第25話 火口の洞窟

第25話~火口の洞窟~


 いくら自分の常識の範囲外の出来事を目にしようと、そこはベテランの冒険者。その後落ち着きを取り戻した二人は、状況をなんとか呑み込むことに成功していた。


「まぁ、なんだ。俺達も冒険者だ。冒険者同士余計な詮索はしないっていうマナーは守るから心配するな」


「その代わり、私たちのさっきの行動は見なかったことしてちょうだい」


 そんなマナーがあったとは知らなかったが、それで見なかったことにしてくれるならこちらとしては助かる。交換条件としては安いくらいだ。


「それで、これからどうするんだ?雑魚だったとはいえ、あれがここにいるのはおかしなことなんだろ?」


 グローインの話ではボルケーノ・バイソンはギレ―火口の洞窟、その深部に住む魔物であってそれ以外で目撃されたことなどない。


 しかも今は噴火後の魔物の出現頻度が下がる時期。そもそもこの山道に魔物が出ること自体が珍しいのだ。


 これはもう、このゴロウン山で何かが起こっていると考えがのが自然だろう。それがいいことであるのか悪いことであるのかは知らないが。


「お前たちは、仮にさっきのボルケーノ・バイソンが倍いたとしても勝てるか?」


「三人のうち誰でも一人で、しかも無傷で勝てるだろうな」


「それほどか……」


 確かにあの魔物は強い。それこそ赤ランクの冒険者である二人が怯むほどに。


 しかしそれはあくまでも常識の範囲での話であって、すでに常識という箱から飛び出してしまった俺達にとっては問題ではないのだ。


「今この山で何かが起きてるのは間違いない。その現場にこうして俺達がいる以上、俺達にはその原因を調べる義務がある」


「グローイン、あなた何を……?」


「手伝ってくれるか?」


 それは先輩冒険者からの嘆願。


 カナデの魔法を見たのだから、もちろん俺達の実力が想像を絶するものだということは分かっただろう。


 しかしだからと言って、自分達よりもはるかに経験が劣り、しかもさっきまで実力大したことはないと思っていた奴らにこうも簡単に頭が下げられるものだろうか。


 それに今回の二人の依頼はあくまで俺達の護衛であって、異常が起きているこの山の調査というわけではない。まして自分たちの実力を大きく上回っている話だ。ここで撤退したとしても、誰も文句を言う人などいないだろう。


 それでもグローインは調べる義務があると言った。誰に頼まれたわけでもない。それなのにそれが自分の義務だと言ったのだ。


 やっぱり助けてよかった。


「このまま本来の依頼の通り、火口の洞窟に向かう。それでいいか?」


「ああ、そこまで行けばきっと異変の原因の手掛かりもつかめるだろうからな」


 カナデとエリザを見る。二人の表情に特に否定の色は見られない。というよりも、どちらかと言えば俺の好きにしろと言っているようにも見える。


 しかしそれに対して反対を唱えたのはアリスだった。


「ちょっと待って!いくら何でも無謀よ!確かにこの三人は強いんでしょうけどリスクが高すぎるわ!この先に何が待っているかもわからない、その状況で何もかも未知数なこの子たちの力を当てにするのはいくらなんでも!!」


 アリスの言うことはもっともだ。ただでさえ異常な状況なのに、そこに輪をかけて未知な俺達という存在。今は敵対していなくとも、この先その関係もどうなるかは分からない。ベテランの冒険者であるアリス達なら、ここは撤退を選ぶのが正解だ。


 そう思うからこそ俺は何も言わずに二人を見守ることにした。


「いいかアリス。もしこの山の異常がやばいとしたら、ここで原因を突き止めないと大変なことになる」


「でも!それは私達じゃなくて、もっと適任者が調べればいいことだわ!!」


「アリス、聞いてくれ」


「嫌よ!もしあなたが死んでしまったりしたら……」


「アリス、俺を信じろ」


 涙を流し拒否するアリスを抱き締めるグローイン。もしかしると、見守る選択をした俺の判断は間違いだったのかもしれない。


「俺達は冒険者だ。戦えない人たちのために代わりに体を張る義務があるんだ。それは二人で冒険者になる時に覚悟したことだろ?」


「わかってる、わかってるけど!!」


「それに約束したはずだ。俺は絶対にお前より先に死んだりしない。死ぬときは一緒だってな」


「グローイン……!!」


 抱きしめあう二人に周りの光景など目に入りはしない。それはもちろん俺達三人のことだって同様だ。


 どうしてくれようか、この安いドラマのような展開を。置き去りにされたこの状況をどうにか打破しようと頭をひねり始めたのだが、その状況はカナデによっていともたやすく壊されてしまった。


「あの、行くのか行かないのか早く決めてくれますか?」


 グローインとアリスの周囲に吹きすさぶ深青の炎。瞬く間に子が恐怖にひきつる二人。


「鬼じゃな……」


 数分後、俺達は休憩地点から頂上に向けて登り始めることなった。二人の赤ランク冒険者がカナデに異常に怯えた視線を向けていたのは、これはもう仕方のないことだと俺は思う。


