第14話 山頂の死闘

第14話~山頂の死闘~ 


 ワイバーンが追撃を行わなかった理由。それは非常に簡単なことだった。


 統率された群れが撃退を命令された侵入者を追わない理由はただ一つ。一定の条件を超えた侵入者に対しては、撃退を中断していいという命令があるからだ。


 そしてそういう命令が下される理由も簡単で、下っ端で止められない侵入者は自分で対処するという至極シンブルな理由というわけだ。


「これは、少し甘く見積もりすぎてかもしれないな」


「そうですか?でかいだけで羽虫なところは変わりませんよ?ぱぱっと全部燃やせばいいんですよ」


「見えないってのは時に幸せなこともあるってのがよくわかるよ」


 山頂まで文字通り飛んできた俺達の目に映ったのは、またもワイバーンの群だった。


“検索結果:『グレート・ワイバーン』ワイバーンの上異種。龍には至らずとも飛竜として進化したワイバーン。圧倒的な物理攻撃に加え、魔力を扱うことも出来るようになった。

レベル:33

      攻撃:699

      防御:653

      素早さ:711

      魔法攻撃:222

      魔法防御:220

      魔力:354”


 通常のワイバーンと比べて倍以上のステータスを誇る上異種が、見渡す限りざっと百匹ほど。俺のステータスよりも一回り劣るとはいえ、多対一でこれを相手にすると考えれば脅威以外の何物ではない。


 しかしこれだけならまだよかった。やりようによっては策を使えばどうとでもなる範囲だからだ。


 しかし、俺がこの現状に危機感を募らせているのは、群れの奥、グレート・ワイバーン達の後方に、一際大きいワイバーンを見つけたからだ。


“検索結果:『キング・ワイバーン』ワイバーンを統べる者。ワイバーンの最終到達地点。竜の身でありながら龍に並んだもの。その強さは一国を瞬く間に破壊する

レベル:50

      攻撃:1421

      防御:1367

      素早さ:1500

      魔法攻撃:735

      魔法防御:759

      魔力:862”


 まさしく強者。おそらく奴がこの山で一番強い存在なのは間違いない。全てのワイバーンに命令を下し、侵入者を肉塊に変え、山の構成成分である骨に昇華する。


 こいつらを倒さなければこの山は越えられない。一度撤退し、態勢を立て直すことも考えたが、すでに背後にもグレート・ワイバーンが控えているためそれも難しい。


「カナデ、全力の火力で出来る限り多くのワイバーンを焼き払え」


「全部燃やしていんですか?」


「後ろのでかいのに集中したい。雑魚を相手している余裕はない」


 全ての能力で自分を上回る敵との戦いだ。流石に多数の敵との乱戦で勝てるほど甘くはないだろう。


 だが勝つ。この世界に来てから何度目か分からない理不尽。普通のRPGなんかでは、こんな序盤で出てくるべきではない相手。普通なら蹂躙されて終わるはずの戦い。


 しかし俺はそれら全てに抗い、全部を打ち倒すと決めたのだから、こんなところで負けるわけにはいかないのだ。


「恭介さん!!いつでも行けますよ!!というか早くしてください!!こんなに魔力を込めたことがないので、抑えるのも相当きついんです!!」


 カナデの焦り気味の声にそちらを振り返れば、深青色のオーラを周囲一帯にまき散らすカナデの姿があった。


 レベルが上がり、スキルのレベルも上がったことで焼却魔法に込められる魔力も上がった結果がこれなのだろう。


 こんな魔力を解き放てば、辺り一帯がどうなるかなんて恐ろしくて考えたくもないが、今はそれが逆に恐ろしく頼もしかった。


「遠慮はいらない!やっちまえ!!」


 俺の合図と同時、カナデから吹き荒れる魔力がワイバーン達へと襲い掛かった。


 魔力と同じ、深青色の炎は瞬く間にワイバーン達を呑み込み、灰に変えていく。一瞬にして燃え盛る炎は三分の一を超えるワイバーン達をこの世から葬り去ったが、尚も勢い衰えることなく蹂躙を続けていく。


