第10話 森を抜けた先で
第10話~森を抜けた先で~
「わかりました。出会い次第、その人たちは全員焼却しましょう」
二人で歩く森の中、カナデはえらく物騒なことを言い出した。
「出会って即殺とか、おまえはどこの殺し屋だよ」
「恭介さんをそんな風に虐げて、おまけに魔族として陥れようとしたんです。十分に焼却する理由になりえます」
「怒ってくれるのは嬉しいが、面倒しか起こらないだろうから一度落ち着け。それからその殺気を抑えろ」
半透明な体から、冷たい冷気のような殺気を振りまくカナデを宥める俺。出会ってからの元気いっぱいと言った明るい表情はなりを潜め、いまや般若のごとき無表情をしているカナデに思わず身震いしてしまう。
話さない方がよかったかもしれない。
事の起こりはまずはお互いをよく知ろうというカナデの一言だった。
俺がカナデを仲間として受け入れ、そのままなぜか情事に至るという意味不明なことをしていたせいで、朝に目覚めたはずなのに、その日はすでに夜になるという事態になってしまった。そのまま出発してもよかったのだが、できれば日中に行動したい俺の意向にカナデが従い、トレーラーハウスで朝まで過ごすということになったのだ。
途中もう一度カナデに押し倒され、余計な体力を使ったのは計算外だったが、とにもかくにも休息をしっかりと取り、夜も明けた朝に出発となったのだ。
当初と同じく北に向けて歩く最中、カナデが先ほどの一言を俺に向けた。確かにこれから仲間として旅をする以上、お互いのことを知っておくのは大切なことだ。まして通常とは違う特殊な出会い方をした俺達は、尚の事それが必要なことだろう。
最初は簡単な身の上話だけだった。両親はいなくて、学校でも友人があまりいなくてなどと言った、すこしぼかした説明程度で深くは話さないようにししていた。
しかしカナデはその俺のぼかした表現をすぐに看破し、そして慈愛に満ちた表情で俺に詳細を求めたのだ。
すでにカナデのことをだいぶ信用している俺は、慣れない優しさという追い打ちに全てを白状。結果、怒髪天を点いたカナデの出来上がりという事態に至ったというわけだ。
「なんでそんな理由で恭介さんがいじめられなきゃいけないんですか!!理不尽です!最悪です!そんな人たちは例外なく燃えればいいんですよ!!」
「燃やす以外の選択肢はお前にはないのかよ!?」
そうやって突っ込んではみたものの、俺の話に憤りをあらわにしてくれたカナデに、内心で嬉しさを感じていたのも事実。
あまりに暗い人生が続いてしまったせいか、どうやら俺は心から怒るという機能が麻痺してしまっていたようだ。だから、俺の代わりに怒ってくれるカナデの言葉がすごく嬉しかったのだ。
「まったくもって不愉快です!!」
自分でそう言ってさらに不満を募らせる。そんなカナデの様子に苦笑しつつ、俺達はさらに森の中を進んでいった。
◇
森の中は昼間だろうと相変わらずアンデットで溢れている。
スケルトンはもちろんのこと、今日に入ってからはゾンビと思われる魔物に遭遇するようにもなっていた。
“検索結果:ゾンビ・ソルジャー 種族 アンデット。兵士が肉体を持って蘇った姿。生前の技能を有するが、その肉体は脆い ”
骨になったスケルトンと、肉体を持っているゾンビ・ソルジャー。どちらも人の成れの果ての姿のようだが、立ちふさがるなら関係はない。
襲い来る魔物を槍で突き、薙ぎ払い、光の粒子に変えていく。
「全部燃えてしまえばいいんです!!」
隣の相棒はといえば、まだ怒りが収まらないのか魔物を容赦なく燃やし尽くしていた。
カナデの攻撃により、一瞬で灰へと姿を変えるゾンビの群。確か数瞬前には十数体のゾンビ・ソルジャーがいたはずなのだが、眼前に広がるのは燃え盛る炎の葬列のみ。
炎の熱気は俺の顔を異常なまでに熱くしていくが、不思議なことに燃え移るということはないらしい。その証拠に目の前で燃え盛る炎は、ゾンビがいた半径十メートルほどの範囲からは一切外には出ていない。
