第16話 生還と始祖龍

第16話~生還と始祖龍~


 意識を取り戻し最初に目に入ったのは、ごつごつとした岩肌だった。人工的ではなく、自然に作られたものであろうその造りを見て、俺はまだ生きているのだということを朧気ながらに理解した。


「どうやら目が覚めたようじゃの」


 未だ虚ろな視線で虚空を見つめる俺に、誰かの声が聞こえてくる。その声に俺は聞き覚えがあった。


「正直助かる見込みはほとんどないと思っておったが、どうやらお主はなかなか骨のある者であったようじゃ」


 はっきりしない頭をなんとか働かせ、声の方向にゆっくりと視線を向ける。


「生まれ変わった感覚はどうじゃ?」


 そこにいたのは妙齢の女性だった。


 青い髪に切れ長の目。元居た世界の一流モデルと比べも見劣りしないどころか、飛びぬけて美人とほめたたえられるであろう容姿と体系。どういうわけか着物のようなものを着ているのだが、そのスタイルの良さととりわけおおきな胸を隠し切れてはいない。


「あん……たは……」


「無理してしゃべることはない。峠は越えたとは言え、まだ体はボロボロのまんまじゃ。体の作り替えが終わるまでは安静にしておくことじゃて」


「……?」


「後でちゃんと説明はしてやるから今は眠るがいい」


 そう言うと、女性は俺の頭を撫で始めた。少し冷たい手の感触が妙に心地よくて、俺は抗うことなく再び眠りに落ちていくのだった。


 ◇


 それからどれだけ経ったのかは分からないが、次に目を覚ましたのは、非常にうまそうな匂いが辺りに漂っている頃のことだった。


「恭介さんの目があきました!!生きてました!!」


 目を覚ましたことに気づいたカナデの反応はこれだ。それまで何かの作業をしていたようだが、それを文字通り放り出し俺に飛びついてくる。


「よかったです~~~!ほんとに死んじゃったかと思いましたよ~~~~!」


 正直病み上がりの体に、急に飛びつかれた方はたまったものではないが、感涙の涙を流しながらえぐえぐ泣き続けるカナデに対して、流石に俺も無碍な態度をとることは出来なかったのだ。


「これこれ。嬉しいのは分かるがそやつはまだ回復しきっておらんのじゃ。無理をさせてはまた倒れてしまうぞ」


 そんな俺に対して差し伸べられる救いの手。声の主は、先ほどの着物の女性であった。


「私としたことがすみません!!どこか体は傷みませんか?気分は大丈夫ですか?」


「ああ、まだふらつくがとりあえずは大丈夫みたいだな」


 目覚めた俺の体は、すでに上半身を起こすくらいは出来るようになっていた。体の痛みなどは特になく、病み上がり特有の体のだるさは残る物の、それ以外は何もないと言ってもいい。


「どうやら無事に進化が完了したようじゃの」


 女性が俺の様子を見ながらそうひとりごちる。進化という聞きなれない言葉と、意識の落ちる最後に呑んだ何かの液体。あの状態から助かったことを考えれば、その二つに関係がないとはとてもじゃないが考えられない。


「説明、してくれるんだよな?」


「そうじゃな」


 俺の問いに頷く女性。外見と話し方が全くちぐはぐなこの女性は一体何なのか。聞きたいことは山ほどある。だから俺は待った。女性の次の言葉を聞き漏らさないよう、耳に全神経を集中して。


「その前にまずは何かを食べるのじゃ。進化は終わったが、今のお主の体はまさに飢餓状態。栄養不足もいいところじゃからな。お主が寝ている間にそこの幽霊が食料を山ほど確保してきてくれておる。説明は食べながらでもいいじゃろう」


 そう言われて初めて俺は自分が極度の空腹状態であることに気づいた。


 それと同時に匂いの正体が、即席の薪で焼かれている肉だということに気づく。


「まずは食べるんじゃ。全てはそれからじゃ」


 女性の言葉に無言で焼けた肉を差し出しすカナデ。カナデが従うということは、どうやら最低限はこの女性は信用できるのだろう。


 無言でその肉にかじりつく。美味い。これほど美味い肉を、俺は未だかつて食べたことがあっただろうか。


 俺はこの時ほど、自分が今、生きているということを実感したことはなかった。


 ◇


「儂の名はエリザベート・ドラゴニス。全ての龍の始まりであり起源。始祖龍と呼ばれることもある。気軽にエリザとでも呼んでくれるかの」


 衝撃の告白とはこういうことを言うのではないだろうか。


 キング・ワイバーンを倒し、死にかけた俺を謎の方法で助けた女性。


 なぜ助けたのか。どうやって助けたのか。進化とはどういうことなのか。そもそもお前は誰なのか。そういった質問に対する最初の答えとして挙げられたのが、問題の答えというわけだ。


