第15話 決着と現れた者
第15話~決着と現れた者~
不倶戴天。
同じ天のもとには生かしておきはしない。それほどの恨みや敵意の深さを表す四字熟語。
俺はまさに今、この熟語の通り目の前で咆哮を挙げるキング・ワイバーンにそんな感情を向けているところだった。
“検索結果:スキル『不倶戴天』 スキル所有者の損傷率が90%を超えた段階で発動可能。すべてのステータスを5倍にする。あらゆる攻撃に耐性を得る。一時的にそれまでに受けた全てのダメージを無効にする。発動時間3分。発動終了後、無効となった全てのダメージは倍になり使用者に還る”
このスキルは言わば死にかけた時に一時的に爆発的なパワーアップをはかる代わりに、使用後は死ぬという物だ。
ほとんど死にかけのダメージが倍になって帰ってくるのだから、どう考えてもその後に生き残る可能性は絶無。
まさに自身の命を代償にしたスキルというわけだ。
「行くぞ……!!」
地を蹴った体は驚くほどに軽く、まるでこの世から重力が消え失せたかのような感覚を覚えた。
動かないほどのダメージを負ったはずの体からは、嘘のように痛みが消え、健全な時よりもむしろ絶好調なくらいだ。
これならいける。
キング・ワイバーンは突如として変貌した俺に反応が出来ない。死にかけた相手が牙を向くことはあっても、ここまでの変化をみせた相手はいなかっただろうから。
いや、そうじゃない。そういった理由もあったことは間違いないが、実際キング・ワイバーンが反応できなかったのは、スキルの発動により爆発的に高まった俺のステータスのせいだろう。
全てのステータスが五倍。素早さが700を超える俺の値は、3500を超えることになる。それはもはや敵が追える速さではなく、ゆえに反応すら許されない。
“検索結果:ステータスが規定値に到達したため、新たな槍術の派生スキルが発生しました”
インデックスの言葉が再び耳に届いた。
俺がキング・ワイバーンに向かってからここまで、実は1秒もたっていないが、その中で俺は自分が何をすればいいのかを正確に察することが出来ていた。
「魔槍召喚」
技の効果を詳しく確認する時間はない。それでもそれを使うのは、この場面で習得した新たな技が、意味のないものだとは到底思えなかったから。
キング・ワイバーンの頭部に向けて振り上げた槍が光に包まれる。
未だキング・ワイバーンは反応すらできていない。
「喰らえ……」
俺は光に包まれた槍を、思い切りワイバーンの頭部に向けて投擲した。
肉薄とまでは行かないまでも、相当に近接した距離から投擲された光の槍。
「……!?」
キング・ワイバーンは自身に何が起こったのかを理解できなかった。それほどの間に全ては終わったのだ。
投擲した槍はキング・ワイバーンの頭部を貫き、触れたもの全てを消滅させ地面に突き刺さったのだ。
いや、その表現は生温い。先ほどまでその巨体をこれでもかと見せつけ、俺を追い詰めていたキング・ワイバーンの体はこの世から消え失せていた。
そして突き刺さった地面は大きくえぐれ、巨大なクレータを作ってもなお、その威力を衰える気配すら見せてはいなかったのだ。
“検索結果:魔槍『グングニル』北欧神話の主神、オーディンが使用したと言われる槍。決して敵を射損なうことはなく、使用者に絶対の勝利をもたらすと言われる”
なるほど。そんな槍を召喚できたのであればこの威力も納得だ。おそらくだが、ここで止まらなければ、今頃この山々は跡形もなく吹き飛んでいたことだろう。
「恭介さん!?」
グングニルの巻き起こした衝撃で再び吹き飛ぶ俺を捕まえてくれたのは、やはり先ほどと同じくカナデだった。
グングニルがその勢いを失った理由、それは単に俺の魔力が尽きたからに他ならない。いかに超高威力を誇る槍であっても、供給源をが無くなってしまえばその威力を維持することは出来ないのだから。
「やりました!勝ちましたよ!恭介さんの勝ちです!!」
カナデがそう俺に呼びかけてくるが、もはや俺にはそれに帰すだけの力は残ってはいなかった。
不倶戴天の効果で体は動くようになったとしても、決して体力が回復したわけじゃない。動かない体をドーピングで無理矢理に動かしたようなもの。スキルの効果時間が残っていたとしても、体力が尽きてしまうのは容易に予測できた。
「さぁ山を下りますよ!この先はきっと街かなんかがあるはずです!道中は私に任せてください!ちゃんと守ってみせますから!!」
カナデは俺を抱え、一目散に山を駆け下りる。昇って来た方とは逆。その先に何があるのかはわからない。もしかしたらまた森が広がっているのかもしれない。それ以上の何かが待ち受けているかもしれない。
