第3話 天恵と無能力
第3話~天恵と無能力~
木山のステータスの測定が終わると、他のクラスメイトも順に測定が行われた。
「私の適職、賢者だって!!」
「俺は格闘王だ!!」
方々から上がる歓声。召喚されてから今まで混乱し、状況についてこれていなかったクラスメイト達に久しぶりに笑みが戻った。
王女の話はどうやら本当だったようで、ここまでステータスの鑑定を受けていたクラスメイトは全員ステータスが高いという結果になっている。
「この世界の一般成人男性の各ステータスの平均は50~80程です。訓練を積んだ兵士で150~100。そして熟練冒険者の上位者が500程となっています」
「レベルに上限はあるのか?」
「一般的には100が上限と言われていますが、そこまでたどり着いた者は、この百年の記録には残っておりません」
「上位の冒険者のレベルの平均はどのくらいなんだ?」
「一部秘匿している者もいますが、概ね600~700程だと思います」
すでに鑑定を終え、一通り自分の能力を確認した木山が王女にいくつか質問をしている。
王女の話の通りであれば、木山のステータスはすでに一般以上になっていて、しかもレベルが1ということを考えれば、レベル上げを行えばすぐにある程度の強さに到達することになるだろう。
木山ほどではないが、そのほかのクラスメイトのステータスも70~80はある。加えて何やら適職という項目が、一目見ただけで強いというのが分かる物になっている。
異世界召喚という意味不明な出来事で麻痺しかけた頭に、不意に現れたプラス要因。クラスメイト達が思わずテンション高めになって周りと話し始めるのも無理ないことだろう。
「サイトウ様、どうぞ」
そしてついにやって来た俺の順番。末席に座っている俺は必然的に順番が最後になる。
木山と王女は未だに何か話し込み、他のクラスメイトも口々に自身のステータスについて語り合っている。俺に注目する奴なんて誰もいない。そもそものクラスでの立ち位置が最下層なのだから、俺に注目する奴なんていないのも当然だろう。
「……見てろよ」
羊皮紙を受け取り心の中で『ステータス』と念じる。
俺以外のクラスメイトの中で、ステータスが一番高いのは木山だ。もしここで俺のステータスがそれよりも高ければ、今までの関係性を崩せるチャンスが訪れるかもしれない。いや、そこまで高望みはしまい。木山を超えるなんて欲はかかないから、せめてクラス内で真ん中より上になっていてくれればいい。
そうすれば、少しは何かが変わるかもしれないから。
しかし世界はどこまでも俺を見放す。元の世界同様、それは異世界に来ても変わらない。
名前:斎藤 恭介
種族:人族
レベル:1
適職:なし
適正魔法:身体強化魔法
天恵:なし
スキル:槍術 錬金術 索引 収納
ステータス 攻撃:20
防御:20
素早さ:20
魔法攻撃:20
魔法防御:20
魔力:20
「これは……」
俺に羊皮紙を渡した兵士が言葉に詰まる。そしてそれは俺も同様だ。
弱すぎる。全員の能力を見たわけではないが、他のクラスメイトに比べて明らかにステータスが低いのだ。しかも適職の欄も、さらには天恵の欄もなしとなっている。どのクラスメイトにも最低ひとつはあった天恵が俺だけにはない。これはどう考えても異常事態だった。
「どういうことですか、これは……」
結果を見た王女も困惑が隠せないようだが、一番困惑しているのは俺だ。確かに高望みしすぎていたのは認めるが、これはいくらなんでもひどいだろう。
「王女、天恵ってのはなんだ?」
「は、はい。天恵とはその名の通り、神より勇者様に与えられた特殊な力のことです。滅多に持つ者はおらず、一つでも所有するものは、例外なく歴史に名を残す活躍をしております」
「そんなに珍しいのか?」
「ええ。今回のような大規模な召喚は始めてことなのでなんとも言えませんが、過去の召喚者は例外なく天恵を持っていたと言われています」
過去の召喚者という新しいワードが聞こえてきたが、今はそれどころじゃない。王女の説明からすれば、俺は絶望的に弱すぎる。しかも勇者特有の天恵すらない。
ここままじゃまずい。木山の行動パターン、思考を考えれば俺の行く末が非常に危ぶまれてしまう。
「クローディア王女、ひとつ言い忘れていたことがあった」
「なんでしょう」
木山の声に、俺の中の何かが警鐘を鳴らす。おそらく、いや、間違いなく木山は俺にとって不利益なことを言おうとしている。それも最大級にやばいやつをだ。
それを察したからこそ口を開こうとしたのだが、その時一瞬だが木山がこちらを見たのだ。しかもあの、悪意を満面に浮かべたいやらしい笑顔で。
そのせいで機会を逸してしまった。あの表情は、俺の中の何かを委縮させてしまう。そして、それが俺にとって最後のチャンスだったのだろう。木山が次の言葉を言う、それまでの時間を。
「あいつは俺達の知り合いじゃないんだよ」
それは信じられない言葉だった。
