第4話 決死の脱走劇
第4話~決死の脱走劇~
木山の思考はおそらくこうだ。
この世界のことは未だに信じきれないが、それでもここが今まで自分が暮らしていた世界じゃないということはわかる。
そしてどうやら自分は基本スペックが高く、非常に強いらしい。しかも勇者という特別な存在であるというおまけつきだ。
元の世界に戻れるのか、それすらもわからない現状、まずは自分の立場を盤石な物に固めるのが先決。我を通すのは、自分が強くなってからでいいだろう。
きっと木山はあの短い時間の中でそう考えていたに違いない。
立場の確立。そのためにはまず、王女クローディアの信頼を勝ち取るのが先。木山はそれを得るために、おそらく一番手っ取り早い方法を選んだのだ。
信頼を得るためには時間がかかる。しかし、一定の条件を満たしたとき、信頼は一瞬で得ることが出来るのだ。
つまりは相手の利となることをしてやればいい。
今回で言えば、たまたまステータスの低かった俺を、王女たちの敵として売り渡すことだ。王女から話された少ない情報を駆使し、自分の持つ手札から最大限の効果を得る方法を木山は選択した。
この王国にとって、異世界から勇者を召喚しなければならないほどに状況は逼迫している。魔王率いる魔族との戦争は苛烈を極め、恐らく今この時も人が死んでいっているのだろう。
そんな状況下で王城に紛れ込んだ魔族を見つけ、引き渡せばどうなるか。考えるまでもない。問答無用で牢に連れていかれた状況を見れば、一目瞭然というものだ。
木山はこれで勇者として、この上ない立場を得ることになっただろう。本来なら成立するはずのない方法だが、木山が作り出したクラス内でのカーストがそれを可能にした。
カーストの最底辺である俺は、クラスメイトの誰からも信用されていない。加えて、最上部である木山には誰も逆らえない。
自身の立場、状況、手札、全てを効率よく使えるからこそ、木山はあれだけ傍若無人でもその立場が揺らぐことはないのだ。誰も逆らえず、自分の意のままに物事を推し進める。それが木山修平という人物なのだ。
「ってぇ……」
そして、その木山の立場を確立するために切り捨てられた俺は、あの後兵士たちにひどい仕打ちを受けた。
殴る蹴るはもちろんだが、棒で叩かれ、鞭のようなものでも叩かれた。いわゆる拷問。日々の鬱憤を晴らすかのごとく行われた暴行は、言葉で表現できるような生易しいものではなかった。
体には打撲痕や蚯蚓腫れが生々しく、骨などに影響がなさそうであるのが奇跡にも思えるほどだ。
『明日から本格的な取り調べだ!せいぜい覚悟するんだな』
牢に投げ入れられる前にぶつけられた兵士の言葉を思い出す。誰もが木山の言葉を信じ、俺を魔族だと思っている。きっとどれだけ弁明したところで信じてもらえず、逆に激しい拷問に晒されるのが落ちだろう。
このままでは殺される。
ここが異世界で地球ではなないのだとするならば、その可能性は非常に高いと言わざるを得ない。国が敵対する魔族を捕らえたのだ。おそらくどんな手を使ってでも情報を得ようとするだろう。
例え俺が魔族ではないと分かったとしても、結局は殺されてお終いだ。冤罪だなどと叫ぶ可能性のある奴を、わざわざ自由にする理由がない。それならば魔族として処理する方が何倍も楽なのだから。
そしてこの世界はきっとそれが許される。今の状況から考えてもこの考えは間違っていないはずだ。
「逃げないと……」
痛む体を引きずり、石造りの牢の壁に触れる。四畳半ほどのスペースには扉が一つと、格子のはめられた窓が一つ。扉は鋼鉄製で、外から鍵がかけられていて開きはしない。窓の格子も試しに触れてみたが、俺の力ではどうすることも出来そうにはない。
逃げられない。どうすることもできない。このまま拷問の果てに殺されるしかない。
そんなのは冗談じゃない。
前の世界でも理不尽にさいなまれ世界を憎み、異世界に来てまで理不尽に殺されかかっている。
もはや憎しみだけでは収まらない。絶対にこの憎しみを返さなければ死に切れるわけなどない。
自身のステータスをもう一度思い出す。あの時、『心の写し紙』に現れたステータスを見たのは短時間だけだったが、しっかりと脳内に記憶はされている。
“スキル:索引を使用しますか?”
