【試し読み】『このあと滅茶苦茶ラブコメした 本当はあなたのこと大好きだけど、絶対バレてるわけないよね!!』

春日部タケル

ー 1 ー【試し読み】「このあと滅茶苦茶ラブコメした」

 ◇ 第一章


 1


 俺はラブコメが好きだ。


 ラッキースケベ、最悪の出会いから発展する恋、複数の女子から好意を向けられるハーレム展開。


 そこには男の夢とロマンがこれでもかと詰め込まれている。

 ドタバタし、ちょっと痛い目をみたりしつつも、女の子との甘い恋を享受する――こんなの、憧れるなという方が無理な話だ。


 だが、ラブコメの最も重要な点はそこじゃない。


 俺がラブコメを好きな一番の理由は――


「ん?」

 そこで思考が一時中断された。曲がり角の向こうから、人の気配を感じる。

 これはもしや……「『遅刻遅刻~』のパン咥え少女」ではないだろうか?

 ラブコメでは定番中の定番イベントだが、リアルで遭遇する事はまず無いと言っていい。


 しかし、その可能性はゼロではない。俺は淡い期待に胸を膨らませながら歩を進める。

 そして、角の向こうから姿を現したのは――


「あれ、赤城あかぎっちじゃん。おはよっす」


 普通に登校中のクラスメイトだった。


「……ああ、おはよう佐藤」

「え? 何で人の顔見てテンション下げてんの? 私何かした?」

「あ、いやすまん、こっちの勝手な都合だ……なあ佐藤、つかぬ事を聞いていいか?」

「なに?」

「お前、実は転入生だったりしないか?」

「は? 何言ってんの? 昨日も一昨日も同じ教室で授業受けてたじゃん」

「……だよな」


 僅かな希望が砕け散ったショックで、自分でもよく分からない事を口走ってしまった。


「それってもしかしていつもの『ラブコメシチュに遭遇しないかな』妄想? あはは赤城っち相変わらずキモいね」

「キ、キモッ……」

「おはよー佐藤ちゃん」

 そこで、別の女子の声が響いてきた。

「あ、鈴木っち。おはよっす」

「あ、赤城君も一緒なんだ、おはよ――って、なんかめっちゃヘコんでるけどどうしたの?」

「いつもの病気をディスっただけだから気にしないで」

「なるほど……あ、ちょっとお行儀悪いけど歩きながら朝ご飯食べていい? 微妙に寝坊しちゃってさ」

「朝ご飯だと!」

「「キャッ!」」


 鈴木の声に反応した俺は大声をあげてしまった。


「ちょ、ちょっとびっくりさせないでよ赤城君」

「すまん。でも教えてくれ鈴木。その朝ご飯って何だ?」

「いや、普通にコンビニのおにぎりだけど」

「おにぎりかあー……」

「え? なになに? 私なにか悪い事した?」

「いや、こっちの勝手な都合なんだが……パンだったら嬉しいなと思っただけだ」

「あ、おにぎり一個じゃ足りないからパンもあるよ」

「マジか!」


 これはいけるか……『寝坊』+『パン』とくれば――


「うん。デザートも兼ねてクイニーアマン」

「お洒落! なんだそのお洒落パンは!」


「『遅刻遅刻~』のパン咥え少女」が咥えているのは食パンじゃなくちゃならない……他のパンではどうにもしっくりこない。いわゆる様式美ってやつだ。


「えっと……私、なんで怒られたのかな?」

「気にしない方がいいよ鈴木っち。付き合うだけ損だから」

「あはは、かもね……でも赤城君ってほんとにもったいないよね」

「もったいない?」

「うん。だって、勉強は学年トップクラス、スポーツは万能。見た目も結構イケてるのに全然モテないじゃん」

「モ、モテなっ……」


 自分で言うのもなんだが、俺は女子ウケをよくする為に、かなりの努力をしている。死ぬ気で勉強し、懸命に身体を鍛えた。顔立ちも元からの超絶イケメンという訳ではないが、ファッションや身だしなみに気を遣い、そこそこ見られる外見になっているはずだ。


