第11話 山を支配する魔物達

第11話~山を支配する魔物達~


登山を始めて三十分。俺達は早くもこの山を住処にする魔物と遭遇していた。


「恭介さん!上です!!」


「わかってるよっ、と!!」


「あぁ!打ち漏らしてるじゃないですか!!焼却!!」


「どわっ!?おいカナデ!!俺ごと燃やす気かよ!?」


「ちゃんとコントロールしてるんですから恭介さんには当たりませんよ!!それよりも打ち漏らしを処理した私にお礼を言うのが先じゃないですか!!」


「やかましい!そもそもお前が無闇やたらに燃やし尽くすからこんなことになってるんだろうが!!」


「私のせいにするんですか!恭介さんだって最初は燃えるところを見て、喜んでたくせにー!!」


 暴言の応酬と責任のなすりつけ合いが山間に響く。そんな俺達の声に反応したのか、はたまた倒された仲間の敵討ちなのかは知らないが、次々と襲い来る魔物達。


 山の麓から未だに1キロしか進んでいないという現実も苛立ちに拍車をかける。そもそもどうしてこうなってしまったのか。


 思い出そうとするが、隣で激しく魔物を燃え散らかすカナデの姿を見たら、その必要はないことに気が付いた。


 絶対にこいつのせいだ。


 相も変わらず燃え盛る強烈な炎は、その激しさをいかんなく発揮し魔物を屠っていく。その光景はさながら炎神。完全燃焼を示す青い炎は、魔物どころか山に堆積する岩石ごと燃やしていく。まるでガラスのように溶ける地面と灰に変わる魔物の姿はまさに地獄絵図。


 つまりはカナデの攻撃は目立ちすぎるのだ。


 山を登り始めてすぐ、俺達は魔物に遭遇した。


“検索結果:ワイバーン。 種族:飛竜種。竜種の下位種族。山脈や谷間などに生息し、群での生活を好む。ブレスなどの攻撃はなく魔法に弱いが、圧倒的な物理攻撃を誇る”


 空より飛来した翼をもつ魔物。


 3メートルはあろうかという巨体は、翼を広げるとその倍ほどの大きさとなる。偵察なのか、縄張りにはいった侵入者である俺達に対して、上空から獰猛な牙をむき出しにして威嚇をしてきた。


「群れを呼ばれると厄介だな。ここはそうなる前に迅速に……」


「生意気な奴です!そんな子は燃やしてしまいましょう!!」


 止めるどころか、何か言葉を発する前に燃えていくワイバーン。あまりの苦痛に断末魔の叫びを放ち落ちていく。


 その声に反応しどこからともなく群がるワイバーン達。


 こうして俺達とワイバーンの果てない戦いが始まったのだった。つい先日にも行われた大量の魔物との戦闘。ただ違うのは今回の戦闘は前回のように楽なものではないという点だ。


 ◇


 戦闘開始からそれなりに時間が経ったが、未だに俺達はワイバーンの群との戦闘を続けていた。その数こそ減らしているが、こちらの旗色が悪い状況が続いていた。


「ああっもう!頭の上でぱたぱたとー!うっとうしいことこの上ありません!!」


「賛成だな!こっちの攻撃が届きやしない!!」


 ワイバーンは種族である飛竜という特性を最大限に生かし、常に俺達の上空から攻撃を仕掛けてきているのだ。


 そうなると空を飛べない俺の攻撃は届かず、向こうが攻撃を仕掛けてくる瞬間に合わせて反撃を行うしかない。そうすれば当然効率は落ちると言わざるを得ない。跳躍からの攻撃を試してはみたが、いくらステータスが向上しているとはいえ、上空10メートル以上の高度を旋回しているワイバーンには届かない。


 カナデも浮遊のスキルを持ってはいるが、元来空を飛びまわるワイバーンの飛行には遠く及ばない。焼却魔法は有効ではあるが、戦闘のフィールドが慣れない空であるせいか、なかなか狙いが定まらないようだ。その証拠に、今も燃やそうとしたワイバーンの羽だけを燃やすという効率の悪さを見せつけている。


「キリがないですよ!」


 加えて後から後から湧き出るように出現するワイバーン達に、俺達の苛立ちのゲージはどんどんと積み重なっていく。


「こうなったら全開です!!もう手加減なんてしてやりません!全方位焼き払ってやります!!」


「落ち着け!!それが失敗したらどうするつもりだ!」


「そんなことはその時に考えればいいんですよ!!」


 先に苛立ちのケージが限界を振り切ったカナデが、ヒステリックにそう叫びながらどんどんと魔力を高めていく。


 こいつとはまだ短い付き合いだが、その性格はおおよそつかめて来た。


 猪突猛進。直情型で感情任せ、自分でこれと決めたものに突き進む頑固者。


 よく言えば一途と言えるかもしれないが、さっきからの発言を聞いていると、切れやすい若者という言葉がぴったり当てはまるようにも感じてしまう。


 こういうタイプの奴がこの状態になってしまったら、止めることは至難を極める。無理矢理止めることも出来なくはないが、このいつ終わるとも知れない状況で、仲間割れに近いことをするのはリスクが高い。


