第20話 冒険者ギルドと見習い冒険者

第20話~冒険者ギルドと見習い冒険者~


 朝というにはあまりに遅い時間に目が覚めた俺達は、これまた朝食が転じて昼食になってしまったものを三人で仲良く食べている。


 周囲の視線がどこか痛い気もするが、あえて無視をすることにして心の平静を保つことにする。


 いかに宿の部屋が個室はいえ、そこまでこの村の宿は豪華絢爛というわけではない。どちらかと言えばぼろい方に分類されると言っても過言ではないのだ。


 もちろん部屋の掃除はしっかりと行き届いていて、少しばかり古さが漂う建物もそれはそれで趣があると言えなくもないのだが、いかんせん壁の薄さはどうしようもない。


 そんな建物で夜通し男女三人が事に及べばどうなるか。


 結果は周囲からの強い妬みの視線が全てを物語っていると言えばいいだろう。しかも昼飯時である今の時間、どうにも男性客が多いのも俺にとってはマイナスの要因だ。


「恭介さん、これも美味しいですよ!」


「うむ。この卵サンドもなかなかじゃの。ほれ、お主も食ってみよ」


 さらにさらに、その視線を煽るかのようにカナデとエリザによる『あーん』の強要。ますます強くなる妬みの視線に削れていく俺のライプポイント。


「どうしました?食べないんですか?」


「なんじゃもったいない。せっかくこのうまさを共有しようと思っておるのに」


 思案する俺に露骨に落胆を見せる二人。そして俺は覚悟を決めた。


「そうだな、うまそうだ両方もらおうか」


 二人から交互に食べさせてもらうごとに、妬みの視線がついには実体化するのではというくらいに強くなるのを感じるが、もはやそれは気にしないことした。

 よくよく考えれば、俺がこいつらに負ける要素など何もない。カナデとエリザが望んで俺にしてくれていることであって、何も俺が強要しているわけでもなし。甘んじて二人の好意を受け入れればそれでいいのだ。


 気に入らないと向かってくるなら全て倒せばいい。この2週間で、俺はそういう力を手に入れたのだから。


「どうです恭介さん!美味しいですよね!」


「この卵は絶品じゃな!是非明日も食べたいものじゃ!お主もそう思うじゃろ?」


 それにこの二人のこんな笑顔が見れるなら、周囲の視線などどうでもいいと思えた。今日も非常に平和な一日が始まろうといていた。もう昼だけども。


 ◇


 食事を終えた俺達は、早速冒険者ギルドへと向かうことにした。どういう手続きが必要なのかは知らないが、まずは登録をしなければ始まらない。


 昨日二人から聞いていた通りこの村は狭く、物の五分も歩けば目的の場所にはすぐに到達した。


 丸太づくりの大きな小屋、それがこの村の冒険者ギルドの印象だった。周囲の家と比べれば非常に大きく、造りも立派だがそれでも手作りのログハウス感が前面に出ているその建物には、様々な武器を持った人たちが出入りをしているようだ。


「おお!なんかいかにもって感じだな!」


「そうですか?周囲の建物より少し大きいですけどそんなに立派じゃないですよ?」


「わかってないなカナデ!見た目なんてどうでもいいんだよ!見ろよあの扉の上につけられた看板!今にも崩れ落ちそうな感じが趣があるじゃないか!!」


「お主のセンスは時折よくわからんの」


 俺の感動はどうやら二人には伝わらなかったようだが、それでもいい。少なくとも俺はファンタジー世界憧れの一つである冒険者ギルドに、今まさに自分が来ているという事実に非所に感動しているのだから。


「いらっしゃいませ」


 ギルドの扉をくぐるとそこにもまた俺の憧れを絵にかいた世界が広がっていた。


 ロビーと思われる広間に、冒険者に対応するための受付が三つ。そして入って右側には上階へ通じる大きな螺旋階段があり、そして左側にはこれまた大きな木製の掲示板にA4サイズ程の紙が所狭しと貼られていた。


「うぉぉぉ……」


「えっと、なんで恭介さんはそんなに感動しているんでしょうか?」


「カナデよ。少し放っといてやれ。きっと儂らにはわからんこともあるんじゃろうて」


 冒険者ギルドとして、あまりに完璧なその佇まいに、俺はしばらくの間感動にフリーズしてしまったのは仕方がに事だと思う。だってあまりにも想像通りの光景すぎて、言葉が全く出てこなかったのだから仕方がない。


 どこか呆れ顔の二人をよそに、俺はしばらくの間感動に震えていたのだった。


 ◇


「本日はどのようなご用件でしょうか?」


「冒険者の登録をしたいんだ。三人ともお願いしたい」


「かしこまりました。それでが登録を始めますが、その前に、紹介状などはお持ちでしょうか?」


「紹介状?」


 感動からなんとかも戻って来た俺は、ちょうど空いた受付窓口で冒険者としていよいよ登録を行おうと思ったのだが、そこで予想外の単語を耳にすることになる。


 これまで読んできた異世界ファンタジーの中にギルドへの登録の描写は多数あったが、紹介状を必要したことなど見たこともなかった。


「紹介状がないと登録できないのか?」


 そうだとするなら開始早々詰みとなってしまう。俺は異世界人であり逃亡者。カナデは幽霊で、エリザは引き篭もりの龍。ギルドが必要とする紹介状など用意する当てなどはまるでないのだから。


