第9話 謎の少女
第9話~謎の少女~
スケルトンの群を全て片付けた俺は、先ほどまで有象無象が蠢いていた草原に大の字に寝ころんだ。
ステータスの向上のおかげでそこまで肉体的に疲労はしていないが、やはりあの終わりの見えないスケルトンマラソンは、精神的には非常に疲れの溜まる物だった。
とりあえずステータスのチェックなんかは全部後回し。今は何もせず、何も考えずにこのまま眠りたい気分だった。
「あのー、お疲れのところ申し訳ないのですがー、できたら私とお話して欲しいです!!」
まぁそうなるよな。
閉じた目をうっすら開けて、声のする方に視線を向けると、半透明の少女が俺を見下ろしながら困ったような表情を浮かべていた。
ふわふわと浮かびながら。
「よかった!目を開けてくれました!!このまま私の存在がなかったことにされたらどうしようかと思いましたよー」
「できれば数時間なかったことにして寝かせてくれるとありがたい」
「それは私が寂しいので却下です!話を聞いてくれた後なら添い寝してあげますので今は我慢してください!」
背中まで伸びた髪を揺らしながら、うっとうしいほどに元気よくそう主張する半透明少女。この様子だと、ちゃんと話を聞かない限りは寝かせてはくれないだろう。
それにだ。確かにこいつの登場で戦況が傾き、俺の戦闘が明らかに楽になったのは事実。こちらとしても聞きたいことはいろいろとあるわけだから、多少の眠気は我慢して話をすることにする。
「さて、それじゃあお前は一体なんなんだよ?」
話をするのだから流石に寝ころんだままではと思ったが、やっぱり体がだるいので座るまでにとどめる。半透明少女にとっては俺の姿勢など、特に気に留めることでもなかったようで、それよりも俺が話しかけたことの方が嬉しかったらしい。それはもうわかりやすく表情を輝かせた。
「はい!私この森で200年ほど幽霊をやっていますカナデって言います!!なんで幽霊になったのかとか、生前はなにしてのかとはちっとも覚えていません!」
まさにハイテンション。その様子にあっけに取られている俺などお構いなしに、カナデと名乗った幽霊の話は続く。
「幽霊になってからすることもなくて、毎日遭遇する骨さんと戯れていました。幽霊なので食べ物も食べれない。睡眠も特に必要ない。森の中には娯楽もなんにもないですし、この森にはだーれも来ません。毎日がつまらなくてぷかぷか浮くことしかすることがありませんでした。あまりに暇すぎて、森の木の本数を一本一本数えるなんてこともしましたよ!!」
あっけらかんと話しているが、その内容がだいぶハードで笑えない。きっと俺の顔はしっかりと引きつっていることだろう。
「今日も今日とてすることもなくブリッジしながら浮いて森を漂っていたわけですが、どこかで大きな音がするじゃありませんか!!いつもは私が大声で歌っても、一人漫談をしても静寂しか返さない森が、どういうわけか騒音を出しているんです!私はもうわき目も振らずに走りましたよ!それはもう、メロスも顔負けの速度だったと思います!!」
「そ、そうか……」
「はい!ここ200年で一番の全力疾走だったといっても過言ではないです!私、幽霊なんで足ないんですけどね!!」
もうやだこいつ。
それが俺の嘘偽りない感想だ。もしかしたら俺は、とんでもない選択ミスをしてしまったのではないだろうか。話なんて聞かずに、全てを無視して眠ってしまった方がよかったのではないだろうか。いや、そもそもこの半透明少女が登場した段階でこの場から逃げ出すのが正解だったような気もする。変に共闘なんかせずに、わき目も振らず一目散に。
しかしなんでだろう。ここまでにあった選択という分岐路を思い返して別のルートを選択し直すと仮定してみても、どうやってもこいつから逃げ切れる未来が見えない。
遭遇がすでに詰み。クソゲーここに極まれりだ。
「音の場所に来てみたら、未だかつてない数の骨さん達。なんかおっきいのもいますし、最初はパーティーでもしてるのかと思って混ぜてもらおうと思ったんですよ!ですけどよく見たらお兄さんが一人で戦ってるじゃないですか!しかもお兄さんこの森で初めて見る生きた人です!これはもう、加勢でもなんでもして絶対にお近づきにならなくてはと思ったというわけなんです!!」
「その結果があの大炎上ってか?」
「私の燃え盛るパッションを表現させてもらいました!」
「物理で燃える情熱なんていらねぇよ!!」
もうわかった。こいつはどう考えても危険人物だ。思考回路が常人の斜め上にぶっ飛んでるってことが、この数分だけでよくわかった。
こういう奴には近づかないに限る。少なくとも敵ではないようだが、扱いようによっては敵よりも厄介な存在になるかもしれない。いやきっとなる。こいつはそういうタイプだ。
「手伝ってくれたことには礼を言う。一人でもなんとかなったとは思うが、倒しきるのにもっと時間がかかったのは間違いないだろうからな」
「いえいえいいんですよー!私はお兄さんの相棒になりたくて打算で近づいただけなんですからー!」
「そういうの隠せな?それが本音なら絶対に言っちゃいけないやつだからなそれ!」
「私、嘘つけない性格なんです!」
うん、あれだ。とにかくこいつからは一刻も早く距離を取ろう。それが絶対にいい。お近づきには絶対になってはならない。何があってもだ!!