それでもカナデは山を下りていく。腕の中に抱えた俺を助けるために。もう手遅れだとわかっている俺を救うために。
「あ……と……」
「なんです!?今なんて言ったんですか!!」
だから俺は声を振り絞った、これで最後なのだからちゃんと伝えなきゃいけないから。
「ありが……とう……」
気力のみで出した言葉は、それでもかすれて途切れ途切れにしかならないが、カナデの表情を見れば、その言葉しっかりと伝わったことはわかった。
「お礼なら後で山ほど聞きます!まだまだこれから恭介さんは私にたくさん感謝することになるんですから、お礼ならその時にまとめて言ってくれればいいんですよ!!だから……」
カナデの言葉が遠くなる。不倶戴天の効果が切れて来たのだろう。ここから先、俺の体には元のダメージのが倍となって還ってくることになる。ただでさえ死にかけのこの体では耐えられない。
思えばほんとに理不尽な人生だった。元の世界では両親もおらず、木山に目をつけられたばっかりに、カーストの最下層としてずっといじめられる生活を送って来た。
助けてくれる人もおらず、ただ毎日を苦渋に満ちながら過ごす日々。自分で自分の人生を終わらせなかったことが不思議なくらいだ。
こっちの世界に来てからも、木山をはじめとしたクラスメイト全員に売られ、魔族として拷問を受けた。どんなに違うと説明しても受け入れられず、無抵抗な俺に暴力を与え続ける兵士達。
死に物狂いで逃げた先は魔物が跋扈する森の中。そこで自身に力と新しい仲間を手に入れて、ようやくここから俺の新たな人生が始まると思っていた。
思っていたのに、蓋を開ければこのざまだ。よくある異世界転生ものならまだまだ物語は序盤。これからどんどん強くなっていき、可愛い女の子に囲まれ順風満帆な生活を送るまでの序章のはず。
しかし俺はその序盤で大ボスに出会い、ここで死ぬ。所詮、俺には何かの主人公になるだけの器はなかったということなのだろう。だからここで朽ちていく。理不尽をねじ伏せられることなく、結局何一つ叶えられないままこの山で。
唯一の救いは、死ぬときにカナデがいてくれたことだろう。一人で死んでいくことはない。カナデに見守られながら逝くことが出来るのだ。俺ごときの人生にこれ以上に望むことはない。もう、それで十分だ。
「ダメですよ!何諦めようとしてるんですか!私は恭介さんと一緒にいたいんです!これから先もずっと一緒がいいんです!!」
機能を失いつつある耳に、カナデの悲痛な叫びが聞こえてくる。もう無理だとどこかで理解しながら、それでもそれを認められずにあふれ出てた思いは涙に変わる。
「お願いですから死なないでください!!」
幽霊でも、涙って出るんだな。
そんな不謹慎なことを思いながら、せめてなんとかカナデを安心させたいと思った。だけどもう声も出ない。指の一つも満足に動かせない。
だから笑って見せた。うまく笑えているか、まったくもって自信はなかったが、少しでもカナデにも笑って欲しかったから。だから俺は笑って見せたんだ。
「こんなときに……、今まで見た中で一番の笑顔なんて向けないでくださいよ……」
もうカナデは山を下りてはいない。座り込み、腕の中の俺を抱き締めたまま、ただ泣き崩れているだけだ。何もできない自分の無力さに打ちひしがれた子供のように。
ごめんな。
最後にそう思った俺の意識は落ちていく。二度と目覚めることはない、深い闇の中へ。
そう思った時だった。
「そやつにこれを飲ませるといい」
不意に聞こえたその声は、この場にはまったく似つかわしくない凛とした人の声だった。
◇
風前の灯となった俺達の前に現れた謎の声。もはや視力をも失いつつある俺にはその声の主が誰なのかを見る術もないが、なぜか声だけはしっかり聞こえてきていた。
「ほれ、早くせんか。迷っておると、そやつは死ぬぞ?」
「あなたは……?」
「なに、さっきの戦いに感銘を受けた、おせっかいな変わり者とでも思えばいいさ。それよりも、早くせい。こう話しておる時間がもったいない。手遅れになる前に早くするんじゃ」
誰かがカナデと話している。どうやら俺に何かを飲ませるように言っているらしいが、それで俺が助かるとは思えない。もはや心臓はとまりかけ、全身への酸素供給が停止しかけている俺の体は至るところが機能を失っているのだから。
「これで……、恭介さんは助かるんですか……?」
「助かるかどうかはそやつしだいじゃ。しかし失敗するにしても、どちらにしてもそやつは死ぬ。確率がどうであれ、試す価値はあると儂は思うがの?」