「覚悟してください!!」


 俺に向かってきたワイバーンを寸でのところで交わし、クロスカウンター気味に槍で突きさしながら、いかにしてカナデを宥めようかと考えて居たのだが、どうやら時間切れのようだ。


 最大限まで高めた魔力は目に見える形となり、カナデからまるでオーラのように立ち上る。


 その色はカナデの放つ炎と同じ深青。


 触れることができるそうなほど濃密に立ち込めるカナデの魔力に、俺は思わずその場から後退した。結果的にその判断がよかった。


「完全焼却!!」


 カナデの言葉の直後、空が炎に包まれた。よく火事が起こった際などに似たような表現が使われることがあるが、今俺の目の前で起こっている現象はそんな生易しいものではない。


 目に見える範囲、360度全てが炎。青い炎の葬列は上空に存在する者全ての生存を許すことはない。その熱量で全ての生きるものを焼き払ってしまう。


 先ほどまで俺がいた場所も、その高温ですでに溶解しかかっている。空で起こったはずの現象が地面にまで影響を与えるほどの魔法。カナデのステータス、つまり魔力特化に突き抜けたがゆえの攻撃と言えるだろう。


「これで……、はぁ……、全滅です!」


 おそらく魔力を相当に消費したのか、肩で息をしながらそう言うカナデ。そしてそれはこの場においてもっとも口にしてはいけないタイプの言葉だった。


「チッ……」


 確かにワイバーンはカナデの魔法で全滅した。空に我が物顔で羽ばたく飛竜たちおよそ数十は、跡形もなく灰燼に帰したことは間違いない。


 だがあくまで倒せたのは目に映る範囲のワイバーンであり、決してこの山脈に生息する全てのワイバーンを殲滅したというわけではないのだ。


“検索結果:さらに三十以上のワイバーンを確認。この山脈、『死骨山脈』に生息するワイバーンは少なくとも千を超えることが予想されます”


 その山に入ったものは、死して骨となり埋もれていく。ゆえに死骨山脈。そこは飛竜たちの楽園であり、人にとっての墓場の一つ。


 飛竜たちとの戦いは、未だ終わりが見えることはない。


 ◇


 さらに三十分が経過したが、俺達はワイバーンとの戦闘は泥仕合を呈し始めていた。


「キリがないですよ!!」


「お前それ、さっきも言ってただろ!!」


「違います!さっきよりもびっくりマークが一つ増えてます!!」


「そんなこと伝わるか!!」


 相変わらずの暴言の応酬だが、これもやはり先ほどとは状況が変わっていた。カナデの魔力は先ほどの広範囲魔法ですでにガス欠寸前。俺の方もカウンターという後の先しかとれない戦い方のせいで、集中力が切れかけている。


 このままではいずれワイバーンの攻撃を受けてしまうだろう。ステータス差があるから一撃で死ぬことはないだろうが、それなりの怪我をすることは予想できる。


「撤退だな」


「いやいやいや!何を言ってるんですか!!あの羽根つきトカゲ達からしっぽ巻いて逃げるって言うんですか!!」


「状況見ろよ馬鹿!あんな量相手にしてられるか!!」


「だからって逃げるとかないです!私と恭介さんならあんな羽虫なんて楽勝ですって!!」


「言葉が悪いんだよお前は!勘違いすんな!逃げるんじゃなくて撤退だ!戦略的撤退ってやつだよ!!」


 負けはないだろうが勝ち筋が見えない。この山脈に住むワイバーン全てを相手にしなければいけない可能性がある以上、流石にそれは現実的じゃない。


「退くぞ!」


「~~~っ!この屈辱は忘れません!覚えておいてくださいよー!!」


 それじゃあどっからどう見ても負け犬の遠吠えだが、今は野暮な突っ込みをしている場合ではない。


 今まで攻撃と回避に割いていたリソースを全て撤退に回す。


 わずかとはいえ登った山道を全速力で下っていく。俺のすぐ後ろで、撤退に納得のいかないカナデが悔し紛れに焼却魔法を放つも、ワイバーンを一匹落とすので精一杯。打つ手の亡くなった俺達は、結局もと来た道を引き返し、永久の森に飛び込むしかなかったのである。