「そ、それじゃあ俺、先を急ぐからこの辺で。ありがとな!!」
言うが早いか、相手の返答など待たずに俺は走り出した。しかも全力疾走。この世界に来て向上したステータスに物を言わせ、何も考えることなく一直線に森の中へと駆け出していく。
後ろで何かを叫んでいる声が聞こえる気もするが、それを聞いてはいけない。あれは悪魔のささやきで、一回でも聞いてしまえば、俺はずるずると破滅への道を辿ってしまうことになるだろう。
ここまで命からがらようやく逃げ延びて来たのだ。自ら地獄への片道切符をつかむ必要なんてかけらもないのだ。
インデックスのコンパス機能を使い、俺は体力の続く限り北へと走った。ただ真っ直ぐ。絶対に振り返らないようにしながら。
スケルトンとの戦いよりも消耗した気がするのは、きっと気のせいであると信じたい。
◇
あれから一時間。どれだけの距離を走ったのかは分からないが、相当の距離を移動したことだけはわかる。
“検索結果:戦闘地点より北へ80㎞。現在地『永久の森』”
ここが永久の森だということに変わりはないようだが、どうやら80キロも俺は一時間で走ったようだ。車と変わらない移動速度に驚きやら呆れと言った感情を覚えるが、さすがにもう疲れた。これ以上は一歩も動きたくない。
止まったことで急激に襲ってくる眠気をなんとか堪え、収納からトレーラーハウスを取り出し、中に入ってベッドに倒れこむ。
濃密な一日だった。異世界に来て数日だが、一番いろんなことがあったはずの一日目よりも、もしかしたら濃密だったかもしれない。
そう思い返し、目を瞑り眠りの世界へと落ちようとした時だった。
「はぇー!すごいですねー!急にこんな家取り出すなんてお兄さんただものじゃないですね!!」
聞こえちゃいけない声がした。
目を開けたくはないがそうもいかない。現状を把握するためには、しっかり目を開けて現実を直視しなければいけないのだから。
またもうっすらと目を開けて声の方向に視線を向けようとしたが、どうやら今度はそんな必要すらなかったようだ。
「急にどっか行っちゃうなんてひどいじゃないですかー!私まだちゃんと全部を伝えられてないんですよ?」
視界いっぱいに広がる幽霊少女の顔。覗き込まれているということは理解できたが、どうやらその状況に俺のキャパがついについてこれなくなったらしい。
もうこいつ、ほんとにやだ。
強制的に眠りに落ちる前に思ったのは、やはりこのわけのわからない存在に対する、そんな語彙力が無くなってしまった言葉だった。
◇
目覚めたら幽霊がご飯を作っていた。意味が分からないのは承知の上だが、それが事実なのだから仕方がない。
自信を保つために強制的に意識を飛ばした俺だったが、何やらうまさそうな匂いが鼻孔をくすぐったことで目を覚ました。
“検索結果:入眠から四時間が経過しています”
インデックスの絶妙な進言で、あれからどのくらいの時間がったのかを把握する。昨夜の戦闘開始が夜だったことを考えると、そろそろ朝になるころだろう。
ここに来てほとんど昼夜逆転に近い生活を送っていたので、目覚めたら朝だったというのは素直に嬉しいことだ。
やはり人間というものは夜行性ではないのだから、夜はしっかりと眠り昼間に活動するべきなのだ。それでこそパフォーマンスが最大限に発揮されるというもの。今夜からはしっかりと夜は眠ることにしたいと思う。
“検索結果:現実から目を背けることはお勧めしません”
インデックス、何度も言うがそれは検索結果ではない。だがインデックスの言うことにも一理ある。このまま現実から逃避し続けては、物事が前に進まない。甚だ不本意ではあるが、俺が逃避したい元凶に話しかける必要があるだろう。
「あ、お目覚めになりました?昨夜は大変でしたからお疲れになってたんですねー。ささ、朝の食事をご用意しましたので冷めないうちにどうぞ!いやー、料理なんて久しぶりにしたんですけど、存外なんとかなるもんですねー!」
決意を固めた俺に対して、そんな新妻のような台詞をかけてくる幽霊がいる。この時点でもう一度意識を飛ばしたい衝動にかられたが、このままではな話が進まないので堪える。
「あのさ、お前……」
「このベーコンエッグなんてうまくできたと思いません!?ほらほら、このベーコンの焦げ具合と黄身の半熟加減が最高ですよ!!」
もういいや。
