第2話 勇者と天恵

 クラス丸ごとの異世界転移。しかも勇者と呼称されるなんていう、いかにもファンタジーな状況に俺達は置かれている。


「改めまして勇者様方、シルビアス王国へようこそおいでくださいました。私はこの王国の第一王女、クローディア・シルビアスと申します」


 金髪に蒼色の大きな瞳。縦ロールに煌びやかなドレスを纏った女性が自身の紹介を始めた。


 俺達クラス一同は、部屋になだれ込んできた人たちにより、大広間を離れ、現在会議室のような場所に座らされている。


 大広間に続き、この部屋もまた豪華絢爛。ペルシャ絨毯を思わせる肌触りのいい絨毯に、壁には細部まで作りこまれた彫刻と文様。合わせて大きな長机にここにいるクラスメイト全員分の椅子にも、同様の装飾がされている。自己紹介をする女性が王女と名乗るのも、あながち嘘ではないのかもしれない。


「皆様におかれましては、今のこの状況に困惑され、不安に思われていることと思います。ですが、これだけは信じてください。私は、いえ、我が国はあなた方勇者様の味方であり、国をかけて支援したいと思っているのです」


 ソプラノの効いた、綺麗な声が会議室の中に響き渡る。


 その声を聞いて、わずかに身じろぎする者もいたが基本的に誰も何も言うことはない。あの傍若無人が服を着て歩いていると言っても過言ではない、木山までもが周囲の状況に警戒をしながらも何も声を出さないのだ。この状況に、いかに全員が混乱をきたしているのかがよくわかる。


「まずは順を追って説明させていただきます。この国の事、この世界の事。そして、あなた方がこの世界に、勇者として召喚された理由を」


 そして王女は話し始めた。


 その内容を簡単にまとめるとこうだ。


 この世界、アースベルは現在、魔王を筆頭とした魔族に脅かされている。


 もちろん魔族の侵攻に対して人間をはじめとする各種族が対抗しているが、魔族の強さは非常に強力で、押し切られるのも時間の問題となっているらしい。


 そこで各種族の中でも極めて魔に優れた者、いわゆる賢者と呼ばれる者たちが対抗策を話し合った結果、神に助言を求めることとなった。


 多大な代償を支払い、なんとか神の言葉を頂いたというわけだ。


 神によれば、『この世界ではない者がこの地に舞い降りた時、この世界は救われるだろう』とのことらしく、その言葉を聞いた賢者たちは、早速異世界からの勇者召喚を決行することになったそうだ。


 異世界召喚術はこの世界では禁術に分類されているが、世界の危機ということで特別に許可されたらしい。


 本来であれば召喚されるのは一人から五人であったらしいのだが、禁術という使い慣れない魔法だったため、人数の指定はおろか、範囲の指定すらもうまくいかなかったそうだ。


 その結果、こうして俺を含むクラス全員、人数にして三十名の生徒がこの世界に召喚されるに至った。


「あなた方にとって勝手なお願いであることは重々承知です。ですが我々にはこれ以外に魔族の対抗する手段はないのです!!協力していただけるのでしたらその対価は惜しみません!ですからお願いします。どうか世界を、このアースベルをお救いください勇者様!!」


 俺達への状況説明を締めくくるように、王女クローディアは再度頭を下げ、懇願する。


 説明を聞いて尚、クラスメイトは何も言葉を発することはない。王女の言葉は理路整然としていて、上手い分類に入る物だったとは思うが、残念ながら理解する前提がこちらには足りないのだ。


 いろんな常識を取っ払って考えれば、この世界はおそらく剣と魔法のファンタジー世界と考えるのが妥当だろう。


 今の説明に出て来ただけでも、『魔王』『魔法』『魔族』『賢者』『勇者』『召喚』など、内容も含めておよそファンタジーもののテンプレと思う言葉が何度も出てきていた。


 特に異世界からの勇者召喚の件なんて、使い古されたテンプレと言っても過言ではない。トラックに轢かれて転生や、召喚による転移。どちらも異世界物語の典型例なのだから。


 王女は何も言わない俺達を見ても、何かの言葉を急かすなどの様子は見られない。懇願をした割にその表情は落ち着いていて、どうやら俺達の反応を予測していたかのようだ。


 ちらりと俺から見て上座、しかも一番王女に近い席に座っている木山を盗み見る。ちなみに俺は一番下座に座っているが、クラスメイトからの俺の扱いなどそんなものなので、特に気にすることではない。


 木山は顔を百面相していた。


 様子を見るに、怒鳴り散らそうとしているようだが、王女の傍に控えている兵士らしき人物が持つ槍をみて押し黙る。しかし、やはり納得がいかないようで口を開きかけるが、この以上の状況に混乱し、何を言っていいのかわからないというところだろう。


