第19話 アーネスト公国と辺境の町
19話~アーネスト公国と辺境の町~
もう正確にはわかららないが、俺がこの世界に来てからおおよそ2週間が経過したと思う。
シルビアス王国の王城を抜け出し、永久の森を抜け、死骨山脈を踏破した。内容が濃すぎてこれまでの人生のすべてを足しても勝てないくらい長い2週間だったが、とにもかくにも俺達はようやく人の住む街に到着することが出来たのだ。
「アーネスト公国とは聞いたことはないが、どうやらこの500年で地図に変化が起こったようじゃな」
「引きこもりを辞めて正解でしたね」
「どうしてカナデは儂をいじめるのかの……?」
会話の端々でカナデの言葉に凹むエリザは置いておいて、俺達は今、待望の宿屋に滞在している最中だ。
山を下りて程なくして、人の気配を感じた俺は狂喜乱舞した。これまでスケルトンやらワイバーンやらとは散々会って来たが、まともな人里は皆無。
便利な生活が当たり前の環境になっていた日本字人たる俺は、すぐにでも宿屋のベッドで横になりたかった。トレーラーハウスの環境も俺の状況を考えれば贅沢としか言えなかったが、それでも俺はちゃんとした宿に泊まりたくて仕方がなかったのだ。
「落ち着く……」
「お主、全力でくつろいでおるな」
「こんな表情の恭介さん初めて見ました。なんかもう全力で溶けてますね」
外野がうるさいが今はそれに構う余裕はない。俺はとにかくようやく手に入れたこの至福の時間を堪能したいのだ。ここが何処だとか、これからどうするかは全部後回し。今はただのんびりするのが何よりも優先されるのだから。
「まぁ仕方がないじゃろ。そやつの身の上を聞く限り、やっと落ち着けたんじゃからの」
「それもそうですね。そうだエリザさん。恭介さんがこうなっている以上暇ですし、情報収集も兼ねて街の探索に行きませんか?街というか村ですけど」
「いい考えじゃな。それじゃあ儂らは散歩に行ってくるからの。夕食までには戻ってくるから大人しくしておるんじゃぞ?」
「お~~~……」
「だめですねこれは」
あまりに反応の薄い俺に呆れたのか、それ以上は何も言わずに二人は部屋を出ていった。静けさに包まれる宿の部屋で、俺は久しぶりの安息に思い切り身を委ねたのだった。
◇
誰かが肩をゆすり俺を夢の世界から連れ戻す。しかしまだ甘い夢の世界に浸っていたい俺としては、その暴力的なまでの衝撃をそうすんなりと受け入れるわけにはいかない。
「そろそろ起きてくださいよー。もう夕飯の時間ですよ?」
「だらけるのもよいが、そんなに寝ておると逆に体を壊してしまうぞ?」
「それは経験からくるものです?」
「カナデはほんとに儂に厳しいの……」
どうやら散歩から戻って来たらしい二人が俺を起こそうとしつこく肩をゆすっているらしい。
やめてくれ。俺はこのベッドにいたいんだ。なんなら一生このベッドと人生を共にしたくらいなんだ。
「夕飯美味しそうでしたよ?今夜は魚料理らしいです」
「よし、すぐ行くか」
「お主、それでよいのか……」
エリザが何か言っているが気にはしない。ベッドも大事だが、魚と聞いたら黙ってはいられないのだ。なにせこっちに来てから肉はワイバーンもいたので腐るほど食べたが、魚は森や山にいたせいで全く食べていない。日本人としてやっぱり魚は切っても切り離せない存在なのだ。
宿に併設されている食堂は、夕食の時間ということもありそれなりに人でにぎわっていた。
「こちらへどうぞ」
宿のスタッフに案内され席に着く俺達の前に置かれた魚料理。どうやら今夜は見たところ煮つけのようだ。一体何の魚なのかは分からないが、焼きではなく煮つけというところがこれまたいい。ここの料理長は分かっている。是非ともあいさつしたいくらいだ。
「恭介さん、この村に来てから笑顔が輝いてますね」
「言ってやるな。暗い顔をしているよりはよかろうて」
それから30分ほどはまさに至福の時だった。異世界のはずなのに日本の味に近い味付けは、故郷に飢える俺にとってクリーンヒット過ぎて、思わずまた涙があふれてしまったほどだ。
「さて、情緒が不安定な恭介さんは置いておいて、今日の探索の結果報告をしますね」
「そうじゃの。お主もよく聞くのじゃ。というかいい加減帰ってこんか。どこに旅立っておるのじゃお主は」
せっかく人がこの世の至福に浸っているというのに、この二人はどうしてそれが分からないのだろうか。食後の温かいお茶位ゆっくり飲ませてくれてもいいだろうに。
「お茶くらい話を聞きながらでも飲めるじゃろ」
「お茶を飲むには心を静める必要があるんだよ」
「初耳じゃな」
そんな俺の抗議などお構いなしに始まる報告会。どうやら俺の意見は無視されるらしい。
「まずこの場所ですが、アーネスト公国の辺境、端の端であるルグナン村というところらしいです。農耕と牧畜を主とする言わば辺境の村と言ったところですね」
「なんでもアーネスト公国はキュリオス帝国から300年前に独立をしたらしくての。最初は属国の扱いだったようじゃが、今では領土は少ないながらも国力をつけて帝国も簡単には手を出せない国になったらしいのじゃ」
「四方1キロ程度の小さな村です。宿も私たちが泊まっている一か所だけで、商店なんかもあんまりありませんでした」
「なんにもない田舎村じゃな。そういえば冒険者ギルドの支部なるものがあったぞ」
次々と滞在している村の情報を提示してくる二人に、俺は少しだけ感心した。正直なところ、二言目には燃やすが口癖のカナデと、500年もの間引きこもっていたエリザのコンビでは、とてもじゃないが情報収集などできるわけがないと思っていたのだ。
