第17話 進化の結果

「あの私からもいいですか?」


 ある程度の説明が終わり、エリザという理不尽の塊のような存在への認識を改めたところで、これまでずっと聞き役に徹していたカナデが口を開いた。


 こいつがしゃべらないのは珍しいとは思っていたが、エリザから詳しい説明を聞くには好都合だったので黙っていた。


 しかしどこか不安そうな表情を見せるカナデを見るに、黙っているのもついに我慢が出来なくなったと言ったところだろうか。


「進化ってどういうことですか?恭介さんは大丈夫なんですよね?」


 カナデが口にしたのは、エリザへの質問で俺が最後に残しておいたキーワード。明らかに怪しさしかない単語ではあるが、俺が助かった過程できっと聞かなければならないと思っていたのだが、今まで先延ばしにしていたのだ。


 だって考えてもみろ。このファンタジー世界に少しは慣れてきたとはいえ、それでも俺の頭は元居た現代日本の常識で凝り固まっているのだ。


 進化が何を指しているか、わからない程馬鹿ではないが俺にだって心の準備が必要なのだ。


「あの時は、恭介さんを助けるにはエリザさんからもらった薬を飲ませるしかないと思ったから飲ませました。ですがその後の恭介さんの様子と進化という言葉。もし恭介さんに何かあったら私の責任なんです!!」


 薄れゆく意識の中で、カナデとエリザの会話は聞いていたし、何かをカナデに口移しで飲まされたことも俺は覚えていたが、まさかそれをカナデがここまで気にしているとは思っていなかった。


 カナデの行為はどう考えても俺を助けるための物だったわけで、あの時の状況を考えればあれ以外に方法はなかったと言ってもいい。


 もちろんそれで俺が助からなかったとしても、薬の副作用で何かがあったとしても、カナデに責任などあるはずがないのだ。


 それなのにカナデは自身に責任を感じ、これまで黙って話を聞いていた。その事実に俺は少しだけ嬉しさを感じていた。


「愛されとるのおぬし」


「うるせぇよ……」


 せっかく人がいろんな感情をかみしめているのだから、余計な茶々をいれるなよこの駄龍が、という感情を込めて睨んでみたのだが、エリザはくつくつと笑うばかりで俺の視線などどこ吹く風だ。


 くそっ。これが強さと年の功という奴か。


「あの、二人で何を言っているのかは分かりませんが、説明をお願いします」


 そんな俺達の無言の会話の意図に気づけないカナデは、とにかく不安なのだろう。半ば懇願でもするかのようにエリザに詰め寄った。


「わかっておるからそう心配そうな顔をするな。少なくともこうして助かっておる以上、そやつに問題はなにもないであろうからの」


 問題はない。その一言でようやく肩の力を抜くカナデ。そこまで心配していくれていたのかと思うと、自然と表情が柔らかくなりそうだったので、俺はそれを悟られる前にエリザに次の質問をすることにした。


「それで俺に何を飲ませて、どうして進化ってことになったんだ?」


「照れ隠しが見え見えじゃな」


「やかましい!早く教えろよ!!」


 人の意図を的確に読んでくるからこの駄龍はたちが悪い。まったくもって性格の悪い奴に助けられてしまったようだ。


「あの時、儂が飲ませたのは回復薬じゃよ」


「回復薬というと、あのどこにでもある?」


「さすがにそやつの怪我の具合を考えて上級な物にしたが、その中に儂の血を混ぜておいたんじゃよ」


 言葉の最後に混ざる不穏なワード。儂の血、つまり龍の血ということになるが、回復薬に龍の血を混ぜたものを俺は飲んだということになる。


「おいまさか……」


「おっ、お主察しがいいの。龍の血を飲んだものは通常死に至る。血に宿る圧倒的な魔力と遺伝子に食い殺されての。しかし時にいるんじゃよ。逆に龍の血を自身の糧とし、人の身から進化を果たすものがの」


 その言葉に俺は自分のステータスに検索を行う。今の話と俺の予感。これが当たっているならば、事態は取り返しのつかないことになっているの可能性が高いからだ。


“検索結果:対象のステータス

名前:斎藤 恭介

 種族:龍人族

 レベル:37

 適職:滅竜師

 適正魔法:身体強化魔法(レベル37)

 スキル:龍槍術(レベル15) 錬金術(レベル8) 

     索引(レベル16) 収納(レベル10)

 見切り(レベル8) 不倶戴天(レベル5)

 ステータス 攻撃:1916×7.4=14561

       防御:1889×7.4=13978

       素早さ:1901×7.4=14067

       魔法攻撃:1654×7.4=12240

       魔法防御:1654×7.4=12240

       魔力:1721×7.4=12735“


 手遅れだった。


 突っ込みたいところはいろいろあるが、一番は種族が人から龍人になってしまっているところだろう。おそらくはこれが進化の結果であり、そう考えればスキルの一部が変化してしまっていたり、ステータスがぶっ飛んでしまったこともうなずける。


 どうやら俺はファンタジーの世界において、ついに人というカテゴリーを外れてしまったらしい。


「龍の血により進化したものは、龍に限りなく近い存在となる。鑑定能力で見たようじゃが、お主もなかなか強くなったようでなによりじゃな」


 未だによく知らないこの世界だが、どうやら強さというファクターがだいぶ大きいのはうすうすわかって来たので、エリザの言葉の意味も理解はできる。理解はできるが納得は追いつきそうになかった。


 こうならなければ死んでしまっていたことを考えると我儘を言うわけにはいかないが、人でなくなってしまった以上、元の世界に帰ることが難しくなったことも事実。


 あまりの事実に凹みかけた俺に、カナデの言葉が光明をもたらす。


「でも見た目はあんまり変わってませんよね?少し体格がよくなった気はしますが、恭介さんは恭介さんです」


 龍人という、人の道を大幅にそれた存在になってしまった俺だが、カナデの見たところによると人の姿はそのままのようだ。であるなら、力さえ押さえていれば人として生きることも可能なのかもしれない。


 心が軽くなった俺に、さらにエリザがその考えを肯定する意見をくれた。


「それはそうじゃろうの。上位の龍ほど、人化がうまいのじゃ。龍の姿でさして不便はないのじゃが、便利さに関していえば人の姿程ではない。それに昔から人の世の方がいろいろと発展しておるのも事実じゃしの。じゃから進化したとはいえ、お主はお主のままじゃから安心せい」


 その言葉を聞いた俺が、安堵のあまり思わずほろりとしてしまったことはここだけの内緒だ。だって仕方がないだろう。いかに理不尽と戦うとはいえ、人でなくなってしまうというのは流石にまだ受け入れるのは難しいのだ。


 とにかくにも、無事にとは言わないまでも、俺達は難局を乗り越えることが出来た。俺が人を辞めるという形でだが、まぁその辺りはおいおい受け入れていこう。


 これにて死骨山脈攻略完了だ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る