 それは全てラブコメ展開に遭遇した時の為の下準備だ。


 せっかくのシチュエーションが訪れても、そこから恋愛に発展しなければどうしようもない。来たるべき日の為に自分を磨いておくのは当然だ。

「あはは、言われちゃったね赤城っち」

「ぐっ……そうか……俺はそこまでみんなにキモがられていたのか」

「いや、イジったのをそんなに引きずらないでよ。赤城っちって、ノリいいし、困ってる

 時は助けてくれるし、いい奴だと思うよ。キモいって言ったのは軽い冗談だって」

「そ、そうか。ならいいんだが……」

「ちなみに赤城君はどんなタイプの女の子が好きなの?」


「俺の好みか? そうだな……風でスカートがめくれた時、こっちを思いっきり睨み付けながらも顔を赤らめて『………………エッチ』とか言う女の子が至高だな」


 二次元ではありふれた事ではあるが、三次元の女子達の反応は――


「「キモッ」」


 ……現実世界にラブコメなんか、存在しない。



 2



 教室に入ると、とある光景が目に入った。

 

 彼女は窓際の席で、物憂げに外を眺めている。

 皆が友人と雑談する喧噪の中、彼女の周辺だけは、まるで世界が隔絶されているかのように、静寂に包まれていた。


 絵になる、という表現がしっくりくるだろうか。何の変哲もない高校の教室の一角であるにもかかわらず、中心に彼女が据えられているだけで、その空間が一つの美術作品であるかのような錯覚に陥る。


 このような大仰おおぎょうな感想を抱いてしまう程に、彼女の容姿は突出していた。そして、単なる美醜びしゅうに留まらない、独特の神秘的な雰囲気を湛えていた。


 金色に輝く流麗な髪や白磁のような肌が、非日常感を助長させる。窓の外に向けられた碧眼は、一体何を見据えているのか。


 やがて、彼女は音も無く席を立つ。


 そしてその少女――神代かみしろシンフォニアは俺の傍まで歩み寄ってきた。



「汚らわしい目でこちらを見ないでくれる? この豚が」

「なんて!?」


 お、俺の聞き間違い……だよな?


「穢らわしい目でこちらを見ないでくれる? この豚が」


 一言一句同じなのになぜかひどくなった気がする……


「どう? 今のはかなりクールだった?」

「うん、クールっていうかただの罵詈雑言だな」

「そっか……ごめん。でも昨日パパが、ドラマで女優さんが同じ事言ったの聞いて『スーパークール!』って言ってたんだもん」

 ……それはお前のパパさんの性癖の問題です。


「まあいい。クールな女は一つや二つの失敗なんて気にしないもの。という事で気を取り直して、客観的な意見を求める事にする。大我、私のクールだと思う所を挙げていってほしい」

 そう。この子はなぜか『クール』である事に異様に執着しており、ことある毎にそういった言動をしようと試みる。


 ただ、問題なのは――


「見た目」

「うんうん、それで?」

「……………………………………………………………………………………」

「どうしたの大我?」

「いや、終わりだが」

「ちょっと何言ってるか分かんない」

「いや、分かれよ……お前がクールなのは見た目だけだから」

「……正気?」


 ただ事実を述べただけなのに、朝っぱらから正気を疑われてしまった。


「じゃあ聞くが、お前は自分のどんな所がクールだと思うんだ?」

「まずは精神。私はいついかなる時にも揺らがない、不動の心を有している」

「不動の心ねえ……具体的には?」

「笑わない。クールな心の持ち主である私は、どんな事があっても笑わない」


 まあたしかに基本的に無表情(というかぼーっとしている)ではあるけども……


「大我が信じられないという顔をしている。では実践して証明する。じゃん」


 ポケットから取り出したのは短い棒状の何か。

 コンパクトに収納されていたそれは、彼女が引っ張るとするすると伸びていき、結構な長さになった。その先端には羽毛のようなものが付いている。


「これで私をくすぐってみてほしい」

「……いいのか?」

 ていうかなんでこんなもん常備してんだ……

「もちろん。どこをどうくすぐってもらっても構わない。私は微動だにし――ひゃんっ!」

 弱っ!


