ー 2 ー【試し読み】「このあと滅茶苦茶ラブコメした」


 3



「怖い……自分のクールさが怖い」

 さて、HRも終わったし帰るか。

「怖い……自分のクールさが怖い」

 予習復習と日課のトレーニングをこなして……その後はお楽しみが待ってるからな。

「怖い……自分のクールさが怖い」

「よし、教科書の忘れ物もなし、と。それじゃ――」

「待って大我。私がこれだけアピールしているのになんで無視するの」

 

 後ろから服の袖をくい、と掴まれた。

 クールキャラは自分の事クールとか言わないんですよお嬢さん……

「……一応聞くが、一体何がクールなんだ?」

「とりあえず言ってみただけ」

「じゃあな」

「待って。私が悪かった。待って」


 ……完全なるノープランだった。


「いや、俺も帰ってやる事あるから暇じゃないんだが……」

「分かった。じゃあ昇降口まで一緒に行こう。それまでに考えるから…………クールな食べ物が好きというのはどうだろう? あ、でもスースーするやつとかは全部苦手だし……」

 シフォンは廊下に出てからも、何やらぶつぶつ言っていた。


「あ、かき氷は食べられるし、これはクールと言えるのでは……でもあれ、頭痛くなっちゃうしなあ……」


 まだぶつぶつ言いながら階段を降りきる。

 ここまでくれば昇降口はもうすぐだが、答えは全く出そうにない。

「あ、ゲコゲコストラップ机の中に忘れちゃった」

 だからそういうかわいいアイテムがいけないんだって……

「大我、待たせるのも悪いから今日はバイバイしよう。明日までに考えておくから」

 そもそも考えなきゃ出てこない時点で終わってると思うんだが……

 俺は半ば呆れながら、なんとはなしに階段を上るシフォンの後ろ姿を眺めていた。


 すると二階の方から――


「ねえねえ、この後カラオケいこーよ」

「今月金ねえんだよなー」

 チャラチャラした感じのカップルの声が聞こえてきた。

「ま、ワリカンならいいぜ」

「えー、ケチー。男ならカイショーみせてよ!」

 ギャルっぽい感じの女子が、彼氏の肩を強めにバン、と叩き。

「うおっ!?」


 余程角度とタイミングが悪かったのか、男子は盛大にバランスを崩した。


 場所は踊り場だった為、大事には至らなかった――が、よろけた先が最悪だった。


「……え?」


 今まさに踊り場に登り切ろうとしていた華奢なシフォンに、男子の身体がぶつかった。

 危ない! と叫ぼうとした時にはもう遅かった。


 シフォンの身体は、羽のように宙に投げ出される。


「――っ!?」


 考えるより先に、身体が動いていた。


 輝く金髪が千々に乱れ、少女は重力の法則に従って落下する。

 その身体が、階段に打ち付けられる直前に――


「…………ふう」


 なんとか……間に合ったか。


「た、大我……」

 階段の半ば辺りの所で、俺はシフォンを受け止める事に成功していた。

「シフォン、怪我してないか?」

「う、うん、ありがとう……大我は?」

「問題無い。鍛えてるからな」

 それは強がりでもなんでもなく、多少腰に衝撃がきただけで、別段なんともない。俺がどうこうというより、シフォンが想像以上に軽かったというのもあるが。


「オ、オメーのせいだぞ! 急に押したりすっから!」

「ハ、ハァ? ちょっと触ったくらいで転ぶアンタが悪いんじゃん!」


 ……謝罪や心配よりも先に、責任をなすりつけあっている奴らには怒鳴りつける価値もないとして、だ。


「さすがにここだと足場悪いから、ちょっと下まで降りるな」

「う、うん。ありが――っ!?」

 

 そこで急にシフォンの身体が硬直する。


「どうした?」

「……大我、これはひょっとして………………………『お姫様抱っこ』というやつでは?」

「ああ、言われてみればそうだな」

 直後、

「――――っ!!」


 シフォンの顔が瞬間的に真っ赤に染まった。


「あ、あわ……あわわっ!」


 ……その言葉を実際口にして慌てる人、初めて見た。


「おい、ちょっと落ち着けお前」

「ん~っ!」

「うおっ! ちょっ……不安定なんだから暴れんなって!」

「だって……だってぇ!」


 ジタバタするシフォンを支えながら、なんとか階段を降りきる。


「あ、危なかった……おいシフォン、お前一体何考えて――」

「ご苦労だったわね。まあ豚にしてはいい働きをしたわ」

 いや、髪の毛乱れまくりな上に顔面真っ赤でそんなかっこつけられても……

「うう……ごめん。照れ隠しでついクールな事を……」

 だからそれはクールではないというに。

「まあでも怪我がなかったんだったらそれが一番――ん?」


 

 不思議な事が起こった。



 俺の手には、パンツが握られていた。



 え?……パンツ?……これパンツ?……いやパンツだよな?