精々が村の大きさと、気に食わないやつがいたとかそんなどうでもいい情報だと思ったのだが、予想に反しして二人の情報は相当に有益なものだった。これは評価を改める必要性があるだろう。
“検索結果:『アーネスト公国』 キュリオス帝国から312年前に独立。人類至上主義の帝国と亜人種が数多く住むアーネスト公国は過去に度重なる衝突を重ね今に至る。かつては帝国皇帝により公爵位を授けられたものが公王となっていたが、現在は公国独自に王を選出している。現在の公王はドワーフ族が就任している”
相変わらずの情報提供にこちらもまた感心するが、インデックス、つまりは俺のスキル索引についてなんとなくわかってきたことがある。
どうやらこのスキル、まったくの未知のものに対してはうまく検索が働かない傾向にあるらしい。
これまで俺は死骨山脈より向こうに、アーネスト公国があることを知らなかったから検索ができなかった。しかし今は、その国にいて、情報を少し得ている。ゆえにインデックスはその機能を発揮しているというわけだ。
推論の段階を得ないが、いくつか試したところどれも矛盾をしなかったのでそれであっていると思うが、流石のインデックスも完全無欠ではないということだ。それを考慮しても優秀なスキルだということは間違いからいいのだけどな。
「それで、二人はこの先どうしたいんだ?」
情報収集を積極的にしてきたということは、何か目的でもあるのかと思ってそう聞いてみたのだが、二人の返答は揃ってそれとは真逆だった。
「特に私は何もないですよ。恭介さんがしたいことを一緒にしますので」
「儂も何もないぞ。情報を集めてきたのは、あくまでお主の役に立つと思ったからじゃ。方針を決めるのはお主の役割じゃよ」
任されて信頼されていると考えれば聞こえはいいが、なんとなく全てを丸投げされている気もするから複雑な気分だが、どうやら俺が明日以降の方針を決めなければいけないのは決定事項のようだ。
全ての情報を伝えて満足したのか、二人は少し冷めたお茶をゆっくりと啜り始めた。
さてどうするか。今泊まっている宿の宿泊費は一人一日10銀貨。三人で銀貨30枚。日本円に換算すると3000円と破格の値段だが、この村ではそれが普通なのだからそれはいい。
手持ちは金貨が10枚もあるので、当面はお金の心配はない。ないが、だからといってこのまま何もしないわけにはいかないだろう。
地球に戻る手段を見つけるにしても、この世界で暮らしていくにしても、先立つ物は必要となる。いくら今金があるとはいえ、遊んでいてはいずれはなくなってしまうのだ。
ちなみに三人と言ったが、カナデは今実体化して普通の人としてふるまっている。浮遊を使わずに地面を歩けばどこからどう見ても普通の人であり、よほどのことがない限りは疑われることはない。
最初はむしろ幽霊を生かして部屋代を安くしようかとも思ったのだが、カナデの強い希望によりしっかり三人として扱うことになってしまったのだ。理由は教えてくれなかったが、あそこまで強い剣幕で押し切られては仕方がないだろう。
『絶対エリザさんと二人きりなんて扱いはさせませんからね!!』
少々もったいないが、一緒に旅する仲間の機嫌を損ねるリスクを考えれば安いものだ。うん、仲間思いのいいリーダーだな、俺は。
話がそれたが、そんな理由で俺達は金を稼ぐ手段を見つける必要がある。そして幸いにも先ほどの二人の情報の中で、俺達に向いているものがあった。
「それじゃ、明日は冒険者ギルドとやらに行ってみるか」
まさにファンタジー世界の定番中の定番の施設。設定は違えど、絶対と言っていい確率で存在するその施設は、まさに今の俺達にはうってつけの施設と言えるはずだ。
この世界の冒険者ギルドが俺の予測する通りであるのなら、この先金の心配はなくなるはずである。
「賛成です!何にもない村でしたが、唯一あそこだけは人が多かったですからね!!」
「儂も賛成じゃな。見た限り有能そうなものはおらんかったが、冒険者には昔から興味があったんじゃ。腕の立つ者は、上級龍くらいなら倒す力を持っておるそうじゃからの」
どうやら二人とも俺の意見に賛成なようなのでこれで明日の方針は決まった。後者が少しばかり不穏なことを言っていた気もするが、気にしたら負けだ。
そう決まれば今日はとっとと休んで明日に備えるべきだ。部屋には柔らかなベッドが待っている。腹も膨れたことだし、一刻も早く部屋に戻って寝よう。
そう思い、三人で部屋に戻ったまではよかったのだが、そこからが長かった。
「さて恭介さん。せっかくの宿での夜です。今夜はしっぽりと楽しむことにしましょう!」
「なんじゃ二人で楽しそうに。夜伽なら儂も混ぜて欲しいんじゃがの」
「エリザさん、出来るんですか?」
「あまりしたことはないが経験ならある。そう下手ではないはずじゃから心配はないはずじゃ」
「仕方ありませんね。ですがメインは私なのでそこだけは守ってくださいね」
「わかっておる。ちゃんと先輩の顔は立てるから心配するでない」
俺の意見など一言も発することもなく、今夜は3Pが決まった瞬間であった。
普通であれば可愛い同級生くらいの女子と、妙齢に見える抜群に美人の女性から迫られて嬉しくないはずがないのだが、なぜだろう。俺の胸中は非常に複雑だった。
「夜は長いですよー!!」
「今夜からよろしく頼むの」
しかし体は素直なもので、しっかりと空が白んでくるまで三人で楽しんだのは言うまでもない。
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