「今、ものすごくかわいい声が聞こえた気がしたんだが……」

「き、気のせい……クールな女はどんな時も――はうんっ!」

 さっきよりも大分加減して撫でたんだが……


「いや、無理しなくていいから……」

「無理してない。全然笑ってないからまだセーフ。もっと遠慮しないでやってほしい」

 まあ本人がそう言うなら……

「っ!?……うっ……ぷっ……くっ……」


 ぷるぷるしてる。めっちゃぷるぷるしてる。笑いたいなら素直に笑えばいいのに……

「うっ……くっ……ごっ……」

 なんかかわいそうになってきたな……

「ごっ……ごっ……ゴルバチョフ…………寒い国の偉い人だから私はクール」

 錯乱しているのかよく分からない事言い出した……もうやめよう。

「はあっ……はあっ……ふう……どう? 大我、私のクールさが理解できた?」

 彼女は両の手のひらをくるん、と回した後、左右にひろげてみせた。

「いや、そんなす○ざんまいみたいなポーズされても、面白さしかありませんけど……」


 そう、問題なのはこの少女の中身が『クール』とはかけ離れている事だった。


「なあシフォン、人の信条にケチをつける気はないが、もっと自然体で――」

「大我。その『シフォン』っていうの、やめてほしい」

「え? なんでだ?」


 本名のシンフォニアだとちょっと長いんで、略して入れ替えて『シフォン』。

 誰とはなしに考え出され、いつの間にか広まった呼び名だった。


「だってシフォンってなんかワンちゃんとかケーキみたいでかわいらしいでしょ? クールな私のイメージに合わない」

 お前がクールだと思ってるの、世界中でお前だけだと思うんだが……

「あ、シフォンさん、おはよー」「お、シフォンちゃん、おはよっす」

 そこで彼女の背後から、クラスメイト達の声がかかる。

「……おはよう」

 か細い声で挨拶を返したシフォンは俺に向き直る。

「大我……みんながとってもいけず……う~、う~」

 いや、だからそのジタバタしてるのが既にクールと対極なんだって……

「でも実はちょっと気に入ってるのは内緒」

「気に入ってんじゃねえか……」

「はっ……こ、小声で言ったのになんで聞こえてるの?」

「こんな目の前で言われたら小声でも聞こえるっつーの」

「………………大我の大好きな『ラブコメ』にも、クールなキャラって出てくるでしょ?」


 分が悪くなったからって、ものすごく不自然に話題転換したな。

 まあどんな形にせよ、ラブコメの話題なら大歓迎だ。

「そうだな。ヒロインが複数いるタイプのラブコメには、かなり高い確率でなんらかのクールキャラが登場するな」


 俺にヒロインの系統分類の話をさせたら一晩あっても足りないが……まあここでは代表的なテンプレを。


「たとえば完全無欠な生徒会長の先輩とか」

「それ私」

「私生活が謎に包まれている、物静かな文学少女とか」

「それも私」

「暴漢に襲われても軽々と無表情で撃退する、武術の達人とかな」

「あ、まさに私」

「どこがだ! お前同学年だしマンガしか読まねえし壊滅的な運動音痴だろうが!」

「………………むう」

 さすがにこじつけが過ぎると思ったのか、それ以上は食い下がってこないシフォン。


 代わりに、一つの質問を投げかけてきた。

「大我、私はもっと『クール』を前面に押し出していきたいの。どうすればいいと思う?」

「黙ってればいいんじゃないかな」




「大我……大我」

 英語の授業が始まってすぐ、隣の席のシフォンがペンでちょいちょい、と俺の脇腹をつつき、囁いてきた。


「大変。実は、教科書を家に忘れてしまった」

「マジか。じゃあ机くっつけて一緒に見るか?」

「ありがとう。でもそれは全然クールじゃないから大丈夫」

 そもそも忘れ物してる時点であまりクールじゃない気が……

「私の番が回ってきたらクールに切り抜けるから見てて」

 どうやらそれが言いたかっただけらしい……ではお手並み拝見といこうか。

「では次、神代。続きの十三行目から音読してくれ」

「はい」


 透き通るような声で返事をして、すっ、と立ち上がるシフォン。


「でも先生。その前に私が考えたオリジナルの英文を披露させてほしい」

「いや、そういうのはいいから音読しなさい」

「先生。まあそう言わずに。みんなの勉強にもなりますから」

「お前教科書忘れたんだろ。隣の赤城に貸してもらえ」

「先生外を見て。あの空の青さ、雄大さに比べたら教科書の有無なんて些細な問題で――」

「十秒以内に始めるか廊下に立つか選べ」

「ごめんなさい借ります」


 ゴミみてえなグダグダさだな!


「うう……悪いけど貸して」

 最初っから素直にそうすりゃいいのに……


「よし。この金髪碧眼の私に教科書を持たせたらもう無敵。名誉挽回。ここからは私のクール音読無双」


 シフォンはすう、と息を吸い込み――



「あい うぃっしゅ あい わー あ ばーど。あい――」



 日本生まれ日本育ちの発音が、午後の教室に響き渡った。


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