 もう一度言う。俺の手には、パンツが握られていた。

 しかもこれ、なんかちょっと温もりが――


「大我……もしかしてだけど………………………………………それってパンツ?」


 シフォンの言葉を受けて、もう一度確認する。


「……………………………………だな」


 結果、どこからどう見てもパンツでした。


「私、そのパンツに……とっても見覚えがあるんだけど……」

 ここに至って、俺はようやく事態の深刻さを理解する。

「そして今……スカートの中がものすごくスースーするんだけど……」


 と、いう事はまさか……

 真っ赤だったシフォンの顔が一転、蒼白なものに変化する。

「大我………………取った?」


 いやいやいやいやいやいやいやいやいや!

「取ってない! 俺は断じて取ってないぞ!」

 お、落ち着け! 落ち着いて状況を整理しろ!

 受け止めた際に偶然脱げて手に絡まった? いや……そんな奇跡的なトラブル、ご都合主義なラブコメでもありえない展開だ。


 それに、シフォンの身体を降ろすまでパンツなんて間違いなく握ってなかった。

 本当に、あの瞬間にテレポートでもしてきたとしか思えない。


 馬鹿言うな……そんな非科学的な事があるはずない……でも今現在、俺の手の中にパンツがあるのは紛れもない事実!


「大我……」

「ま、待て! 待ってくれシフォン! これは何かの誤解――」



 再度、不思議な事が起こった。



 俺の手に握られていたパンツが消えていた。



「え? なくなってる……?」「え? スースーしなくなってる……?」

 俺とシフォンはほぼ同時に疑問の声を発し、



「大我………………戻した?」



 いやいやいやいやいやいやいやいやいや!

「戻してない! 俺は断じて戻してないぞ!」

 取るのも変態だが、自分の手で戻すのはある意味それよりも変態っぽい。

 

 そもそもあんな一瞬じゃ、物理的に不可能だ。

 それでもたしかにパンツは俺の手の中にあったし、たしかにパンツは俺の手の中から消え失せた。


「い、一体なんだったんだ……?」

「分かんない……」

「な、なんか……ごめんな」

「ううん。大我は悪くない……と思う」


「「……………………」」


 なんか微妙な空気になってしまった。

「大我、ちょっと話題を替えよう」

「お、おお、そうだな」

「大我はパンツ食べてる女の子が好きなの?」

「蒸し返すってレベルじゃねーぞ!」


 むしろより悪化してるじゃねえか……なんなの? おこなの? シフォンさんほんとはおこなの?


「ごめん。お昼ご飯一緒に食べてた時に、佐藤さんと鈴木さんがそう言ってたのをつい思い出して……」

 あ、あいつら……

「パンツじゃなくてパンな。パンツ食べてるじゃなくて、慌てた感じで食パン食べてる女の子が好きなの」

 俺は、理想とする遅刻女子のシチュエーションをシフォンに説明した。

「ほうほう。やっぱり大我はラブコメ大好きなんだね」

「ああ、心の底からな」

「うん。のめり込める事があるのはとてもいいと思う」


 普通、女の子にラブコメ愛を語ると、大体引くか嫌悪感を抱くかで話が終わってしまうがシフォンはそのような態度をとる事なく、肯定的に聞いてくれる。

 俺が教室でシフォンとよく絡むのは、そういう所で波長が合うからなのかもしれない。


「あ、あのね、大我」


「どうした?」

 そこでシフォンが突然モジモジし出した。

「その時ね、大我が好きな女の子のタイプも話題にあがったんだけど、ちょうどチャイムが鳴って聞きそびれちゃったの。べ、別に大我がどうこうじゃないんだけど、話が途切れたから気になっちゃって」

「ああ、そんな話も朝、あいつらとしたっけな」

 

 見事にドン引きされた訳だが……シフォンなら分かってくれるかもしれない。


「風でスカートがめくれた時、こっちを思いっきり睨み付けながらも顔を赤らめて

『………………エッチ』とか言う女の子が至高だな」


 それを聞いたシフォンはいつも通りの無表情で、

「ごめん。それはちょっと気持ち悪いかも」

「ですよねー」

 ……やはり、現実世界にラブコメなんて存在しない。


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