 正体不明の山。なるほど、逆に何かがありそうな気配しかしないな。


「俺達は奥へ行くが、二人はどうする?俺としてはここで待つか引き返すことをお勧めするが」


 何がこの先にいるにしろ、碌な物じゃないのは間違いない。まともなやつが火山をどうこうしようとは普通は思わないのだから。


 となると二人は悪いが足手まといということになる。死なせるには惜しいとは思うが、さすがに他人のお守りまでしたいとは俺は思えない。できたらここで大人しくしてほしいというのが俺の本音だった。


 しかし返ってきた答えは俺の思惑とはまったく逆のものだった。


「馬鹿言うな!お前たちだけで行かせられるわけがないだろ!!」


「なんでだよ?」


「お前たちが強いのはわかっている。俺達よりもはるかに強く、加えて俺達が足手まといになることもだ」


「そこまでわかってるならここにいてくれよ。俺はあんたたちに死んでほしいとは思ってないぞ?」


「だからこそだ。俺達だって、お前たちに死んでほしくないんだよ」


 グローインの言葉に思わず言葉が詰まってしまった。


「俺はお前たちがこんなところで死んでいい奴らだとは思えない。もちろんそう簡単にどうこうなるとは思っちゃいないが、それでもお前たちには経験が不足している。万が一という可能性はあるんだ」


 確かに一理ある。強さという意味ではチート級の俺達だが、冒険者としての知識や経験、それどころかこの世界での一般常識ですら俺達はおぼつかないところが多い。


 グローインの言う通り、万が一の事態に陥る可能性は少ないながらもゼロではないだろう。


「その分俺とアリスはそれなりに場数を踏んだ冒険者だ。ダンジョンに潜った経験だって何度もある。その経験が役に立つことだってあるはずだ」


 否定はできない。だが肯定も出来ない。


 リスクが大きすぎる。自身の分を大きく上回る場所に立ち向かうなど、まさに死地に向かう以外の何物でもない。山道での段階では俺達が守ればなんとかなると思っていたが、相手が自然をどうこうできる可能性がある以上、最後まで守ってやれる保証などない。


 それにだ。そもそも俺達は昨日出会ったばかりの即席のパーティー。自分の命をかけてまで何かをしてやる義理などないはずだ。


「どうしてそこまでする?二人にメリットなんかないだろ?」


「さっきグローインが言ったはずよ。あなた達に死んでほしくない。それ以上の理由なんてないわ」


 理解が出来なかった。


 人というのは自分の身のためならすぐに裏切り、強い者の味方をする。


 これまでみんなそうだった。木山に従い、俺のことなど助けようとなどしなかった。クラスの連中も、施設の大人も、誰も俺のことなど歯牙にもかけなかったはずだ。


 人はそういうもの。そんな理由で自分の命をかけたりはしない。誰だって自分が一番かわいいのだから。


「お前ら……」


「ならこうするのはどうじゃ?儂が二人の護衛につく。洞窟内の探索と現れる敵への対処はお主とカナデで行う。これなら問題なかろうて」


「エリザ……」


「そうしましょう!!いつまでもここにいても時間の無駄です!それに自分たちでついてくるって言うんだから、何があっても自己責任ですよ!恭介さんが気にすることじゃありません!!!」


「そういうことだ。ほら、早く行こうぜ。洞窟の異変を確かめなきゃだろ?」


 なぜか俺の意向は無視して話がとんとん拍子に決まっていく。


 反論したいはずなのに、なぜか美味い言葉が見つからない。今の自分の感情がよくわからない。


 沈黙を肯定とみなしたのか、残りの四人は全員で進むことで意見が一致したらしい。


 胸にもやもやを抱えながら、俺達五人は何かが起こっている洞窟の奥へ歩を進めていくのだった。


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