脳内で響く言葉に無言でイエスと告げると、それを理解したのか、スキルの使用が始まった。
“スキル:索引(インデックス) 視界に入る全ての物の情報を読み取り、情報を検索する。検索できる情報量はスキルレベルに依存する”
抽象的な説明が脳内に響き、そしてその予想通りの答えに俺はこの世界に来て始めて笑みを浮かべた。
“自身のステータスを索引により検索しますか?”
再度イエスと念じれば、脳内に膨大な情報が流れ込んできた。
その情報に俺は確信する。確かにステータスは弱いのだろう。そして適職や天恵がないというのは、ひどく残念な物なのだろう。
だがあいつらは見落とした。俺のステータスの低さと、求めていた能力がなかったことで、他をよく確認しもせずに俺を弱者と決めつけたのだ。
「スキル“索引”使用。“錬金術”を検索」
“検索結果:スキル錬金術。物質を分解、分離、生成、再構築を行う。物質同士の合成も可能。ただし対象となる物質の構成成分を変化させることは不可能。対象となる物質の構成を理解しなければ発動不可能。スキルの使用は手に触れた物に限られる”
俺が自分のステータスを見て最初に考えたのは、この錬金術というスキルの可能性だ。
錬金術とは古代、卑金属から貴金属を製錬しようとした試みのことで、例えるなら鉄を金に変化させようとしたというものを指すことが多い。
錬金術の当初の目論見はうまくいくことはなかったが、それでもその研究は近代科学の発展に大きな貢献をしたことは間違いない。
錬金術の施行の過程で、硫酸、硝酸、塩酸などの化学薬品の発見がなされ、数多くの実験道具が発明された。
いわば錬金術とは科学であり、剣と魔法の世界においては異端ともいえる物なのかもしれない。
「これをうまく使えば、もしかしたら」
先ほど使用したスキル:索引もかなりの有用なスキルだ。目視した物の情報を検索し提示するという能力は、言ってしまえば鑑定解析のようなもので、異世界ファンタジーものでは定番と言ってもいい壊れスキルだ。
おそらくこれを使えば、自身の能力はもちろん、あらゆるものを他の人間よりも多く情報を引き出すことができるだろう。
だが今はその時間がない。いつ尋問という名の拷問が再開されるかもわからない状況だ。すぐにでも、しかもこの夜のうちに逃げることが何よりも優先される。
牢の窓の下、一番外に近い壁に手を当て索引を使用する。
“検索結果:石壁(火成岩)マグマが冷え固まった岩石。珪酸塩を多く含む”
牢に使われている石材の情報が一気に検索され、脳内に情報として表示される。これだけわかれば後は簡単だ。
手を壁に触れたまま、今度は錬金術を使用した。すると触れた場所の壁は瞬く間に崩れていき、次の瞬間には手のひらが通り程の外へと通じる穴が開いた。
「よしっ!」
牢の外に聞こえないように小声でガッツポーズをする。どうやらようやく希望が見えてきたようだ。
スキル:索引により触れた物の情報を引き出し、錬金術で分解する。錬金術単独ではなし得ることが出来なくとも、索引のスキルがあれば、出来ないことはないに等しい。まさに抜群の相性と言える組み合わせだ。
やれることはわかった。後は逃げるだけだ。
錬金術のスキルを使用し、壁を少しずつ分解していく。本当はもっと早く分解して一刻も早く脱出したいのだが、大きな音を立ててばれればその時点でお終いだ。
急ぎつつも慎重に。分解した石壁は一塊にして脇に置いておく。数分後、人ひとりが通れるくらいの穴を開けることに成功した。
開いた穴から外を覗くと、どうやらこの牢は一階部分にあるらしく、すんなりと外に出ることが出来た。高層階でもなく地下でもない。運がよかったと言えばそれだけだが、本当にこんな牢で閉じ込める気があるのだろうか。
違うか。おそらく王女や兵士は、俺のステータスを見て牢からの脱出など不可能だと考えたに違いない。どれだけステータスがものをいう世界なのかは知らないが、そのおかげでこうして逃げ出せるのだから、今はよかったと思うのがいいのだろう。
