第21話 ゴウロン山とギレー火口

第21話~ゴウロン山とギレー火口~


「今日はこういった依頼をご用意しました」


 ルグナン村のギルドの受付嬢がいつもの営業スマイルで俺達に依頼の書いてある書面を渡してくる。


 この一週間、俺達は依頼をこなしてこなしてこなしまわったのだが、そのどれもが収集依頼ばかりであり、正直なところ飽き飽きしてきていた。


 エリザはさすがというか、圧倒的年長者の振る舞いで、『のんびりするのも悪くないの』などとどこか楽しそうに薬草や木の実の収集を行っていたのだが、問題はカナデのほうだった。


『うが~~~~っ!!いい加減何か燃やしたいです!!あんまり我慢しすぎると私が自分で燃えちゃいそうです!!』


 などと一応幽霊としての年齢は相当なものなはずなのに、言っていることは子ども顔負け。とにかく限界一歩前の状態だったのだ。


「ルグナン村にどうして冒険者が集まるかご存知ですか?」


 受付嬢がそう問う。


 確かにこのルグナン村は、アーネスト公国の辺境の田舎村である割に、村の規模に比して冒険者が多い。


 ほとんど娯楽施設もなく、一キロ四方に村人が数十人の村にしてはそもそも冒険者ギルドの支部があること自体おかしな話なのだ。


「村から北へ10キロ程行ったところにゴウロン山という火山があるのですが、この街にあつまる冒険者の目的はその山でとれるものなんですよ」


 ゴウロン山。かつては常に噴火を繰り返す活火山だったようだが、近年では時折小規模な噴火は起こすものの、人が死ぬような大規模な噴火はなくなったらしい。


 その山の頂上か付近にある洞窟。ギレー火口、その洞窟で採取できるあるものが冒険者をこの街に集め、あろうことかごく小規模な村にギルド支部まで配置する原因となっているようだ。


「今回の依頼はその火口に行き、それを取ってくることです」


 ギルド嬢はそう言い、俺達に依頼書を手渡したのだった。


 ◇


“検索結果:『保炎石』 ギレ―火口内で採取できる鉱石。外側は石であり、内部に炎を宿す。所持すれば耐冷、保温の効果を持ち、敵にぶつけることで低級火魔法と同等の効果を持つ。また、正面を薄く加工することで照明としても使用可能”


 ギレ―火口で採取できる鉱石である保炎石。つまるとこは石の内部に炎を閉じ込めた石。これが今回俺達が採取する物というわけだ。


「キロ単価およそ金貨10枚。市場の状況で変動はあるようだが、宿の値段から考えれば破格の報酬だよな」


「ですけどそのギレ―火口ですか?ギルドの受付さんの話ですと、生息する魔物は強いらしいじゃないですか。なんで見習いの私達の依頼になるんでしょう?」


「どうにも先日火山の噴火があったらしくてな。噴火して向こう1週間くらいは魔物は火口の奥に引っ込むみたいなんだよ」


「火口の洞窟に住むような魔物なんじゃから、むしろ活性化しそうなものじゃがの」


「ギルドも理由までは把握してないらしいが、とりあえずその現象は毎回起こるみたいだから間違いないらしい。だから俺達みたいな見習いに採取依頼が回ってくるってわけなんだと」


 三人で話しながら目指しているのは、件のゴウロン山でありギレ―火口内にある洞窟だ。


 洞窟内で採れる保炎石。これの採取で一攫千金を目指して冒険者が集まる街こそルグナン村というわけだ。


 キロ単価金貨10枚とは、日本円にすれば10万円ほど。いまいちこの世界の物価を掴み切れていないのだが、ルグナン村だけの印象で言うなら、日本と比べておよそ10分の1程度。


 単純計算で言えばキロ単価100万円ということになる。そう聞けば冒険者が集まるのも頷ける。


 最初に保炎石が発見された時には、その価値を知って農研者が詰めかけたそうだが、そのせいで様々なトラブルが起こったそうだ。


 代表的なものとして、過剰採取による市場価格の暴落と資源の枯渇。もう一つは若い冒険者の相次ぐ死亡だ。


 最初の一つは分かり切っていたことなのだが、金に目がくらんだ冒険者が保炎石を際限なく採取し市場に流したことで、保炎石が市場にあふれてその価値が下がってしまったのだ。


 物の価値というのは基本的に需要と供給で成り立っている。需要が変化しないのに供給だけが過剰になれば、当然価値は下がってしまうのは自明の理だ。


 さらに保炎石を過剰に採取したことで、一時的に資源が枯渇しかかってしまったのだ。


 保炎石は火山の噴火の際に、溶岩が洞窟内部の特殊な石と交わることで出来るものらしいのだが、噴火すればすぐに出来るという物ではない。


 溶岩と石が合わさり、一定期間高温で保たれることで保炎石として熟成する。一般に使用可能となるレベルまで熟成されるのに丸1年。


 それなのに冒険者が無闇に採取してしまえば、枯渇するのは当然のことだ。


 そしてもう一つが若い冒険者の相次ぐ死亡。これもまた自業自得なのだが、保炎石は何度も言うように価値が高い。駆け出しの若い冒険者は例外なく金がない。


 となれば狙うは一攫千金ということで、若い冒険者がこぞって採取に乗り出したのだ。


 しかし若いということはビギナーであり、ランクは当然低い。この火口の推奨ランクは青より上。そこに黄や緑、果てには白ランクの者までが採取に向かってしまったのだ。


 推奨ランクよりも高いところで採取活動など行えば、魔物に勝てずに死亡する冒険者が増えていく。しかしどうしても欲に勝てずに採取に向かう冒険者が後を絶たない。


 以上の二つを食止めるために、ルグナン村という辺境の地に冒険者ギルド支部が設立されたというわけなのだ。


 支部は採取に向かう冒険者を管理し、採取量と市場価格を調整。また、冒険者の管理を行うことで若い冒険者の無謀な挑戦を止めることに成功。


 こうして今ではギルドに許可を受けた一定の冒険者のみがごギレー火口への入山許可を得られる形となっているという具合らしい。


「私達ならまず問題ないですが、いくら魔物が奥に引っ込んでいるとはいえ推奨ランクが青なら、見習いの私達にはどう考えても不釣り合いですよね?」


「それなんだけどな、どうやら見習いを卒業するには冒険者としての経験が必要というわけで、自身より上のランク依頼をこなす必要があるんだと」


「じゃがそれではギルドの目的とする無駄な死人を出さないというのと矛盾せんかの?」


「だから今回は俺達に同伴する奴がいるらしい」


 つまりお守りだ。


 見習い冒険者には少し上のランクの経験を積ませたい。しかしそのまま放り出して死なれるのも困る。そこでギルドが考案したのが、上位ランクの冒険者に引率を頼み、上位ランクの依頼の経験を積ませようというわけだ。


「山の麓で待ち合わせの予定になっているから、くれぐれも燃やすなよ?」


「その人たちが常識的な人だということを祈りましょう」


 保炎石の採取や火山の魔物よりも、俺にとって今回の依頼で一番心配なのは、カナデが引率者を燃やしてしまわないか、その一点に尽きるのだった。


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