〜5・真紅の代行屋〜

一旦戻ってきた縁は適当に昼御飯を済ませ、零次の車に乗せてもらって聞き込みに出向いた。しかし、不在だったり有力な手がかりがなかったりと、残っているのはあと二人だけだった。


「ふみぃ・・・なかなか難しいですね。」


「仕方ないだろ。次んとこ行くぞ。」


と、零次は言うが顔が不機嫌そうである。


(不機嫌なのは朝からだけどね・・・)


と、縁は心の中で呟く。

場所はそれほど遠くなかった。ものの数分でそこに到着した。


「確かここは黒部優子くろべゆうこの家だったな?後輩?」


「へ?あ、はい!そうです!」


「そうかい。行くぞ。」


と、インターホンを押す零次。


「はい・・・」


か細い声が聞こえた。

零次は一つ咳払いをしてから警察手帳を見せ、


「すみません。警視庁捜査零課の神薙というものです。少しお話しよろしいでしょうか?」


と、丁寧な言葉で言った。

「えぇ・・・」


ガチャリ


と、ドアが開いた。

車椅子の女性が出てきた。黒髪ロングのそこそこ美人であったが、顔色が悪く暗い印象を縁は持った。


「どうぞ。」


とだけ言って、奥へ戻っていった。


「失礼します。ほら後輩。何ぼーっとしてんだ?」


「ふぇい!はい!」


2人は黒部の家に入った。

殺風景なリビングで彼女は待っていた。


「こんにちは。黒部です。・・・どうぞ。」


と、椅子を示す。

零次は無言で座り、目の前にある黒部が出したであろうお茶に目もくれず、


「今日は貴女の同級生四人が殺された事件について聞き込みに参りました。」


と、単刀直入に話を始めた。

黒部は少し驚いた顔をしたが、


「そうですか・・・残念です。」


とだけ言った。


「とりあえず彼らが殺されたと思われる日の行動を知りたいので教えてください。」


「はい。」


零次は死亡推定時刻を言った。


「・・・多分。寝ていましたね。私、夜は早く寝るので。」


と、黒部は素っ気なく答えたのを見て


「そうですか、ありがとうございます。」


と、こちらも素っ気なく零次が言う。


「ほら後輩。挙動不審になってんじゃねぇ。行くぞ。」


「もう終わりですか?」


「あぁ。もう終わりだ。」


「力になれず申し訳ございません。」


と、頭を下げる黒部。


「いえいえ、お気になさらず。ところで黒部さん。この部屋に他に誰かいるのですか?」


「いえ・・・私たちだけですが、どうされました?」


「花が二、三本無くなっていまして。」


たしかに五本あったはずのテーブルの上の花瓶の花が二本になっていた。


「さ・・・さぁ?小人が持っていったのでは?」


これは比喩でもなんでもなく小人が盗んでいくことはよくあることだ。


「そうですか。ありがとうございます。失礼しました。」


「あ、失礼しました!」


と、縁はさっさと去っていく彼を追って黒部宅から退散した。



「せんぱーい?」


約20回目の助手席からの呼びかけが零次の左から右へ通過する。


「先輩?」


無視。


「零次先輩?」


「うるさい!なんだよ!」


約22回目にしてやっと反応した。


「黒部さんにあれだけしか聞かなかったのですか?他の人はもっと聞いてたのに・・・」


「いいんだ。あれで。いいから資料でも見てろ。」


と、やはりつっけんどんに言って黙る零次。


(・・・この人、何を考えてるんだろ?)