 そんな木山の様子に俺は内心でほくそ笑んでいた。


 これがどんな状況であれ、あの木山が狼狽えているのだ。普段からその木山に虐げられている俺としては、木山のあんな表情を見れるのであれば、それだけでこの世界に召喚された価値があると考えている。


 加えて俺は先ほどの説明を聞いて、ある程度の理解をすることができていた。


 一人の時間が多い俺は、本もたくさん読んでいた。それこそジャンルを問わず手当たり次第に読んでいた。


 その中には今俺達が置かれている状況に近似した、異世界転生に関する物も吐いて捨てるほど存在していたのだ。


 だからこそ、この状況が非常識で未だに信じることが難しいと思っていたとしても、他のクラスメイトと違って説明を呑み込んで混乱をきたすことはなかったのだ。


「ちょっと意味わかんないんだけど!勇者とか魔王とか、中二病こじらせてるなら一人でやってよね!私、今日予定あるんだから、早く帰して欲しいんですけど!!」


「まったくの同感ですね。どうやったのかは知りませんが、あなた方のしていることは集団誘拐とおなじです。罪が重くならないうちに我々を解放することをお勧めしますよ」


 そんな状況の中、ようやく口を開いた奴がいた、篠原と三好。木山の腰巾着にして、木山と共に俺のことを激しくいじめていた奴らだ。


 ギャルメイクに茶髪の髪と、いかにもな篠原は王女にそう言い放った。その言葉に、丸眼鏡をかけたインテリ野郎の三好が追従する。


 この二人は木山の幼馴染らしく、木山の権威を嵩にクラスでも好き勝手なことをやっていた奴らの筆頭だ。確かに木山は俺に対して暴言を吐き、暴力を振るっていたが、金銭の要求はしなかった。


 多分、自身が大財閥を経営する父親の息子ということもあり金には困っていないからだろうが、人の金をむしろうとはしなかったのだ。


 しかしこの二人は違う。木山の権力を傘に好き放題に振舞っていたのだ。暴力や暴言なんて序の口で、木山のいないところで俺に何度となく金銭を要求してきていた。


 しかもこの二人はあろうことか俺以外にも、結構な数の生徒に同じことをしていたのだから、性根の腐り具合がわかるという物だ。


 加えてそれを行うのは木山の見えないところでという徹底ぶり。それを知った時、俺は呆れてものが言えなくなったのを覚えている。


 木山が諸悪の根源であり、金銭の要求がないとはいえ俺にとって殺してやりたいくらいに憎い相手なのは間違いないが、この二人も同様に憎悪の対象なのだ。場合によっては木山を超えるほどに。


「落ち着けお前ら……」


「ちょっと修平!何言ってるのよ!こんな奴ら早く黙らせてよ!!」


「そうですよ。いつもの豪胆さはどこへいったのですか?」


 興奮する篠原と三好を木山が宥めようとするが、そんな木山の様子を見てさらに興奮する二人。


 しかしそんな二人の様子を見ても、木山の表情は警戒色を強めたままだ。


 なるほど。どうやら木山は今の状況が芳しくないことがわかっているようだ。


「もういいわよ!蓮!早く帰りましょ!!」


「ですね。僕もこの後予定があるので失礼しますよ」


 動かない木山に対し、ついに篠原が我慢できなくなったらしい。三好を引き連れ王女の方に向けて、いや、正確にはその後方の扉に向けて歩き出そうとした。


 しかしそれは悪手だ。


 突如として動き出す周囲にいた兵士達。王女を守るように立っていた兵士達は、一瞬で王女を後ろ手にかばうような布陣となると、篠原と三好に槍を肉薄させた。


「動くな!!」


「ひっ……!?」


「やめろ!!」


 構えられた槍に対して悲鳴を上げて後ずさる篠原。それに怒鳴る木山。篠原の横では三好も引きつった顔を浮かべながら両手を挙げている。


「やめなさい!!」


 一触即発のその状況を静めたのは王女クローディアだった。


「勇者様に対して失礼でしょう!!下がりなさい!!」


「しかし……」


「いいから下がりなさいと言っているのです!!」


 王女の気迫に押され、しぶしぶと元の位置に戻る兵士達。


「お前たちも座れ……」


「でも……!」


「いいから座れ!!」


 続いて木山が篠原と三好に座るように促す。それに対して一度は反論しようとした篠原だったが、木山の怒声の後は大人しく自分の席に座り直した。


「申し訳ありません勇者様。ですが誤解をしないでいただきたいのです。彼らはあなた様達に敵意があるわけではありません。ただ、私を守ろうとしただけなのです」


「それは俺達が勇者だからか?」


「……!?はい、その通りです。キヤマ様、でしたね。聡明なお方のようで助かります」


 木山と王女の会話に、周りの他の生徒はついていけずにはてなマークをとばしている。


 主語のない会話は、話している物事の本質を理解している人の間では通じるが、それ以外には伝わらない。簡単に言えば、凡人に天才の言っていることが理解できないのと同じようなものだ。