 いきなり焼却魔法は辛いよな。


 ◇


 ボルケーノ・バイソンを一体見つけたらなるべく逃げろ、二体見つけたらためらわず逃げろ、三体以上なら覚悟を決めろ。


 それがベテランの青ランク以上の冒険者の中で交わされている合言葉。


「じゃあ、数えるのも億劫になるような数がいるときはどうすればいいんだ?」


「俺、さっきあんなかっこいいこと言ったけど、やぱり逃げてもいいよな?」


「いいと思うわ。でもその時は私も一緒に逃げることにするわ」


 またまた二人の赤ランクが現実から逃避しようとしているが、これもまたきっとしょうがないことだ。


 あれから登頂を開始した俺達は、順調に目的地であるギレー火口に到着することができていた。途中ボルケーノ・バイソンと何度か遭遇することはあったが、いずれもカナデが一瞬で燃やしていたのでもちろん問題にすらなっていない。


 そうして到着した火口に待ち受けてていたもの。それは火口を埋め尽くさんばかりに大量に発生しているボルケーノ・バイソンの群だったのだ。


 どう少なく見積もってもその数は百以上。さっきの言葉を引用するならば、もはやこの光景は来世に期待をかけるほかない状況であろう。


「燃やしましょうか?」


 しかしそんな状況でもぶれないのがカナデであり、言葉の通りあれら全てを燃やし尽くすことなんてカナデにとってはわけのないことだ。


 火山に生息しているせいか、通常なら炎系統の魔法など効かないほどの炎に対する耐性を持つ魔物達も、カナデの焼却の前では塵芥に等しいのだろう。


「待て待て。そろそろ儂にも活躍をさせてくれんか。お主たちと連れ合ってからここまで、ろくに戦闘もしておらんからの。いい加減儂も役に立ちたいのじゃ」


「えー、エリザさんは立ってればいいですよー」


「お主、どうして儂に時折異常なまでに冷たくなるんじゃ?」


 じゃれあう二人はいつもの事なのだが、確かにエリザの戦う姿を俺達は見たことがない。


 ステータスがぶっ壊れていることはインデックスによる検索結果からわかっているが、一体どのような攻撃をするのか、どのような魔法を使うのか、その全ては未知の領域なのだ。


「エリザ、頼めるか?」


「うむ。儂にまるっと任せるがよいぞ」


「どうして私じゃないんですかー!私の方が綺麗に殺しつくせますよ!!」


「カナデにはまた頼むから今回は我慢してくれ」


 子どもかと喉元まで出そうになったが、その言葉をなんとか押し込み俺はカナデにを宥める。


 これは俺の打算だ。


 エリザが特に深い目的などなく、ただ俺達に興味をもったから旅に同行していることに疑いはない。死骨山脈での説明に嘘があったとは到底思えないし、何よりこの圧倒的な強者たる存在に余計な策略など必要ない。


 その力を持って、全てを自分の思うがままに行える奴にそんな行為は必要ないのだから。


 だがそれでも俺がエリザにこの場を任せたのは、やはりその強さの一端を覗きたいという思いからだろう。


 進化によりステータスを増してもまだ足元すら見えない存在。それが一体どのような戦い方をするのか。俺はただそれをこの目で見たかっただけなのだ。


「炎をで燃やし尽くしてはカナデと一緒で芸がないからの。どれ、ここはその真逆でいくとするか」


 その言葉の数瞬後。瞬きをするかしないかというほんのわずかな時間だったはずだ。


 今まで確かに火口を埋め尽くさんばかりに蠢いていたボルケーノ・バイソンの群。しかしそれらはもう二度と動くことはない。おそらくは本人達も死んだことすら気づかないうちに命を刈り取られていたのだから。


「絶対零度。氷属性の龍魔法じゃ。全てを凍てつかせるだけの魔法。効果は単純じゃが、その分効果は絶大じゃ。少なくとも儂はこの魔法で凍り付かなかった者を見たことはないの」


 ギレ―火口はその名の通り、溶岩の噴火地点のため常に周囲の気温が高い。俺達にはそれほど問題ないが、グローインやアリスは耐熱魔法によりなんとかその環境に適応しているのだ。本来人が活動するような場所ではない。


 しかし今の魔法でその環境は一変した。きっちりコントロールされた魔法は的確にボルケーノ・バイソンのみを凍らせてはいたが、それでも魔力量がけた違いなエリザの魔法だ。


 その余波で火口付近には霜が降り、岩肌はところどころ凍り付いている。こんな光景、およそ火山の火口で見れるものではない。


 やはり規格外。これほどの魔法を余裕でこなすエリザという存在は、まだまだ俺の想像よりも化け物だったということだろう。


「はは……、火口が凍ってら……」


「ボルケーノ・バイソンの氷漬けよ。はく製にして売ったら、私達この先遊んで暮らせるわね……」


 グローインとアリスが今回もまた遠い目をしていたが、俺ですら驚きが隠せないのだからこれはもう仕方がない。今はそっとしておいてやろう。


「さて、道は出来た。これで邪魔するやつはいないわけだし、洞窟に入るとするか」


 凍った魔物の向こう側。奥にかすかに見える洞窟の入口。あそこが今回の俺達の目的地、依頼品である保炎石がある場所。


 収納から今日初めて槍を取り出す。


 本来はあの洞窟に生息している魔物が外に出ているのだ。内部にはそれ以上の魔物がいてもなんらおかしくはない。


 だからと言って負ける気はさらさらないけどな。


 俺達5人は洞窟へと踏み出した。その先で何が待ち受けるのか、この時はまだ知る由もない。


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