 ◇


 あれだけ森の終わりを熱望していたはずなのに、今はその森にいることが落ちつくとは皮肉にもほどがある。


 死骨山脈から撤退した俺達は、いつものようにトレーラーハウスで休息をとっていた。しかししていることは一緒でも、その中にいる俺達の様子はいつもとは全く違った。


「リベンジを要求します」


「もちろんそのつもりだが、何かしらの対策を考えてからだ。無策でも突っ込んでもさっきの二の舞になるだけだぞ」


「作戦なんていりませんよ!少し休めば私の魔力も回復します!さっきの戦闘でレベルも上がったでしょうし、今度はさっきのようにはいきませんから!!」


「対個だったらカナデの言う通りだが、集団、しかもあれだけの量に相手の得意な状況で戦うんだ。少しレベルが上がったくらいじゃ状況が変わらない」


「なら余裕で突っ切れるまで戦っては撤退を繰り返せばいいんです!私達のレベルも上がる、相手の戦力も削げるしで一石二鳥ですよ!!」


「一理あるがそれは最終手段だ。相手の全体的な戦力が分からない以上、いつ成功するかわかったもんじゃないからな」


「ならどうするんですか!!あの羽根つきトカゲにどうやって報復するって言うんですか!」


「それを今考えてるんだろ。少しは大人しくしろ」


 山から撤退して以降、こんな押し問答がずっと続いている。すぐにでも再度山ヘ向かおうとするカナデと、策を練ろうとする俺。対立する両者の意見は平行線をたどり、一向にいいアイデアなど出てきはしない。


 カナデの案を決して否定したいわけではない。俺とて撤退など業腹だし、まして世界に抗うと決めたのだから、それに反するような行いはしたくはないのだ。


 しかし何度も言うように、時には撤退が勝利ということもある。逃げるが勝ち、生きてさえいれば負けではない。今回の戦いはどちらかと言えばその側面が強いのだ。


“検索結果:ワイバーン。 種族:飛竜種。

レベル:20

      攻撃:235

      防御:311

      素早さ:330

      魔法攻撃:30

      魔法防御:30

      魔力:20”


 これがインデックスが教えてくれたワイバーンのステータスだ。はっきり言って相当強いと言っていいのではないだろうか?


 低レベルながら物理に特化したステータスは、王女の話によるこの世界の平均ステータスより圧倒的に高い。加えて人にはない翼を持っているのだから、例え軍が大挙をなして山に押し寄せたとしても、死骨山脈の由来に沿うとし思えない。


 それでもステータス上は俺達の方が上だからこそ、力技だけで百以上のワイバーンを屠り、その上で無限湧きのように感じるあの大群の中から、ほとんど無傷で撤退することも出来たのだ。


「せめて相手のフィールドで戦えればやりようもあるんだが」


「そうです!その通りです!恭介さんも飛べばいいんです!!私はすでに飛べますので、恭介さんが飛べば相手の有利は減るじゃないですか!!」


 名案とばかりに目を見開き頷くカナデ。対する俺は大きなため息を吐くほかない。


「人は飛べない。そのくらい分かれよ」


「そこは気合でなんとかしてください!恭介さんなら出来るはずです!!」


「気合は万能薬じゃないんだよ!!」


 無茶苦茶な理論に突っ込みを入れるのは楽じゃない。戦闘の疲れに加えて精神的な疲労が加わり、俺はとりあえず一度思考を放棄することにした。


 今の状態で考えてもいい案がでるとは思えない。一度休んでリフレッシュしてから再度考える方が、いくらか可能性はあがるだろう。そう思ったのだが、カナデはそうは思わなかったらしい」


「むぅ、欲求不満です」


「なぜお前は実体化して俺の上に乗っている」


「トカゲにいいようにやられて逃げた上に、恭介さんは私の案を否定しかしません。ゆえに欲求不満なんです」


「その気持ちは分かるが、欲求不満のベクトルがおかしいだろ?こらっ!どこ触ってんだ!!」


「なんだ、恭介さんも欲求不満じゃないですか!なら話は早いです!戦闘での憂さ晴らしはこれが一番って昔から決まってるんですよ!!」


「やかましいこの痴女が!てか昔って、お前記憶ないんだろうがっ、て、やめっ……!?」


「よいではないかーよいではないかー」


 これ以上は語るのはよそう。俺に言えるのは、この後しっかりお互いに欲求不満を解消して、しっかりと眠りに落ちて休息を取ったということだけだ。


 ちなみに今更だがこトレーラーハウス、どうやら魔物除けの結界なんてものが付いているらしい。インデックスが教えてくれたのだが、あの男、ほんとに一体何者なんだろうな。


 おかげで中でナニをしても魔物が寄ってこないからいいんだけども。というかカナデってほんとに床上手で困る。おかげで毎回絞りつくされてしまう。まぁ、悪くはないんだけどな。


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