どうにもこいつと絡むと投げやりになってしまうようだ。ひとまず俺は用意された食事を無心で口に運ぶ作業に従事することにしたのだった。
ちなみに食事が確かに美味しかったことだけがここに明記しておく。幽霊が食事を食べる光景についてはノーコメントだ。
◇
「で、お前はどうしたいんだよ?」
食事も終わり、今度は鼻歌を歌いながら後片付けをし始めた幽霊、もといカナデで対して俺はそう問い掛けた。
このシチュエーションが元の世界で、しかも相手が生身であればリア充最高となるのだが、ここが異世界で相手が幽霊である以上そうもいかない。
「ちなみにお前はどうやってここに入り込んだ?」
どうやって追いついたかは怖いから聞かない。きっと俺のステータスによる全力疾走なんて大したことはなかったと心に言い聞かせることにする。
「そうですね。簡単な質問から先に応えますと、私幽霊ですので壁とか通り抜けられるんですよね」
最悪だった。もうほんとに最悪だった。
つまりこいつには物理的な障害はほぼないということだ。どんなに強固な扉の向こうに隠れようが、どんなに堅牢な金庫の中だろうが、こいつにとってはないも同じ。この時点で逃げることが不可能ということになってしまった。
「でもでも、触りたいものは選べるんですよ!じゃなかったらお皿とかご飯とか触れませんからね!!」
そう言いながらぺたぺたと俺の体に触れてくるカナデ。幽霊という物の定義を一からインデックスに検索してもらおうかと思ったが、ここは異世界だということを思い出し辞めた。
ここはあくまで異世界だ。俺の物差しで測り切れないことなんて腐るほどあるのだろう。そう思わなければやってられない。
「わかった。わかったから頬をつつくな。引っ張るな!!」
「えー、少しくらいいいじゃないですかー!200年ぶりのスキンシップですよ?人肌ですよー!舞いあがる私のパトスを受け止めてくださいよー!!」
「やかましい!いいからもう一つの質問に答えろ!!」
うざったらしくまとわりつくカナデを払いのけ、もう一つの質問の答えを促す。というかこちらからも幽霊に触れるんだな。
「そっちも割と答えは簡単ですよ?」
「なんだよ?」
「端的に言いますと、私はお兄さんに同行したいんです!!」
眩暈がした。半ば死刑宣告を受けた気がしたのは絶対に気のせいではないはずだ。
「なんで……?」
「何時間か前に説明した通り、私ってこうなる前の記憶がないんですよ?だから自分がどこの誰で、なんでこんなことになってるかもわからないわけじゃないですか。なのでそれが知りたいんです!ですけど幽霊少女一人じゃ森から出られない。なのでお兄さんについていきたいんです!!」
「一人で行ってくれ……」
「幽霊一人じゃ聞き込み出来ないじゃないですかー!除霊でもされたら責任とってくれますか!?」
出来ることなら俺が除霊してやりたいが、生憎そんなスキルの持ち合わせはない。見るからに物理特化の俺にはこの幽霊、相性が悪すぎる。
「というわけでお兄さんに同行させてください!」
「……俺にメリットは?」
「炊事、洗濯、家事は万能!!おまけに美少女です!!これ以上のメリットってあります?」
「自分で言うなよ!!」
「我儘な人ですねー!あ、ちなみに私床上手ですよ?」
「お前ほんとに記憶ないんだよな!?」
気が付けばこいつのペースにまんまと乗せられている自分がいる。このままではきっと押し切られてしまう。そんな予感がしたが、しかしどこかでそれを楽しんでいる自分がいることにも気付く。
この世界に来てから、いや、元の世界でもこんな風に俺に接してきた奴はいなかった。
俺に対する周囲の態度は、腫物を触るようなものか、もしく蔑すむもの。
俺が何をしたわけではない。どう客観的に見ても、ただ運が悪かったとしか言えない生い立ちだったはず。両親に捨てられた。木山に目をつけられた。それだけで俺の人生は歪み、誰からも見捨てられたものになった。
だけどこいつは違う。何も知らないというのもあるかもしれない。加えてこいつにはこいつなりの思惑がることだってわかっている。
そういったことを全部ひっくるめて、俺はこいつと過ごしているこの時間が悪くない者だと思ってしまっている。この世界に対して、全ての理不尽に対して一人で抗うと決めたばかりなのに。