外に出ても特に気づかれた様子はない。一塊にしてあった石材を、再び石壁に再構築し直してその場を離れることにする。
これでしばらくは大丈夫だとは思うが、いつばれるかは分からない。とにかく今のうちにこの場所から距離を取らなければならないだろう。
牢の外は暗く、灯一つとしてないため周囲の様子を詳しくうかがい知ることは出来ないが、どうやら牢のすぐ後ろは森になっているようだということはわかる。
この暗闇、しかも見知らぬ世界で森に入るなど本当はするべきではないが、今はそうも言ってられない。
俺は意を決して森に足を踏み入れた。どこまでも暗く、何がいるのかわからない、真夜中の森へ。
◇
月明かりはあるが、木々の葉がうっそうと生い茂るせいでその光は俺の歩く場所までは届かない。
それでもこうして何かにぶつかることなく森を歩けているのは、俺が使える唯一の魔法である身体強化が作用しているからに他ならない。
“検索結果:身体強化魔法 自身の身体能力を恒久的に向上させる。向上する部位は詳細に選択が可能。魔法レベルにより向上値が変化する”
どうやら身体強化の魔法とやらは、一度発動すると体の機能を上げ続けてくれるという魔法らしい。しかも恒久的に向上させると言っても、魔力は初同時にしか使用しないという大変お得な魔法であるということも索引のスキルにより判明した。
なので早速使用してみたのだが、使用後から体全体の動きが軒並み向上したのだ。体は軽く、殴られたせいで遅かった歩みもスピードがだいぶ上がった。
しかも視力も強化されているらしく、夜目も少しは効くというこの場においてはまさにいいことだらけの魔法だったようだ。
「一度ステータスを見直した方がいいかもしれないな」
歩みを止めることなくそう呟く。
王女に渡された心の写し紙とやらで、自分のステータスは確認したが、どうにもあれだけではよくわからない。実際、索引のスキルで検索をしてみると、どのスキルも非常に有用なことがよくわかる。
それなのにああも簡単に迫害されたのは、それほど天恵という物がスキルに比べて有用な物なのか。それとも他に何か別の理由があったのか。
考えてみたが、当然今俺の持っている情報だけでは答えなど出るはずがない。それよりも今は自分のことだ。
「だけど自分のステータスまるごと検索なんてできるのか?」
個別のスキルは検索できたが、ステータスはどうなのか。そう不安に思ったのだが、すぐに検索の結果は表示された。どうやら問題はなかったようだ。
“検索結果:対象のステータス
名前:斎藤 恭介
種族:人族
レベル:1
適職:なし
適正魔法:身体強化魔法(レベル1)
スキル:槍術(レベル1) 錬金術(レベル2)
索引(レベル2) 収納(レベル1)
ステータス 攻撃:20×1.2=24
防御:20×1.2=24
素早さ:20×1.2=24
魔法攻撃:20×1.2=24
魔法防御:20×1.2=24
魔力:20×1.2=24”
心の写し紙を使った時と明確な違いが表示された。
ステータスが低いのは変わらずだが、スキルや魔法にレベルが付随して表示されるようになったのだ。
「どういうことだ……?」
“検索結果:魔法及びスキルのレベルについて。全ての特殊能力、魔法、スキルにはレベルが存在する。このレベルは自身のレベルの上昇、スキル熟練度、使用回数などでレベルが上昇する。レベルが上昇するごとに効果も上昇する”
なるほど。つまりステータスの変化は身体強化を使用したことによるもので、レベル1の場合の倍率は1.2倍ということのようだ。
索引によれば、他のスキルも含めてレベルが上がるようだ。レベルが上がれば強くなれる。もしかしたら弱いと思われた俺のステータスもなんとかなるのかもしれない。
目まぐるしく変化する状況に、絶望的だった状況が少しずつではあるが好転していくのがわかる。
これならなんとかなるかもしれない。ようやく一縷の希望が見えた瞬間だった。
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