「始祖龍ってお前……、どう見ても人間じゃねぇかよ」


「一応儂も龍の中では最高位の存在じゃからの。人化くらいはできて当然じゃな」


「最高位ということは、他にもいろんな龍がいるんですか?」


「そうじゃの。始祖龍の儂がいて、その下に古龍、属性龍、上位龍、下位龍といった順で並んでおる」


 つまりその説明を聞く限り、目の前のこの女性は龍と呼ばれる存在のいわば頂点。まだインデックスによる検索はかけていないが、どう考えても俺達が逆立ちしても勝てる相手ではないだろう。特にこっちに敵意を向けている素振りもないはずなのに、この女性から出ているオーラが全てを物語っている。こいつは絶対的にやばい奴であると。


「そんな方が私たちを助けてくれてありがとうございました」


「気にするなと言ったはずじゃ。あくまで儂の気が向いたからにすぎんのじゃからな」


 頭を下げるカナデを女性が制す。おそらく俺が目覚めるまでにもこのやり取りは何度もあったのであろう。カナデは俺を助けてくれたこの女性に対し、感謝の念でいっぱいに違いない。不審者と見ればすぐ燃やそうとするカナデが、ここまで下手に出ているのだからその感謝の深さが見て取れる。


 しかし俺の方はそうではなかった。意の一番に礼を言うべきはカナデではなく俺のはずなのに、この女性に対する不信感からそれができない。


 この女性には俺を助ける理由などどこにも存在しない。この世界に知り合いのいない俺のことなど見殺しにするのが自然なのだ。


 そもそもこの女性はどうしてこんなところにいた?考えれば考えるほど見えない女性の目的に、俺は警戒心以外が全く浮かんではこなかったのだ。


「警戒しておるようじゃの」


「当然だろ。この状況下で俺があんたを信じられる理由が存在しない。助けてもらっったことに礼を言うべきだとは思うが、それすらも裏の理由があるんじゃないかと勘繰ってるとこだからな」


「恭介さん!エリザさんは……!」


 カナデが俺の物言いに対し反論をしようとするが、視線で黙らせた。嘘であれ本当であれ、とにかくこの女性の目的を聞かなければ話にならなない。信用云々なんかはそのあとだ。


「あんたの目的を話せよ」


「話すことに問題はないが、その前にじゃ」


「なんだ?この期に及んでまだ何かもったいぶるつもりか?」


 それならやはり信用できない。そう思い、警戒をさらに引き上げようとしたのだが、女性の言葉は俺の想像の斜め上を行くこととなる。


「言ったじゃろ。儂のことはエリザと呼んでくれとな」


 ◇


「さて、どこから話そうかの」


 結局その後俺が名前を呼ぶまでなかなか理由を話そうとしない女性に対し、エリザと呼ぶことでようやく話が始まった。


「まずはここにいた理由じゃがの。答えは簡単で、単純に儂がこの山に住んでいたというだけじゃ」


 聞けばエリザはこの山に500年以上前から住んでいたらしい。ワイバーンの住処ゆえに人が来ることはない。ワイバーンも飛竜ということで、始祖龍たるエリザを崇め、食事の提供もしてくれた。


 ワイバーン達も始祖龍という圧倒的な強者が自分たちの縄張りにいることで、他の魔物から余計なちょっかいを受けることもなくなったので、まさにギブアンドテイクの関係となっていたそうだ。