「俺達、つまり勇者ってやつは強いのか?」


「はい。勇者様、つまり今回のように異世界より召喚されたあなた様達は、例外なく特別な力を有していると言われております。加えて基礎能力も私たちに比べてはるかに高いとか」


「なるほどな。それで武器も持たない、それに状況も理解できていない俺達に、そいつらはそんなに怯えているってわけか」


 木山は確かに粗暴だ。独裁的で唯我独尊。俺に対して脅威以外の何物でもないという表現は間違っていない。だがしかし、木山はそれと同時に非常に頭が回る。


「魔王とやらは置いといてだ。俺達の能力いついて詳しく教えろよ王女さんよ」


「もちろんです。私どもとしても、勇者様たちの能力をきっちり把握しておきたいですので、急いで用意させていただきます」


 木山の不躾な態度に対し、再び王女の傍にいた兵士が憤ったが、王女に人睨みされ怒気を抑え用意とやらに取り掛かっていった。


 未だに王女と木山の会話についていけない他のクラスメイト達だが、俺にはこの二人が何を言っていたのかがだいたい分かった。


 これも異世界転生系のものにはよくある話。つまり、異世界から召喚された俺達は、こちらの世界の人たちに比べ能力が高いのだろう。王女の話的には、何やら特別な能力も付加されているらしい。


 だからこそ明らかな敵意を持って動いた篠原と三好に対して、兵士たちはあれほど過敏に反応したのだ。人は自分より強い力を持つ者に対し、本能的に怯えてしまう物だ。


 それが例え、相手に敵意がなかったとしても。


「クローディア様、お待たせしました」


 兵士の一人が一枚の紙を持って王女のもとに戻って来た。それを無言で受け取る王女に対し、木山は黙ってその様子を眺めている。


 A4サイズの少しくたびれた羊皮紙。


 あの言動の後に持ってこられたものだ。だとするなら、あの羊皮紙はおそらくそう言う物なのだろう。


「これは『心の写し紙』と言われるアイテムです。使用した者の能力やステータスを写しだす、この世界では必須ともいわれるアイテムなのです」


「ステータスだと?」


「はい。キヤマ様。この紙を持って、『ステータス』と思い浮かべてください。それでこの紙の力が、そしてキヤマ様の御力もわかると思います」


 訝し気にその羊皮紙を見る木山だったが、ゆっくりと王女からそれを受け取る。次の瞬間、羊皮紙に文字がゆっくりと浮かび上がって来た。


名前:木山 修平

種族:人族

レベル:1

適職:勇者

適正魔法:聖魔法 火魔法

天恵:カリスマ 聖剣召喚 絶対切断

スキル:剣術 

ステータス 攻撃:100

      防御:100

      素早さ:100

      魔法攻撃:100

      魔法防御:100

      魔力:100


「こ、これは!?」


 今の今まで表情を崩すことなく対応をしていた王女が、始めて誰から見てもわかるくらいに、表情を崩していた。


 驚愕。


 それが今の王女の感情を表現するのに、一番適切な言葉だろう。


「まさかここまでとは思いませんでした……」


「おい、これは強いのか弱いのかどっちだ。この世界の平均も合わせて教えろ。天恵とやらも含めて全部だ」


 相変わらず粗暴な物言いの木山だが、恐らくこの瞬間、誰よりもこの世界に順応しているのも木山だろう。


 多分木山にはラノベやなんかの異世界召喚なんていう予備知識はない。それでも今の状況や与えられた情報から、自分の持つ常識を即座に取っ払った上で、さらなる情報を得ようとしているのだ。


 認めたくはないが、そう言うことが出来るから、この男はどれだけ自己中心的に動いていても、決定的に誰からも嫌われることなく人の中心にいることができる。


 だからこそ、俺としては誰よりも憎い相手となっているのだ。


「も、もちろんです!お見苦しいところを見せて申し訳ありませんでした。異世界より召喚された勇者様が強いということは聞いていたのですが、キヤマ様は私の想像をはるかにこえていらっしゃいました」


「ということは、このステータスは強いんだな?」


「はい!ここまでのステータスは、私の知る限りでは見たことも聞いたこともありません!」


 興奮冷めやらぬという様子で、王女はステータスについて説明を始める。


 誰もがその言葉を一言一句聞き漏らすまいと耳を傾ける中、俺は見た。


 木山の表情が、今まで見たことないほどに、悪意のこもった笑みを浮かべるのを。

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