 その炎はワイバーン達にとってまさに悪夢以外の何物でもなかっただろう。


 ある者はグレート・ワイバーンにより得た魔力によるブレスを吐き相殺しようとし試みた。


 ある者はその圧倒的な膂力によって強引に押し進もうとした。


 またある者はその場からなんとか逃れようと、巨大な翼をはためかせ空へと逃亡を図ろうとした。


 しかしその行為は全て徒労に終わる。


 ブレスは炎を相殺することは出来ずに呑み込まれ、膂力は炎の前では意味をなさない。空へ逃げようとも、自分たちの領域であるはずの場所へまで炎は追尾してくる。


 結果として、ほぼ全てのワイバーンが灰になり、矮小だと侮った存在により反撃すらできずに消えていったのだった。


「愉快です!!爽快です!!最高です!!全部きれいさっぱり火葬ですよ!!」


 自身の放った魔法の結果に大いに満足したカナデは、もはや完全にラスボスと化していた。


 幽霊という見た目もさることながら、一応は清楚っぽいなりをしているはずなのに、性格の方はもはやただの放火魔だ。本当に最初に出会った時にこいつと敵対することがなくてよかったと思う。


 いかに理不尽を全て打ち倒すとはいえ、あの段階でこいつと戦うのは文字通り無駄死にとなったであろうことを想像し、カナデに見えないように少しだけ身震いをした。


「よくやったカナデ!!残りの雑魚も任せる!!」


 もっとも本心は億尾にも出すわけがない。仮にも戦闘中であり、加えて格上の相手がまだ残っている。それにカナデはこちらの味方なのだから、むしろ頼もしい存在であること以外に意味はないのだから。


 残った数匹のグレート・ワイバーンの横を駆け抜けながら、早いとこもっと強くなろうと思ったのは、やはりこれも秘密だ。今は目の前の敵のことのみを考える時。余計な思考は切り捨てろ。


「グガアアアアアアァァァッッ!!!!」


 圧倒的に有利だったはずの自分たちが一瞬で殺された。その事実を認識するまでのわずかな隙が、俺が攻撃を叩きこむ絶好の隙となる。


「乱れ突きッ!!」


 カナデの炎が弱まると当時にキング・ワイバーンに向けて走り出していた俺は、キング・ワイバーンの認識がこちらに完全に向くまでに、すでに肉薄するまでに接近していた。


 これまで見た限り、飛竜種の魔物は全て固い鱗に体を守られている。その防御力はそれなりのもので、麓にいた通常のワイバーンですら最初いこの山に到達したころのステータスでは、突きに工夫の加えなければ貫けない程だった。

 とするならば、その飛竜種の最上位種である目の前の敵の防御力は想像を絶する。ステータスでも劣っている以上、鱗を通してダメージを与えるのは容易ではないはずだ。


 だからこそ隙をついた。


 鱗に覆われた飛竜種も、懐、つまり腹側の鱗は比較的少ない。よくあるドラゴンの絵でもそんな感じになっていたが、その様子はこの世界でも通用するらしかった。


「ギャアアアアアァァァッ!?」


 キング・ワイバーンの腹に、槍術スキルの派生である乱れ突きを放つ。スケルトン達を圧殺したこの技は、どうやらキングワイバーンに対しても有効であるらしかった。


「もう一回!乱れ突き!!」


 間髪入れずに放った槍は、キング・ワイバーンに腹部に直撃し、一回目につけた傷を大きくし血の雨を降らす。


 抉るとまではいかなかったが、それでも大きな裂傷、刺傷を負ったワイバーンはもがき苦しむ。


 その光景が俺の油断を誘うこととなる。


 作戦は目論見通りにうまくいった。ステータス差はあるが、相手にそれなりのダメージを与えられることも確認は出来た。となれば勝ち筋も見えてくる。


 この考えが、キング・ワイバーンの反撃に気づくのをほんの一瞬遅らせてしまったのだ。


 強者の戦闘は一瞬で決着がつくことが多い。その理由は立ち会った時にすでに大方の大勢は決しているからだ。相手の動きを読み、反撃策を用意する。実際に刃を交える前に詰将棋のような綿密な攻防がすでに何十通りと行われる。


 加えて強者はステータスも高い。召喚された初日に王女から聞いた情報しか持っていないが、少なくとも俺もキング・ワイバーンもステータスの上ではこの世界では相当上位の存在だ。


 そんな両者が相まみえれば一瞬の隙が戦況を決定するのは自明の理。現にその隙をついて、俺はダメージを与えたのだから。


 次撃を放とうとした俺の真横から不意に与えられる衝撃。それがキング・ワイバーンの尾による薙ぎ払いだと気づいたのは吹き飛ばされた後。


 俺の攻撃にによるダメージに唸り声をあげながらも、敵はその圧倒的な膂力を用い、自身の尾による純然な攻撃を仕掛けてきていたのだ。


 何かが来るとほとんど無意識に察した俺は、咄嗟に槍での防御をはかるも時すでに遅し。尾の直撃により俺の体はまるで木っ端のように吹き飛ばされ、十メートル程離れた場所にあった岩場に激突する。


