第12話 人間、空を飛ぶ

第12話~人間、空を飛ぶ~


 休息をとって俺は体力が、カナデは魔力が回復した。加えていろいろしたおかげで欲求不満も解消されたのだが、根本的な問題は何も解決はしていない。


「このしょうが焼き、でしたっけ?お肉すごく美味しいです!」


「なんで生姜とか醤油とか、そういったものがあるのか知らないけど、あの謎の男のくれたトレーラーハウスだ。深く考えるのは辞めるがいいのかもな」


 腹が減っては戦は出来ぬとトレーラーハウスにあった食材を使って料理を作ったのだが、その材料の中に元の世界で馴染み深いものがいくつもあったのだ。


 醤油や味噌、果てには固形コンソメまで用意された車内に、流石に驚きを隠せなかったが、考えたところで答えなど出るはずもないのでラッキーで済ませることにしたのだ。


 だって便利だし。


 とにかくそんな感じで手早く俺が食事を作った。ちなみに調理はこれまた車内に備えつけられたコンロを使った。突っ込みはなしだ。


「でもどうします?まぐまぐ……、今更また森に戻って別ルートって言うのは嫌ですよ私。もぐもぐ……」


「食べるか話すかどっちかにしろ。せめて口に物がなくなってからしゃべれ」


 幽霊が食事をするという謎な光景ももはや見慣れたもの。実体化とかいう訳の分からない特性を持った幽霊だ。考えるだけ無駄だ。それこそすでに男女の営みすらしているのだから、こいつに対して俺の持つ幽霊という枠組みを押し付ける方がおかしいのだろう。


「ごちそうさまでした!!」


「早いなお前!まだ食べ始めて3分もたってないだろ!?」


「食べながら話すなって言ったり、黙って早く食べたら文句言ったり、恭介さんは我儘が過ぎます!!」


「お前にだけは我儘だって言われたくないからな!!」


 ゆっくりと休息をとり、お腹も満たされたおかげで俺達の会話にも余裕ができた。撤退直後は相手の言葉に噛みつくことばかりだったが、今は適度な突っ込みが出来るようになっている。


 やはり余裕がない状態ではいいアイデアなど出るはずがない。休息がいかに重要な物かということが身に染みてわかった瞬間だった。


「冗談はさておき本当にどうしますか?何か名案とか出ません?こうぱーっと、山ごと吹き飛ばせるような名案とか」


「お前な、いちいち発想がぶっ飛びすぎなんだよ……」


 カナデのぶっ飛んだアイデアは置いておくが、本当にどうしたものか。眠りから覚めてからもずっと何かいい方法はないかと考えて居るのだが、いまひとついい間あげが思いつかない。


 このままでは、最初にカナデが出した突破できるまで挑み続けるという力技プランが採用されてしまうのだが。


“検索結果:槍術のレベルがあがりました。それにより新たな派生スキルを取得しました”


 そんな時に聞こえるインデックスの啓示。行き詰った時に新たな技を覚える。そんなファンタジーお約束の展開に苦笑しながらも、俺はインデックスが教えてくれる新たな技に耳を傾けた。


「やっぱり出てくるトカゲを片っ端から燃やしましょう!それしかないです!」


「カナデ」


「なんです?ようやく私の意見のすばらしさに気が付いていただけました?」


「力技なのは一緒だけど、少しは増しな作戦が立てられそうだ」


 この新技があればもしかしたら状況を打破できるかもしれない。不敵な笑みを浮かべる俺に、目を輝かせたカナデが飛びついてくる。


 そのせいで出発が2時間ほど遅くなったのは、決して俺のせいじゃないはずだ。


 ◇


 目の前に構えるワイバーンの群。その数およそ三十。目に見えていないだけで、おそらくそれ以上のワイバーンが俺達を殺すためにこの山には控えているはずだ。


「いい度胸ですこの羽根つきトカゲ!今度こそ全員灰に帰してあげます!!」


「落ち着け!気持ちは分かるが作戦通りに動けよ!倒す相手は俺達の進路を妨害する奴だけだ!!」


 今にも焼却魔法を放ちそうなカナデを落ち着かせ、槍を構える。


 この作戦が成功するかの鍵は、俺の体力とカナデの魔力がどれだけ続くかにかかっている。無駄撃ちをする余裕などない。


 俺の言葉で作戦を思い出してくれたのか、ワイバーンを前に熱くなり始めていたカナデが少し落ち着いてくれたようだ。しかし未だに鋭い目でワイバーンを睨みつけている様子を見る限り、その我慢も長くは持たないだろう。早いとこ作戦を始めるべきだ。