「お願いします。私は自分のことが知りたいんです。どうして幽霊になっているのか。どうして私は死んでしまったのかを。意味も分からず、理由もわからず今場所でいつ終わるのかもわからない時をすごすなんて、そんな理不尽ってないじゃないですか?」
その言葉は反則だ。こいつも、カナデもこの世界の理不尽に晒されているという事実。そしてそれに抗おうとしているという事実。
断れるわけがなかったのだ。
「俺は追われてる身だ。着いてきてもきっといいことなんてないぞ?」
「構いませんよ!私幽霊ですもん!いざとなったら逃げますので!」
「俺に着いてきたって手掛かりがつかめる保証なんてないんだぞ?」
「ここにいつまでもいるよりもずっとましです!こんな薄暗いところにいたら、気分も沈むってものですよ!!」
「……、俺がいい奴だなんて保証、ないんだぞ?」
言うつもりのなかった言葉。
すでにカナデが俺についてくるということを、拒否するつもりはなかった。
口ではなんと言いながらも、隣にいる好意的な感情を向けてくる相手を拒むことなんて俺には出来るはずがない。
俺の人生で、初めて偏見も何もなく対等に話してくれた相手。もしかしたら他にもそんな人はいたのかもしれないが、俺の記憶にはないのだからいないのと同じだ。
騙されている可能性だって大いにある。
相手に取り入って、油断させたところを殺すような魔物なのかもしれない。
「お兄さんがですか?」
「ああ、初対面の俺をそんなに簡単に信用していいのか?」
俺が思っていることを、そのままカナデにぶつける。結局俺は弱いのだ。世界に抗うだなんだと言っても、少し優しくされたらすぐに迷う。
騙されたくない、裏切られたくない。心の奥の弱い自分が迷いをさらに大きくする。
「お兄さんなら大丈夫です!」
受け入れたいのに逃げようとする。これまでの自分への仕打ちを思い出し、自分の殻にこもろうとする俺に、カナデの迷いのない声が届いた。
「お兄さんは悪い人じゃないと思います!!」
「何を根拠に……」
「勘です!!」
そう言い切ったカナデ。
勘。根拠もなければ保証もない。そんなあやふやな物に身を委ねる行為。非常に愚かとしか言いようがない行為のはずなのに、カナデの瞳は揺らがない。
「確かにこの場所で、はじめて出会ったのがお兄さんでした。このままこの森で一人で過ごすことが限界になっていたのも事実です。ですが誰でもよかったわけではないです。お兄さんが信用できる人だと思ったから一緒についていこうと思ったんですよ!」
カナデは言うことは全て言ったと俺を見る。その言葉にあっけにとられる俺。
「くっ……」
「?」
「っははははは!!」
俺は笑った。それこそこんなに大きな声で、感情の赴くままに笑ったことなんていつぶりだろう。もしかしたら、物心ついてから初めてかもしれない。
「な、なんで笑うんですか!?私何か変なこと言いました!?」
「い、いやっ、ただ、なんだか自分がいろいろ考えてたことが馬鹿らしく思えてきてな」
人の言葉の裏を読み、自分の感情すら疑ってきた俺。だけどカナデの迷いのない言葉を聞いて、そんなことが全部馬鹿らしく思えてきたのだ。
たまには俺も、自分の勘の赴くままに行動しよう。もしそれで後悔することになったとしても、それならきっと仕方なかったと思えるはずだから。
「斎藤恭介だ」
「はぇ?」
「お兄さんじゃなくて斎藤恭介。これからついてくるならちゃんと名前で呼んでくれ」
俺の言葉にカナデは最初何を言われているかわからなかったようだが、次第に理解したようで、最後にはこれまで見た中で一番の笑顔で頷いてくれた。
「はい!よろしくお願いします、恭介さん!!」
この選択が正しかったのかそうでなかったのか。きっとそれどうでもいいのだろう。だって俺は、ここでカナデという存在に出会えたことで、この世界に来て崩れかかっていた心を繋ぎとめることができたのだから。
ここが新たなスタート地点。俺とカナデの旅がここから始まる。
「それじゃあまず、相棒となったことを祝して二人の仲を深めることにしましょうか!」
「は?お前何言って……」
疑問を言い終わる前にさっきまで寝ていたベッドに押し倒される体。そして塞がれる唇。
え?俺のファーストキス、まさかの幽霊と?
「言ったじゃないですか!私、床上手ですよって!」
俺、やっぱり選択間違ったかな。
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