と、零次の横顔を見ながらそう思う縁だった。

数十分後、ある家までたどり着いた。


「ここにいるのは・・・」


鹿音琴美しかのねことみさんです!なんでも多肢族ポリメリアンだそうです!」


「多肢族ねぇ・・・行くぞ。」


と、零次は鹿音の家のインターホンを鳴らす。


「はいはい!なんでしょう?」


「すみません。警視庁捜査零課の・・・」


「ちょっと待ってください!」


食い気味で答えた相手はその場から離れたらしい。


ガシャーンガチャバタングシャガララ・・・

と荒れた音が響く。


「すみません・・・はぁ・・・家が・・・散らかってるもので・・・」


ようやく出てきた彼女は多肢族なだけあって腕が三対あった。金髪でかなりラフな格好をした彼女は黒部よりも明るい感じであった。


「どうぞ上がってください・・・」


「失礼します。」


本人が言う通り部屋はかなり散らかっていたが、さっきの片付けによってスペースは確保されていた。


「鹿音琴美です。よろしくお願いします。」


「神薙です。」


「萱町でふ!」


噛んだ。


「さて、今日は貴女の同級生4人が殺された事件について聞き込みに参りました。」


と、同じく単刀直入に言う零次。


「えぇ!?同級生!?誰ですか?」


「すみません。それはまだ言えません。」


ギリギリ嘘である。

彼がアリバイを聞くと、


「んー、わからないですね・・・多分街に出ていたか寝ていたかのどちらかだと思います。」


と答えた。

彼が鹿音に二、三個質問してから


「ありがとうございます。質問は終わりです。」


と、さっさと帰ろうとするのを彼女は引き止めた。


「あの・・・絶対犯人を捕まえてください!」


「・・・はい。」


彼らは鹿音宅から出た。


「少し寄るところがある。」


「む?昼前に言ってたやつですよね?どこへ行くのですか?」


と聞くと零次は


「秘密だ。」


とだけ言った。



そこはいかにも古い感じの喫茶店だった。

零次はそこに入り、カウンターで座って本を読んでいたオーナーらしき人に


「あいついるか?」


とだけ尋ねると、彼は上を指差してまた本を読み始めた。


「ありがとう。」


と、上への階段を上る零次。


「こ・・・こんにちは・・・」


と、縁はオーナーに挨拶して零次を追う。

縁が二階に着いた時、零次が隅の窓際にあるテーブルに座った1人の女性と話していた。

その女性はかなりの美女であった。スタイルも完璧。ただ一つ、目つきが少し悪いことを除けば容姿はパーフェクトである。しかし、もっと目を引くのは彼女が真紅であることだ。スーツ、靴、髪、眼の色まで真っ赤という徹底ぶりである。赤でないのは肌とワイシャツくらいだ。そんな彼女が、そのすらりとした脚と腕を組んで座っていた。

縁は彼女からとんでもない威圧というか、気を抜いたら潰されそうな感じを受けた。


「後輩。こっちだ。」


と、呼ばれてしまったので縁は急いで零次側の空いている席に座る。


「ほう?あんたが言ってた後輩ちゃんは女の子かい?女の子に向かってその呼び方はないぜ?零次。」


「黙れ。」


「あの・・・こちらは?」


「こいつは夏目潤なつめじゅん。元零課職員で、今は代行屋とかいうわけわからん職業をやっている。数々の伝説を残した奴なんだかな。『最強』とか言われている。まぁ表では言われないがな。」


「最強・・・」 


「違うな。バケモンだな。」


「だからよう。言い方悪いっつうの。」


と、潤は零次の鼻を摘んだ。


「痛ぇ痛ぇ痛ぇ痛ぇ!離せボケ!」


すごく痛そうだった。


「あぁすまんすまん。あとうるさくしないようにな。」


「いってぇ・・・お前がやったんだろ・・・。いつだったか、高層ビル並みの悪魔が出た時に、若い時のこいつがそいつの顔面ぶん殴ってKOした後、その高さから落ちて擦り傷一つなくピンピンしてやがる。尋常じゃない。」


と、ぶつぶつ言っている。


「あぁ、そんなこともあったなぁ。その時はまだひよっこだったっけ?今じゃ部下持ちかぁ。しかもこんな可愛らしい後輩がなぁ・・・。」


「うるさい」


「そういえば、君、名前聞いてねぇな。名前は?」


と、潤はその様子を見ていた縁に問う。


「ふへ?わ・・・私は萱町縁です!よろしくお願いします!夏目さん!」


「潤って呼びな!・・・ん?萱町?おい零次。耳貸せ。」


と、潤は零次に何か言った。


「あぁ、そういえばそうだな。まさかな。」


「絶対そうだろ!なるほどなぁ・・・」


「どうしたのですか?」


なんだかわからない縁は聞いてみるが、


「なんでもない!」


と、はぐらかされてしまった。


「さて、仕事の話だ。潤。」


「あいよ。何が欲しい?武器か?情報か?戦力か?」


「情報だ。資料を渡す。もっと深い情報が欲しい。できるな?」


「ふん。アタシはやることはやるぜ?」


と、潤はニヒルに笑った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る