「ッあ!?」


 骨が折れ、内臓に深刻なダメージを受けたことが容易に想像できるほどの衝撃。それを生きて認識できたのは、ここまでの戦闘でそれなりにあがっていたステータスのおかげだったのだろう。


 それでも相手の攻撃力に比べれば俺の防御力は半分ほど。この結果は当然のものと言えた。むしろ生きていることが幸運なくらいだ。


「んの……やろっ……!」


 防御に回した槍は粉々に砕け散った。錬金術を用いてすぐに複製したが、ダメージを受けた俺の体では、もはや杖替わりにするくらいしか役割を持てない。


 なんとか立ち上がろうと槍で体を支えるが、尾の直撃を受けた右半身がまったく言うことを聞いてくれないのだ。


「恭介さん!?」


 遠くからカナデの悲痛な叫びが聞こえた気がしたが、激しい痛みとその痛みを緩和するための過剰な脳内麻薬により現状の認識が難しい。


 腹部から血を流すキング・ワイバーンはダメージを負ってはいるが、致命傷には程遠い。対する俺はすでに攻撃を放つことすら難しい状態だ。


 同じ一撃でこの差。一瞬の隙が命取りとはよくいったものだと思うが、ステータスの差というものはここまで理不尽な暴力と化すものなのか。


 いや、永久の森で俺が屠ったスケルトン達のことを考えればそう言う物なのだろう。あの森で、俺も同じようにステータスの差による暴力を敵対する魔物に与え続けていたのだから。


“検索結果:肉体の破損率:62%。スペックの低下率:83%。勝率:1%未満。速やかな撤退が推奨されます。至急この場から離脱してください”


 インデックスの客観的な分析が聞こえる。撤退できるのであればそれが一番だが、目の前の敵はそれを許しはしないだろう。


 ダメージに怒りに燃えるキング・ワイバーンは次の攻撃手段の用意を始めている。


 口内に集まる魔力反応を見るに、ブレスを放つつもりなのだろう。燃やし尽くすつもりかは知らないが、自分の仲間を灰にされことの意趣返しのつもりだろうか。だとしたら悪趣味なことこの上ない。


「恭介さん!一度撤退です!!早く私につかまってください!!」


 すでに他の敵を焼き付くしたカナデが俺の体を担ぎ上げようとする。あれほど撤退することを拒んでいたカナデが自らそれを提案するのだ、自分ではわからないが、俺の体はよっぽどひどいことになっているに違いなかった。


「おいて……いけ……」


「何を言ってッ!?」


「いい……からっ……!!」


 だとすれば俺はカナデの足手まといにしかならない。素早さの面ではキング・ワイバーンはカナデをも凌いでいる。ただでさえ素のステータスで負けている相手に、俺を抱えたカナデが逃げ切れる可能性などどこにもないのだ。


「馬鹿言わないでください!!置いていくくらいならここで私があれの相手をします!!恭介さんはそこで寝ててください!!」


 カナデがそう言うと同時だった。キング・ワイバーンから放たれた赤熱のブレスが視界を覆う。本来ならそれで終わりのはずだったが、間髪入れずに放たれたカナデの青い炎により、俺達の周囲だけブレスが避けるように通過していった。


「恭介さんは、私が守って見せます!!」


 時間にして数秒。キング・ワイバーンのブレスは俺達がいた山を焼き、そして空気をも焼いた。赤熱し、溶解する地表とまるで太陽がすぐそばにあるかのように温度が上がった空気が俺に襲い掛かる。


「次はッ、こちらの、番ですよッ!!」


 雄々しく叫ぶカナデだが、その息はあがっていた。無理もない。ここに来てすぐに放った全力の魔法、残りとはいえその後もグレート・ワイバーンを相手にし、さらに今、あのブレスを防ぎ切ったのだ。


