第7話 森の中の出会い

第7話~森の中の出会い~


 森を歩いて三日。途中トレーラーハウスで休息をとりながらも奥へと進んでいた俺は、ついに城から150キロの地点まで到達することが出来たのだった。


 ここまでくれば流石に追手にそう簡単に追いつかれることはないと思うが、それと同時に不安にもなる。一体この森はどこまで続いているのか。


 インデックスのおかげで、同じ場所をうろつくということはないが、北東方向に進んでいる現状が正しいという保証はどこにもない。


 何より今更ではあるが、俺はこの森の名前が非常に気になっていたのだ。


『永久の森』


 えいきゅうと書いてとこしえと読むらしいこの森だが、その名前の由来は一体なんなのだろうか。


 同じような景色により、入ってきたものを簡単に迷わせることが出来るであろう風景。昼でも薄暗く、時間の感覚を狂わせるほどに濃い木々。獣などの形をしたスケルトンの中に混じった、人の骨格をし、人の装備をした者がいること。


 もしかしたらこの森は、一度踏み入ったら最後、永久に出てくることが出来ないというが由来なのではないだろうか。


“検索結果:『永久の森』はシルビアス王国の東から北にかけて存在する大森林。その規模と特殊な環境から、一度侵入したものは生きて出ることは出来ないと言われる死の森。この天然の城壁を持って、シルビアス王国は他の国の侵攻を防いでいる”


 なるほど、余計な情報もあったが、どうやら俺の予想は概ね間違ってはいないようだ。


 特殊な環境というのがどのような物を指すのかは分からないが、きっと生易しいものではなないのだろう。


 俺だってインデックスというスキルがなければ、今頃途方に暮れてスケルトンの仲間入りを果たしていた可能性が高いのだ。


 いかに強靭な肉体やスキルを持っていようが、この森はその構造で不安をあおり、絶望を植え付けて精神を壊しに来るのだろう。考えるだけで恐ろしい森だ。


 だが少なくとも俺は正しい方角を知ることが出来る。これが出来れば、進みさえすればいつかは森を抜けることは可能だろう。それだけわかっていれば絶望などしない。終わりの見えた行程など、元の世界で味わっていた終わりの見えない絶望に比べれば何でもないのだから。


 ◇


 スケルトンとしか遭遇することもなくレベルが10に到達した時のことだった。


 唐突に森が開けた場所に俺は出ていた。その場所は今まで無数に生えていた木も一本もなく、足首よりも下の高さの雑草が生えているのみ。


 広さはサッカーグラウンドほどだろうか。すでに夜になっている森は真っ暗だったのだが、この一面に関しては月明かりが照らしていて、しっかりと周囲を確認できるくらいには明るくなっている。


 それが逆に不気味。少なくとも何かいいことが起きる予兆ではないだろう。もし起きるとしたら逆。俺にとって不都合なことが起きる可能性の方がきっと高いはずだ。


 風が通り過ぎた。生暖かく、それなのに俺の背筋をゾッとさせるような、おぞましい風が。


 それがきっと合図だったのだろう。何もないこの場所に、突如として地中から湧き出てくる無数のスケルトン。その数は時間と共に増えていき、気が付けば俺はスケルトンの群に囲まれてしまっていた。


「チッ……!」



 のんびりとこの場に留まり思案してしまったことに後悔するが、すでに状況は動いてしまっている。


 俺は槍を持ち、一気に攻撃態勢に入ると、目の前にいるスケルトンに向けて槍を突き出し粉砕した。


 続けざまに槍を横なぎに払い、並ぶスケルトンをまとめて三体を光に返す。


 一度槍を引き、前方に向けて高速で突きを5連撃。一度の突きで一体のスケルトンが倒されていく。この間、戦闘が開始してからわずか三秒足らず。


 弱いとはいえ、八体のスケルトンをこの時間で倒せたのは我ながらよくできたと思ったが、この状況ではまさに焼け石に水。


 どういう理屈化は知らないが、倒された端からスケルトンが地中から湧き出てくるのだ。いまや、俺を取り囲むスケルトンの数は百を超えているだろう。


「上等じゃねぇかっ!!」


 月夜に照らされた森の一角で、スケルトンの集団との戦いが始まった。


 ◇


 戦いが始まってからすでに二十分を超え、倒したスケルトンの数はすでに百を超えている。


 最初にいた分は倒しきったはずなのに、それでも減らないスケルトンの群に、俺は内心で大きく舌打ちをした。


 きりがないのだ。一体一体は弱くとも、それが際限なく出てくればこちらの体力を削っていく。しかもいつ終わるとも知れないデスマラソンだ。体力よりも先に、精神力の方が折れてしまうかもしれない。