 あまりに快適だったため、ついつい500年もこの山で生活していたということらしい。


「堕落の極みだな」


「別に悪いことをしてたわけでもないんじゃから、蔑まれる理由はないはずじゃがの」


 堕落した生活を送っていたという、ここにいた理由がなんともしまらないものだったが、とりあえずそれは置いておこう。聞くべきはこれからなのだから。


「そんな折にお主らが山に入ったんじゃ。最初は性懲りもなくまた人間が来たのかの思ったじゃが、なかなかどうして骨がありそうな奴だったんで気にはしとったんじゃよ」


 死骨山脈のいわれの通り、エリザがここに住み着いてる間、たくさんの人間がこの山の踏破を目指し、道半ばに命を落としていったそうだ。


 なので俺達が山に入ったことを知り、また無謀な人間が命を捨てに来たと思ったのだが、撤退こそしたもののワイバーンを山ほど殺していった。


 この500年でそんな人間がいるはずもなく、再びその人間は山を越えようとするはずだと待っていたそうなのだ。


「まさかこの山の主まで倒してしまうとは、流石の儂も思わんかったよ」


 やはりあのキング・ワイバーンはこの山でもトップの存在だったようだ。というよりもあの強さでまださらに上がいるのだとしたら割に合わなすぎる。あれでもぎりぎりだったのだから、それ以上となれば死以外はありえないのだから。


「とにもかくにもお主たちはこの山の主を倒した。例えそれがかろうじでだったとしても勝ちは勝ちじゃ。本来人の身であれに勝つなんて不可能なんじゃからの」


 確かにエリザの言う通りなのだろう。あのくそったれの王女の話では、人間のステータスの上位で500~600程。キング・ワイバーンどころか、その下位のグレート・ワイバーンにすら勝てる可能性は低い。


 俺が勝てたのは、身体強化魔法というチートみたいな魔法と、運がよかったからにすぎないのだ。


「それでどうして俺を助けることに繋がるんだ?お前とあのワイバーンは共存関係だったんだろ?それなら俺を殺そうとするならまだ分かるが、助けるのはおかしいだろ?」


 かたや強さの庇護を受け、かたや衣食住の世話を受ける。俺はその関係を壊したものであり、どう考えても救済の対象になるとは思えない。


 そう思い疑問を投げるが、その問いはエリザに鼻で笑われる結果となった。


「弱いやつに用などない」


 これまでの温和な態度から、初めてはっきりと見えた強者のオーラ。その圧倒的なオーラに、黙って俺達の話を聞いていたカナデが身震いするのが目に入る。


「儂はあくまで自分がここに住みたいと思ったからいたまでじゃ。食事を用意したのも、住処を世話したのもあやつらが勝手にやっただけの事。儂が恩義を感じる理由など微塵もないんじゃよ」


 エリザは薄い笑みを浮かべながらそう話す。


「山の主を倒したことで儂の興味はお主に完全に移った。じゃから助けた。それ以上の理由はない」


 告げられた真意に全てを察する。


 エリザは、この始祖龍を名乗る奴は紛れもない強者なのだ。気に入ったからこの山に住んだ。興味が湧いたから俺を助けた。それはどれも圧倒的な力を持つからこそ許された行為。


 全てを自分の力でねじ伏せることが出来るからこその自由。龍の起源というのはだてではないということか。


“検索結果:『始祖龍』 始まりの龍。全ての龍の起源。あらゆる龍の最上位種。その生態は全て謎。

 名前:エリザベート・ドラゴニス

 種族:龍族

 適正魔法:龍魔法

 スキル:不明

 ステータス 攻撃:52390

       防御:51321

       素早さ:63458

       魔法攻撃:59800

       魔法防御:57655

       魔力:79000”


 話をしながら検索をかけたエリザのステータスに、俺はこの驚きをどうにかして顔に出さないようにしたらいいのかがわからなかった。


 俺も少しは強くなったと思っていた。カナデも相当強いと思っていたのも事実だ。しかし世の中、上には上が必ず存在する。


 はっきり言ってバカげている。桁が違うとかそういう次元ではなく、こいつには勝てないと本能が察してしまっているのだ。


 なまじ相手のステータスを見ることが出来るばかりに突きつけられる真実に、俺はただただ唖然とすることが出来ないでいる。しかもスキルの欄は不明となっていて、インデックスの力をもってしても検索しきれないのだ。規格外とはこのことだろう。


「いい鑑定スキルを持っているようじゃが、生憎今見ているステータスは人型でのものじゃからな。儂が本気になったらもっとすごいでの」


 どうして俺がエリザのステータスを見たのが分かったかだとか、本気、つまり龍に戻った時のステータスはどうなるのかだとか、もはや聞くのも無駄だろう。


 俺のエリザに対する認識は、最上級に危険な存在だということで落ち着いたのだった。


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