 カナデの魔力もまたつきかけている。


「逃げろッ!!」


 声を出すのも辛くなった声帯を必死に震わせ、今の自分にできうる範囲の大声を張り上げた。


「私はっ……!!」


「いいから行け!!戦況くらい見極めろ!!」


 動かない半身を無理やり引きづり、錬成した槍に意識を向けた。


 『龍槍』 


俺の持つ技の中で一番の攻撃力を持つと思われる技。


 万全の状態じゃない今、これを放てば恐らく俺は終わる。倒しきれる保証もない。だがカナデを逃がすくらいの時間は稼げるはずだ。


「早く行け!!」


「でもっ!?」


「早く!!」


 付き合いは短いが、元の世界、この世界含めて一番信頼できた相手だ。相手の過去もわからず何ものかもわからない。そもそも人間ですらないが、それでも俺にとっては大切な奴に変わりはない。


 だったらそいつを逃がすことくらいはしてやりたい。理不尽に抗うと誓い、道半ばで散っていく俺の、これが最後の抵抗だ。


「早くしろッーーーーーー!!」


 今あげられる最大の怒声に一瞬震えたカナデが、後退していく姿が見えた。それで十分だ。


「喰らえ腐れトカゲが」


 槍に纏う龍がキング・ワイバーンに向け襲いゆく。動かない右の半身を捨て、左半身のみで放った一撃だったが、どうやら狙いは違わず敵に向かって言ってくれたようだ。


「ギィアアアアアァァッ!!」


 光り輝く龍が飛竜を呑み込まんとする勢いで迫る中、ワイバーンも負けじと効果力のブレスでもって応戦しているようだ。


 龍と竜のぶつかり合いは、激しい衝撃をまき散らしながら辺り一面に拡散する。ただでさえこれまでの戦闘で粉砕したり、溶解した山肌は、とうとうその身を崩壊することを余儀なくされたようだ。


 山頂付近は度重なる衝撃で崩壊し吹き飛んでいく。それほどの衝撃だ、すでに死にかけの俺などその衝撃に耐えられるはずもない。


 自身の技と敵の攻撃で生み出された余波に巻き込まれ、今度こそ俺の命は尽きる。そう思った。


 生まれてこの方恵まれない人生だった。やっとそれに抗うと決めたが、きっと全てが遅すぎたのだろう。もう少し早く、あと少し早く意識を変えられれば何かが変わっただろうか。


 やめよう。Ifの話に意味はなく、結果としてここで俺の人生は終わるのだから。最後に少しの間だけど、楽しい時間が過ごせたのだからいいじゃないか。


 衝撃に吹き飛ばされながら目を閉じた。このままもう、二度と目を開くことはないと思いながら。


「何勝手に死のうとしてるんですか!!そんなの絶対にダメです!!私は絶対に許しません!!」


 しかしその予想は俺を受け止める優しい感覚によって覆された。このまま吹き飛び、とこかの多摩肌に激突し無様に死んでいくはずだったのに、逃がしたとはずの存在によって阻止されたのだ。


「なに……、して……」


「うるさいです、うるさいです!!私は言いました!恭介さんについていくって!!なのに一人で逃げるなんてありえません!絶対にありえないんです!!」


 理屈も何もない。ただ自分がそうしたいからという理由で、最後の逃げるチャンスを逸した馬鹿。


 二度と開けることはないと思った目をもう一度開き、戻って来た大馬鹿野郎の顔を見て言ってやった。


「ばかやろう……」


「馬鹿でもなんでも結構です!!一緒にここから撤退するか、あの羽根つきトカゲを倒すか選んでください!!」


 こんなにも状況は絶望的で、仮に勝てたとしても回復手段のない俺に待ち受けるのは死のみだというのに、それでもカナデは諦めない。


 この場から二人で生きて切り抜ける以外の選択肢はこいつにはない。


 それは俺がこの世界に抗うと決めたことじゃなかったのか。諦めることなく、戦い続けると決めたことじゃなかったのか。


だというのに俺が最初に諦めてどうするんだ!


「て、貸せ……」


 カナデに支えてもらわなければ立てない足。槍を振るえないどころか持つことも出来ない腕。そんな満身創痍の状態でも、俺は諦めるわけにはいかなかった。


「もちろんです!!」


 決めたからな。全ての理不尽を叩き潰すってな。


“検索結果:一定の条件を達成したことにより新たなスキルが発現しました”


 見ろよ、諦めない決意をしただけで、都合よくスキルまで発現した。もはや俺を止めるものは何もない。


俺がいてカナデがいる。俺達二人に倒せない相手なんかいないんだよ!!


「不倶戴天!!」


 新たなスキルの名のもと、俺達は反撃を開始する。戦いは最終局面を迎えていた。


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