ここは森の中で、炎は木々にこれ以上にないほどに接近しているのに、それでも指定された範囲より燃え広がることはないのだ。
「燃やしたいもの以外を燃やすなんて三流のすることです!!」
とはカナデの言葉。なんにせよ、非常に強力な奴が仲間になってくれたことはありがたい。これからのことを考えれば、俺には追手がかかるのは間違いないのだから少しでも強い仲間が必要なのだ。
その仲間が幽霊で、しかもちょっと性格があれなのはこの際目を瞑る。メリットにはデメリットがつきものだからな。
さて、そんなカナデのステータスなのだが、これまたぶっ飛んだ内容となっていたのには驚いた。
“検索結果:対象のステータス
名前:カナデ
種族:幽霊族
レベル:35
適職:焼却師
適正魔法:焼却魔法(レベル15)
スキル:浮遊(レベル7) 物理耐性(レベル7)
魔の卵(レベル11) 獄炎(レベル20)
ステータス 攻撃:15
防御:15
素早さ:836
魔法攻撃:1562
魔法防御:1643
魔力:2321“
魔法特化。これ以外の言葉はないだろう。しかも適職や魔法に見える焼却の文字。加えてスキルの獄炎。どこまで燃やしたいのかと思ってしまうが、ここまで突き抜けていると逆に清々しく思えてしまう。
スキル自体のレベルも高く、本人のレベルも高い。だてに200年もこの森の中にいたわけではないようだ。そしてカナデにも天恵はなかったのだが、これだけの能力があるのだから、それくらい誤差のようなものだ。少なくともこいつ、俺なんかよりもはるかに強い。怒りの矛先が俺に向かないように気を付けることにしよう。
最初よりはましだが、いまだにぷりぷりと怒っているカナデを見て、ひそかにそう決意したのだった。
次いで気になったのは俺のステータスだ。スケルトンとの戦闘でレベルが上がったのは知っていたが、状況的に確認している暇がなかった。その後もなんやかんや、主にカナデのことがあったせいで、ここまで確認できていなかったのだ。
体力回復し、頼りになる仲間も出来た。この辺りで確認しておくのがいいだろう。そう思ったのだが、俺はその結果に驚愕する。
“名前:斎藤 恭介
種族:人族
レベル:15
適職:なし
適正魔法:身体強化魔法(レベル15)
スキル:槍術(レベル7) 錬金術(レベル5)
索引(レベル5) 収納(レベル4)
ステータス 攻撃:124×3.5=434
防御:110×3.5=385
素早さ:114×3.5=399
魔法攻撃:71×3.5=249
魔法防御:73×3.5=256
魔力:66×3.5=231“
なんかステータスがおかしかった。
最初に聞いた王女の話では、この世界の上位者のステータスが500~600程だったはずだ。兵士に立っては100程度。それと比べてこのステータスはぶっ飛んでいる。
このレベルでここまで上がっているということは、この先一体どこまでステータスは上昇していくのか。身体強化魔法の強化率がこのまま変わらないのであれば、そのうちとんでもないことになるのは自明の理。もしかしたら世界最強も見えてくるかもしれない。
「集中焼却!!」
自身のステータスの上昇に、甘い妄想を抱いたところで我に返った。
俺の横で相変わらず魔法をぶっ放しているカナデ。目の前には半径2メートルほどの炎の円柱がはるか上空に向けてそびえたっている。
「塵の一つも残しません!!」
“検索結果:巨獣型のスケルトンに遭遇しましたが、今しがた無に帰しました。どうやら焼却魔法を圧縮し、威力を高めたようです。尚、相対したスケルトンのもととなった巨獣に関しては、情報が少なく検索しきれませんでした”
上には上がいる。この言葉をこれほどまで強く感じたことはない。ステータスにおいても、その威力に関してもぶっ壊れている相棒に、俺は自身のステータスについて深く考えることをやめたのだった。