「それじゃあ行くぞ!!」


 カナデの返事を待つことなく作戦を結構に移した。飛び交うワイバーン目掛け走り出した俺に、カナデが追走する。


 前回と同じ無謀な特攻。おそらく第三者から見ればそう見える行為。そしてそう思ったのはワイバーンも同じだったのだろう。俺の走る方向にいた数匹のワイバーンが、鋭い爪を俺につきたてようと上空から勢いをつけて飛来してきた。


「こっからだ!『飛槍』!!」


 構えた槍を思い切りワイバーン目掛けて投擲する。攻撃のパラメーターはすでに500を伺うところまで来ているうえに、不意打ち気味の投擲だ。先頭を飛んでいたワイバーンは避けきれるわけもなく、槍の穂先に貫かれた。


「ナイスです!!」


 カナデのそんな声が聞こえるが、俺が気を抜くことは当然ない。倒したワイバーンはたったの一匹。しかも俺は唯一の武器である、槍を手放してしまった状態だ。


 仲間を殺され怒り狂うワイバーンは、当然俺が武器を拾う時間など与えてくれるはずはない。堕ちたワイバーンの後ろにいた二匹のワイバーンが、続けざまに俺に襲い掛かろうとした。


「甘いな」


 ワイバーンの爪が迫る。その距離に二メートル。しかし、爪がそれ以上に俺に近づくことはなない。


「ガァッ!?」


 ワイバーンも自身の体の異変に気付いたようだがもう遅い。俺を襲うつもりであったワイバーンは、背後から現れた槍に貫かれ、事態を理解する前に堕ちて死んでいった。


「焼却!!」


 もう一匹はカナデの青い炎により灰に帰す。一瞬のうちに死んでいったワイバーン三匹に、その様子を見ていた他のワイバーン達は怯みを見せた。


「飛ぶ槍ですか!かっこいいです!これなら楽勝ですよ!!」


「油断するなよ!敵はまだまだいるんだ!作戦通りに行くからな!!」


「お任せください!」


 言葉と同時、カナデの炎が怯んだワイバーンに牙を向く。そして俺の槍もまた、空を縦横無尽に飛び回り次々とワイバーンを貫き堕としていった。


 新技『飛槍』。


 手を離れた槍を自由自在に操ることが出来る技。最初のワイバーンに対して投擲した槍は、この技を使い空中で遠隔操作を行った。一匹目を貫き彼方へ消えていくかと思われた槍は、途中で方向を180度転身して二匹目を貫いた。


 この技により、攻撃の届かなかった空が攻撃範囲内となる。カナデと連携をすれば、前回の効率の倍では収まらない。


「あはははははっ!!見てください恭介さん!羽虫がどんどん落ちていきます!!」


「魔力はどうだ!」


「問題ありません!まだ三分の二以上残ってます!!」


 ここまでの戦果は上々と言っていいだろう。戦闘開始から一五分。すでに堕としたワイバーンは前回を超えた。俺の体力、カナデの魔力も残量は十分。油断をするつもりはないが、勝機はあると考えて問題はない。


「恭介さん!第二陣が来ました!!」


 最初にいたワイバーンが半分以上死んだ辺りで、山頂方向から更なるワイバーンが飛来してくるのをカナデが発見する。これもまた予想通り。インデックスが山に生息する全てと戦わなければいけないという可能性を示唆していたからこそ、この状況にも対応策は考えてあるのだ。


「次の作戦に移るぞ!!」


「大丈夫ですか!?今の状況ならこのまま殲滅戦でもなんとかいけるんじゃ……」


「そうかもしれないが、勝てる可能性は下がる!!」


「ですけど!」


「心配するな!俺を信じろ!!」


 カナデが少し不安そうな表情を見せる。いつも強気なカナデにしては珍しいが、それが作戦の成否というより、俺のことを心配してくれているとわかっているから少し嬉しくなってくる。