「どういうことです?皆様は同じ集団だったのではないのですか?」
「確かにここにいる奴は全員同じクラスの奴らだ。だけどあいつは違う。俺達がここに召喚されて、始めて知らないやつがいることに気づいたんだ」
「おい、木山!!」
続きを言わせないために立ち上がり、木山を怒鳴りつけるがすでに流れは向こうのもの。今の短い会話で全ての主導権は木山に移ってしまったのだ。
周りに控える兵士の目が俺を凝視する。その視線に込められた意味は疑惑。この短時間で、俺の味方は誰もいなくなっていた。
「それはどういう……?」
「これは俺の推測でしかないが、あいつはスパイなんじゃないか?勇者召喚のごたごたに紛れて人間側に紛れ込もうとした、魔王の配下の」
木山の言葉に息を呑む王女。それに連動するかのように兵士の視線が疑惑から敵意に変わっていく。
最悪だ。
俺の想定した木山の行動パターンの中で、一番悪い目がでてしまった。
「ちょっと待て!どうしてそうなるんだ!俺はお前たちと一緒にいたじゃねぇか!いつものようにお前から嫌がらせを受けて、あまつさえ数時間前には殴られたばっかりだ!それすらも忘れたなんて言うつもりかよ!」
無駄だとわかっていても、言葉を荒げずにはいられない。すでにこちらに手札はないとわかっていても、このままでは俺の身が危ないのだから。
「戯言だな。大方、俺達の記憶でも読んで適当なことを言っているんだろう。どうやらここは魔法でもなんでもありのファンタジー世界らしいし、その辺の魔法とやらもあるんだろう?」
「え、ええ。確かに他者の記憶を読み取る魔法も存在はしています。しかもそれは魔族が得意としているものです」
「決まりだな。これだけの状況証拠があるんだ。あいつは人のふりをした魔族だ」
「このくそ野郎!!」
はじけるように自分の席から木山に向けて走り出す。いや、走り出したはずだった。
「大人しくろ!この魔族が!!」
席を立った俺を、すぐ後ろにいた兵士が取り押さえる。必死にもがくが俺を抑えつける兵士の腕はびくともしない。
これがステータスの差なのか。理不尽につぐ理不尽に、もはや俺の怒りはピークなど軽く突破していた。
「諦めろ魔族。お前の目論見は全てお見通しだ」
「どこまで嘘をつけば気が済むんだお前は!!そんな嘘がまかり通るわけないだろう!!他の奴に聞けばすぐにわかる!!俺が一緒にこの世界に召喚されたってことが!!」
「さぁ、それはどうかな?」
そう、俺の言っていることは正論で、どう考えても木山の言っていることが嘘八百なのはクラスメイトなら誰でもわかっているはずだ。確かに俺はクラス内では最下層の住人だったかもしれないが、それでもそこにいたという事実は変わらない。誰か一人でもそう証言すれば、それで木山の目論見こそ全て破綻するはずなのだから。
しかし現実はどこまでも不条理に俺を追い詰める。
「皆様、彼の言っていることは本当なのですか?彼は皆様の御仲間なのですか?それともキヤマ様の言葉が正しいのでしょうか?」
「「「「……」」」」
「ちょ、ちょっと待てよ!お前ら嘘だろ!?」
「うるさいわよ、あんた!みんなあんたなんて知らないって言ってるでしょ?大人しくしてなさいよ!」
「そうですね。残念ながら僕も彼のことは知りません。きっと木山君の言う通り、彼は魔族とやらなんでしょう」
無言のクラスメイトに、さらに追い打ちをかけるような篠原と三好の言葉。ももはや手詰まり。この状況はすでにチェックメイトの状態で、逆転の目なんてどこにもなかったのだ。
「そうですか……。まさかこの城に魔族の侵入を許すとは……」
「待ってくれ!俺は魔族なんかじゃ!!」
「黙りなさい!その者を即刻牢に入れるのです!憎き魔族がわざわざこちらの陣営に飛び込んできた。危ないところでしたが、捕縛してしまえばこちらの物です。全ての情報を吐かせます!!」
俺の抗議の声など意味をなさない。抑えてつけていた兵士に荒々しく立たされ、さらに数人の兵士に取り囲まれる。
クラスメイトは誰もこちらを見ていない。違う、見れないというのが正しいのだろう。自分たちで売った奴を、誰が直視したいと思うだろうか。
「待ってくれって!!」
「うるさいと言っているだろう、この腐れ魔族が!!」
頬に走る衝撃。抵抗する俺に対し、兵士が殴りつけて来たのだ。口に広がる血の味と、遅れてやってくる痛みにおもわず叫びたくなったが、すぐに腹に次の衝撃がやってきたためそれも出来ない。
「あっ、がっ……」
「クローディア様!即刻魔族を連行いたします!」
「はい、くれぐれも逃がさないようにしてください。私は、いえ、この国、シルビアス王国は、決して魔族を許しません!!」
殴られた衝撃ですでに俺は抵抗する力もなく、兵士に引きづられるように部屋から連れ出されていく。
部屋を出る直前に見えたのは、どこまでも黒い笑顔で笑う、木山の悪意に満ちた表情だった。
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