「いえ、ないのでしたらそれでも登録はできます。ただ少し遠回りになるだけですから」


 ギルドの受付嬢の言葉に少し引っかかりを覚えたが、どうやら俺達は無事に登録をすることが出来るらしい。


 それからしばらく間いろいろな書類に三人で記入を行い、一時間ほどして俺達は晴れた冒険者の仲間入りをしたのだった。


 ◇


 ルグナン村から西へ3キロほど進んだところある森の中。そこで俺達は先ほど受注したばかりの依頼をこなしていた。


「しかしまさか、紹介状のない冒険者が見習いから始めることになるとはな」


「信じられます?あの絡んできた冒険者が青ランクらしいですよ?ギルドのレベルがしれます!」


「そういうなカナデよ。青ランクまでは一定の期間冒険者を続けていれば、割と誰でもなれると受付嬢も言っておったではないか。雑魚の部類であることに間違いはないがの」


 ギルドに登録するに当たり、俺達は受付嬢から簡単に冒険者としての説明を受けることになった。


 ギルドはこの世界全てに存在しており、どこの国にも属さない中立の組織である。そのためどこかの支部で一度登録してしまえば、世界中のどこでも冒険者としての活動が可能なのだそうだ。


 どうやって冒険者個人の情報を管理しているかと言えば、それはやはり魔法によるものであった。


『冒険者プレート』


 これまたファンタジーのテンプレとも言えるものだが、テンプレというのはそれだけ便利なものだからそういった存在になる。


 このプレートには冒険者としての情報が記録されており、登録年月日はもちろん、現在のステータスやこれまでの依頼達成履歴、また現在受注している依頼まで見ることが出来るという優れものなのだ。


 これを持っていれば、身分証明証代わりにもなり、例外はあるが基本的にどの国にも入国が可能になるらしい。


「しかし見習いか。この三人のステータスで最底辺の白よりもランクが下とは、ステータスを見ることが出来ないとはいえ、ギルドの職員も見る目がないんじゃな」


「まったくです!少し腹が立ったんであの建物ごと燃やしてやろうかと思いましたよ!!」


 カナデの暴言はいつものことなので置いておくが、冒険者として晴れて登録を済ませた俺達のプレートに表示されているのは、初級冒険者を示す白ではなかったのだ。


 冒険者のランクはこの世界では色で階級分けされており、その内訳は下から白、黄、緑、青、赤、黒、銀、金となっている。


 しかし俺達のランクを示す色はそのどれでもない灰色。


『見習い冒険者』


 これが今の俺達三人のランクだった。


「紹介状がこういう役割を持つとは思わなかった」


「儂らには一番縁遠いものかもしれんしの」


 登録の際に受付嬢が紹介状の有無を確認したのはつまりこういうことだ。


 いくらギルドが来るもの拒まずの場所だといえど、それにも限度という物がある。以前は誰かれ構わず冒険者として登録させていたそうなのだが、それを悪用して好き勝手する奴らが一定数現れたそうなのだ。


 さっきも説明した通り、冒険者プレートはそれなりの身分証明の証となる。もし国を追われるほどの犯罪者がそれを手に入れたとしたら。実際にそういうことが以前に何度か起こってしまったらしいのだ。


 そこでギルドが導入したのだが紹介状という、身分の明確な者が新たにギルドへ登録しようとしている者の身分を保証するという制度だ。


 これにより、犯罪者のような身分の明らかでない者の登録が抑えられ、先に述べたようなことはほとんど起こらなくなったそうだ。


 しかし今度はそれにより問題が紛糾する。この世界は犯罪者のような者でなくても、魔物により親を亡くしたものや、貧困による口減らしなどでどうしても紹介状を用意できない者も大勢存在している。


 紹介状制度はそういった者からのクレームを著しく増加させた。だからと言って、再び誰かれ構わずに戻すことも出来ない。


 それを打開するために発案されたのが、現在の俺達と同じ、『冒険者見習い』というステータスというわけだ。


「見習いの間はその国のギルドのみでの依頼しか受注できない。加えて依頼の内容もギルドが選別する。理由を聞けば納得できるが、周り道なのは間違いないな」


 見習い冒険者への縛りはそう多くはないが、今あげた二つが何よりも強制力を持つ。


 登録したギルドのある国でしか活動できず、かつ依頼も自由には選べない。ほとんど全てがギルドの管理下に置かれ、冒険者としての資質を見定められる期間。それが冒険者見習いというわけだ。


「まぁ仕方ないの。三人とも全員がわけありじゃ。大人しく薬草の収集依頼をこなすのもたまには悪くないじゃろ」


「う~~~、なんだか全部燃やしたい気分です」


「お主、我慢とかそう言う言葉をどこにやってしもうたんじゃ……」


 そんなわけで俺達は冒険者見習いとして、初の依頼をギルドから受注し今この場所にいる。


『初級回復薬の材料である薬草の収集依頼』


 これが今回ギルドが俺達に依頼してきた内容だ。字面からもわかる通り、まさに初心者が行うような依頼。自惚れるわけじゃないが俺達のステータスを考えればまずありえない内容だ。


 だがそれでもこうして俺達はそれを拒否することはできない。こういった初級依頼をこなし、昇給ポイントを稼ぐことでようやく見習いから脱することができるからだ。


「急ぐ旅でもないんだ。とりあえずゆっくりやろうぜ」


 その日俺達は陽が沈むまでひたすら薬草を積み続けたのだった。


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