 まさにこの森のコンセプトとぴったりの仕掛け。森を迷わずに歩くことが出来る者に対しては、別の方法で心を折に来る。悪趣味が過ぎて笑いさえ起きるという物だ。


 ボロボロの剣を背後から振り下ろすスケルトンを、そちらを見ることもなく後ろへ槍を突き出すことで撃退する。


 多数のスケルトンを倒したからか、レベルは13まで上がっていたが、今はステータスを見ている余裕はない。それよりも観察しなければいけないことが別にあるのだ。


 ここまでの戦闘でわかったことがある。まず一つ、この場に現れるスケルトンは全て人型ということだ。森の中では獣型や鳥型の物もいたのだが、どういうわけかここには人型しか現れない。


 さらにもう一つ。どうやらこのスケルトンの群の中に通常のスケルトンとは少し違った存在がいるようだ。


 そのスケルトンは俺を取り囲む集団の後方に位置し、頻繁にカタカタと骨を鳴らしながら、スケルトンたちに何やら合図を送っているようにも見えた。


“検索結果:スケルトン・サージェント スケルトンを少数統率する。上位のスケルトンによりさらにこれらは統率される”


 どうやら軍曹的立場のスケルトンのようだ。しかもその上位までいるらしい。


 その認識で群がるスケルトンを倒しながら、後方までよく観察してみると、この空間のはるか後方。スケルトンの群の一番奥に、一際大きく、そして威圧感を放つスケルトンがいるのを見つけることができた。


“検索結果:スケルトン・キャプテン 大規模スケルトンを率いる長。配下にスケルトン。サージェント、スケルトン・オフィサーを持つ。さらに上級種もいるが、滅多に現れることはない”


 大尉に准尉、そして軍曹と。どうやらこのスケルトンたちは軍だった可能性が高い。統率された攻撃を見せてくるところからも、俺の考えは間違ってはいないはずだ。


 もしかするとこいつらは、過去にこの森で散っていったどこかの国の軍なのかもしれない。シルビアス王国に攻め込もうとした、近隣の国の軍の末路。あくまでも推測だが、概ねこんなところだろう。


 前方から群がるスケルトンを、槍を横に一閃することで蹴散らす。その隙をついて、後方から剣を突き立てようとするスケルトンの攻撃を、後ろを振り向くことなく槍で受け止め、再度攻撃が来る前に槍を突き立てる。


 繰り返す攻撃と、光になって消えていくスケルトン達。


 すでに戦闘が始まってから一時間が経過しようとしているが、一向に相手の攻撃がやむ様子はない。数が減っているのは間違いないのだが、もともとの数が多すぎて、こちらが減らしても焼け石に水状態なのだ。


“検索結果:レベルがあがりました”


 インデックスがレベルの上昇を伝えてくる。いつの間にやら俺が頼まなくても、勝手に必要事項を伝えてくるようになった。もはや伝えてくる内容が検索結果でない気もするが、俺に必要なことなのだから気にする必要はない。むしろ好意的に受け止めている。


“検索結果:スキル 槍術のレベルが5に上昇しました。槍術の派生スキルとして、『乱れ突き』を習得しました”


 どうやら新しい技を習得したようで、インデックスがまたも情報を伝えてきてくれた。


 響きとしては、非常に弱そうに聞こえてしまうのは、恐らく俺が某モンスターゲームの世代だからだろう。あの技が序盤以外で活躍した記憶がない。


「乱れ突き!!」


 それでもせっかく技を覚えたのだから、使ってみたいと思うのが人の性。壁のように迫ってくるスケルトンに向かって、新技を繰り出した。


 超高速で繰り出される見えない連撃。吹き飛ぶスケルトン。光の粒子となって消えたスケルトンがいた場所は、そこだけ開けた場所となる。


「……え?」


 今の一撃でスケルトンがぱっと見だが、百体近く倒せたようだ。ぽっかりと空いた空間に、今までどれだけ倒されても構わずにこちらに向かってきていたスケルトンが、少し後ずさりしているように見える。