「わかりました!恭介さんを信じます!!」


 俺の言葉に納得してくれたのか、カナデは魔力を高めていく。それを合図に、俺もストレージの中からさらにもう一本の槍を取り出した。


「行きますよ!!」


「いつでも来い!!」


 飛来する第二陣のワイバーンとの距離はおよそ二十メートル。激突までは数秒もない。


「収束焼却!!」


 こちらに突っ込むワイバーンに向け、カナデが焼却魔法を放った。その炎は俺達の前方をまるで面のように飛来するワイバーンのど真ん中に風穴を開ける。


 収束の言葉の通り、広範囲に広がる炎を一転に収束することで威力をさらに上げるカナデの魔技。もともと魔力耐性が低く、通常の焼却で燃え尽きていたワイバーンは、灰すらも残さずにこの世から消えていく。


「いまだ!!」


 風穴の開いたワイバーンの群は、そのあまりの炎の威力に怯み、狼狽え統率を失う。その隙を俺は見逃すことはない。


 走り出すと同時、一本の槍を目の前に投げ落とす。走る速度は緩めずに、槍を踏む瞬間に飛槍を発動させた。


「すごいです恭介さん!!飛んでます!飛んでますよ!!」


 後ろから浮遊でついてくるカナデの声が聞こえるが、俺はそれどころではなかった。


 俺がしたのは飛槍の応用。つまり飛ぶ槍の上に俺が乗って飛槍を使えば、そのまま空に飛ぶことが出来るという物だったのだ。


 そのために、改めて死骨山脈に挑む前に錬金術で専用の槍を用意した。


 持ち手をあえて広めに作ることで、足を乗せやすくし、加えて靴を固定できるようビンディング状に加工。持ち手に加工を加えたことで重量が上がったため、刃先もそれに合わせて重くするためより大きなものをつけた。大きく、そしてより鋭く。


 騎乗するだけではなく、乗った槍そのもので敵を貫けるように加工された飛行専用の槍。この槍と飛槍のスキルにより、俺は人類の限界を一つ越えることに成功したのだ。


「一気に抜けるぞ!!」


「どこまでもついていきます!!」


 空を飛ぶ槍に乗り、空を一直線に突き抜ける。カナデの魔法により穴の開いたワイバーンの群れの隙間目掛け、ぶれることなく真っ直ぐに。


「道を開けろぉぉッ!!」


 俺達の進路を妨害しようとするワイバーンを、もう一本の槍で切り伏せる。しかし、ただでさえ飛槍で空を飛ぶのは始めてなのだ。その操作をしながら同時にワイバーンを相手にするのは非常に難しい。


 一匹のワイバーンの首を飛ばしたことで、少しバランスを崩し俺の意識が他のワイバーンから途切れる。


 わずかな隙。しかし相手もそれを逃すことはない。群れの隙間を抜けようとする俺達に、一気にその距離を詰め鋭い鍵爪や牙を向けて襲い来る。


「私がいる限り恭介さんに手出しはさせません!!」


 しかし俺は何も心配などしていない。飛槍の操作に手間取るなど想定の範囲内。その隙を相手につかれるであろうこともまた、予想通りだ。


 多少の練習はしたとはいえ、敵が飛び交う空を駆け抜けるような練習などできるはずもない。それでもこの作戦を結構に移したのは、俺の背後にはカナデがいるからだ。


 周囲に群がるワイバーンが炎上する。カナデが放った青い炎が進路を塞ぎ襲い来る飛竜を燃やし尽くしたのだ。


「全部燃えればいいんです!!」


「だから物騒なんだよお前は!!」


 俺が先陣を切りワイバーンを切り裂きながら進み、打ち漏らしをカナデが燃やす。


 時間にして一分もかからなかったはずだが、ワイバーンの群に突っ込んでから抜けるまで、非常に長い時間を戦っていたような気がした。


 しかし、どんなに長い戦いも必ず終わりが来る、それが自分にとっていつもいい終わり方だとは限らないが、今回は少なくとも悪い方ではないはずだ。


「抜けたあぁあぁぁーーーー!!!」


「抜けましたぁぁぁーーーー!!」


 群がるワイバーンは、まるで大きな一匹の竜。そしてそこを突き抜けた俺達は、さながら竜を貫いた一本の槍。


「このまま山頂まで飛ぶぞ!!」


「合点招致ですよ!!」


 先を槍に乗り飛ぶ俺の後ろを追従するかカナデ。前回は撤退を余儀なくされたが、今回は真正面からワイバーンを突破した。


 俺達はいいパートナーになれる。


 いまだ見えない山頂に向かい飛びながら、俺は漠然とそんな

予感を感じていたのだった。


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