◇
それから数日、俺とカナデは北へ向けてただひたすらに歩き続けた。遭遇する魔物も今の俺と、ぶっ壊れステータスのカナデの前では塵芥にに等しい。
“検索結果:シルビウス上より北北東に1532キロ地点です”
この世界に来て今日で一週間半。いろいろあったが、この永久の森もそろそろ終わりに近づいてきたようだ。
「恭介さん見てください!!」
カナデの言葉を聞かなくても俺にも見えていた。うんざりするほど見続けていた木々の群が、ようやく終わろうとしていたのだ。
およそ1500キロという果てしない距離。東京から沖縄までの距離がだいたいそのくらいだと思えば、どれだけこの森が広大で、そして俺がどれだけ歩いたかが分かるという物だ。
もっとも、それだけの距離をわずか一週間半で歩けたのは、身体強化魔法により俺の素早さが上がっているからに他ならない。そうでなければそんな途方もない距離をこんな短時間で進んでくることなど不可能だ。
「ようやく終わりか……」
「これで私もこの辛気臭い森とおさらばできるんですね!!私の時代が到来です!!町でイケイケに暮らしていくんです!!」
はしゃぐカナデの様子に、俺もつられてテンションが上がる。それも当然だ。方や幽霊となって200年森を彷徨っていた者。方やいきなり飛ばされた異世界で、意味も分からず殺されかけてこの森に逃げ込んだもの。
どちらもこの世界の全ては、このアンデットで溢れる森しか知らない。細かいことを言えば、俺はシルビウス城のことも知ってはいるが、あそこで過ごした時間なんてノーカンでいいだろう。
そんな背景から、俺達は出会ってからで一番のテンションで森を走り抜ける。
「さようなら森!!そしてこんにちは新しい世界!!」
先に森を抜けたカナデに次いで、俺も木々の合間から森を抜けだす。これで少しは状況も好転する。根拠はないが、そんなことを思っていた。
この森を抜ければ。
その思いでずっと森を歩いてきたのだ。しかし現実はやはり甘くなくて、どこまでも俺の希望を打ち砕いてくる。先に森を抜け、その先の光景を見たカナデも何も言葉を発しない。
それほどまでに、希望を持って森を抜けた俺達に突きつけられた現実はショックが大きかったのだ。
「山……、ですよね……」
「山……、だな」
「大きい……、ですね……」
「そうだな……、頂上が雲で見えないくらいだからな」
「これ、登らないといけないんですか?」
「だろうな……」
森を抜けた先に現れたのは、雄大にそびえたつ山々。いや、山脈と言った方が正しいだろうか。
右を見ても左を見ても山、山、山。当然回避する方法などあるわけもなく、俺達にある選択肢は山を登るか、もしくは森へと引き返すかの二択のみ。
「山って燃やし尽くせませんかね……」
「木どころか、草も少ないみたいだし無理だろ」
「自分の力のなさが恨めしいです……」
カナデの戯言は置いておくが、言葉の通り、目の前の山は荒れ果てていた。今まで飽きるほどあった木々はなく、雑草の一つも生えているようには見えない。
代わりに山の斜面に見えるのは、巨大な岩石と赤茶けた砂と土のみ。まるで西部劇でよく見る荒れた大地がそのまま山になったような、そんな光景が眼前にどこまでも広がっているのだ。
「森を抜けたらそこは山だった……。やっぱり森に引きこもってる方がよかったんでしょうか……?」
「なら今から戻ってもいいんだぞ?」
「急に登山な気分になってきたんで大丈夫です!!」
こうして俺達は山を登り始めることとなった。どこまでも理不尽なこの世界は、やはり俺には全く優しくはないようだ。
それでも抗うと決めた以上、こんなところで投げ出す気は毛頭ない。世界が理不尽を与えてくるのなら、俺はそれを真正面から潰していくだけだ。
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