カナデに渡された何か。そして訪れる一瞬の沈黙。
「恭介さん、少し我慢してくださいね」
その直後に俺の唇に押し当てられた柔らかい感触と、液体が流れ込んでくる感覚。
恐らく口移しで何かを飲まされたのだろうと思った直後、その液体の味を感じる間もなく俺を襲ったのは、正体不明の体の熱さだ。
「ぅ……、ぁ……」
ただでさえ西掛けの体が悲鳴を上げ、まるで炎の中に放りこまれたかのような熱さが全身を駆け巡る。体の中心から燃やされているような熱に、身もだえしながらのたうち回り、叫びだしたいが、今の体ではそれも出来ない。
まさに生き地獄。こんな苦しみを味わうのなら、あのまま楽に死んでいく方がどれだけ幸せだったか。そう思うほどの苦しみが俺を呑み込んでいく。
「どうしたんです!?大丈夫ですか!?あなた一体恭介さんに何を飲ませたんですか!!」
「今そやつの体は作り替えられておるんじゃ。古く、傷ついた部分を捨て、新しく強靭な肉体へと」
「作り替え……、何を言って……」
「そやつの体はもはや修復はきかん。それほどまでにボロボロに壊れてしまっていたからの。死に向かうしかない運命をゆがめ、その上でそやつを助けるにはもはや作り直す以外に方法はないんじゃよ」
作り替える。およそ正常ではない会話を聞きながら、焼け付く痛みに耐える俺の意識は徐々に薄らいでいく。とにかく早くこの苦しみから逃れたかった。生きるも死ぬもどうでもいいから、とにかく早く楽になりたかった。
「体が無事に作り替えられればそやつは助かる。その前にそやつの体力が尽きればそれでしまいじゃ」
「そんな……」
いいから。もういいから早く楽にしてくれ。そう懇願するように声を出そうとしても、俺の声帯から音が発せられることはない。
熱いという感覚以外に全てを失ったかと思えた時、俺の手であったはずの場所に、優しい感覚が蘇る。
「私は……、私は恭介さんを信じてますから!!」
その言葉を最後に、今度こそ俺の意識は暗い暗い闇の中へ沈んでいったのだった。
◇
死ぬ間際に思い出す走馬燈のような光景を描くときというは、その人の人生の明るい部分に描写が多いように思う。
実際、いろんな映画や漫画でも、そんな描写を何度みたことだろう。ありふれたその情景を見て、それでも俺の心は感動し、時には涙が溢れそうになったことだってある。
それほど死ぬ間際という時間の持つ、人を取り込む力というのは大きいのだ。
では俺はその時に何を思い出す?
なんの楽しみもなかった人生で、一体どんなことをこの時間に思いだせばいいというのだろう。
『信じてますから!!』
答えは簡単だった。
俺が思いだすのはただ一人の顔だけ。泣きながら、それでも真っ直ぐな目で俺を見つめる幽霊の顔。
その時の顔なんて見ていないはずなのに、それでもはっきりと思いだすことが出来るのはきっと、人の死に際にまで脳内に入り込むこいつの図々しさなのだろう。
だけど俺はその図々しさが嫌いじゃないし、むしろ好ましいとさえ思っている。
最初に出会った時からそうだった。おかしな奴でしかも幽霊。うさんくさくて関わりたくないと思いながらも、俺は心のどこかではこいつを簡単に受け入れていたのだ。
『信じてますから!!』
一緒に過ごした時間はまだ短い。これから先もどうなるかはわからない。
それでもこいつは言ってくれた。俺とずっといっしょに旅をしたいと。傍にいたいと言ってくれた。
それは一人で過ごしてきた時間の長さからくる寂しさだったのかもしれないが、俺はそれでもいいと思う。だってそうだろ?だれからも必要とされてこなかった人生の中で、やっと俺にも必要だと言ってくれる人ができたのから。
そしてそれは俺の願いでもあるなら尚更だ。
俺もこいつと、いや、カナデと一緒にもっと同じ時間を過ごしたいと思っている。もっと一緒に旅をしたいと思っている。
それならここで終わるわけにはいかない。
『信じてますから!!』
最後のその時まで、カナデは俺を信じると言ってくれたんだ。それなら俺はその期待に応えなくてはいけないんだ。
意識を集中させ、はっきりしない自我を構築させていく。暗闇に光を灯すように、次第に輪郭を取り戻していく自分の意識に、俺は生きていると実感することができる。
「待ってろよ」
その言葉と共に、俺の意識は暗い闇の中から抜け出し、突如として現れたまばゆい光の中に吸い込まれていった。
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