 ここがチャンスだ。


「乱れ突き!!」


 怯むスケルトンに対し、俺はさらに技を放つ。この技がどれだけ俺の体力を消耗させ、他にどのようなデメリットがあるのかはわからないが、この状況を打開するためには変化が必要だ。


 そして相手が浮足立っている今こそが、その絶好の機会と言える。だからこその後のことを何も考えない全力での攻撃を行う。


 吹き飛び砕けるスケルトンが光に変わるにつれ、俺の進む道が出来る。ようやく、膠着していた局面が動き始めたのだった。


 ◇


 もちろんだが俺はこんな戦闘行為などしたことはない。まして槍などを使ったこともなければ、体力なんて平均的な男子高校生よりも確実に下だ。そんな俺では、一時間にも及ぶ魔物との戦闘なんてできるはずもないし、まして振りかざされる凶刃を避けることなんてできるはずもない。


「ふっ……!!」


 乱れ突きによりできたスペースを突き進む俺に、凝りもせず剣を突き立てようとするスケルトンの攻撃をサイドステップで交わす。


 攻撃をかわされたことで隙のできた所へ、頭部に向けて槍を見舞ってやる。


 先ほどからほとんど作業とかしてきたこんなことが出来るのも、おそらくはスキルのおかげであることは間違いない。


 身体強化魔法によるステータスのアップのおかげで、相手の攻撃が止まって見えるほどに視力は向上し、それを難なく交わすことが出来ている。加えてこれほど長時間動き回っていても、未だに動くことが出来る体力を得た。


 槍術のスキルのおかげで、槍をどう扱えば効率的なのかが理解でき、向上したステータスを無駄なく槍に乗せることが出来ている。


 一番奥で控えているスケルトン・キャプテンまでの距離も最初の場所からはもう半分くらいまで来た。あいつを倒して終わりなのかは分からないが、この戦局が好転することは間違いない。


 そう思い、再度乱れ突きを放ち進路を切り開こうとしたその時だった。


「ちょっと待ってください!私にもお手伝いさせてください!」


 俺とスケルトン達以外に誰もいなかった場所に、突如聞こえる女性の声。いや、声質的には少女だろうか。ともかくこの場にまったく不釣り合いな声が俺の耳に届いた。


 そのせいで技を出すタイミングを逃してしまい、四方からスケルトンに同時攻撃を許してしまう。


「チッ……」


 思わず舌打ちが出てしまうが、思い切り身を屈めることで攻撃をギリギリ交わし、円を描くように一気に槍を振りぬいた。


 攻撃をしてきたスケルトンはもちろん、その槍の一撃で、周囲にいたスケルトンまでもが余波で吹き飛ぶ。少しだけ出来た間。その間をを使って俺は周囲を注意深く観察する。


「ここですよー!私はここです!!」


 ぐるりと360度視線を凝らすがスケルトン以外は誰もいない。だけどやはり声はする。


「誰だ!!どこにいる!!」


 この永久の森がどちらかと言えば、ホラーの方向に傾倒が向いていることはなんとなく察していたが、こんな状況下でまさか姿の見えない声という、ホラーが混ざりこんでくるとは思わなかった。


「上です!私は上ですー!!」


 警戒を最大に引き上げ、視線を上に向ける。油断などするはずがない。ただでさえスケルトンの群の中という極限の状態なのだ。何かひとつでも選択を誤れば、それは即座に己の死を意味することになるだろう。


「はじめましてー!お兄さん、私も是非お手伝いさせてください!」


 俺の真上。声の先には確かにしっかりと何かがいた。そしてその何かが俺に協力を要請しているのも聞き取ることが出来た。


 ただ問題はその何かだ。


「しろ……?」


 見上げた先に見えたのは、純白のパンツだったのだ。


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