ー 3 ー【試し読み】「このあと滅茶苦茶ラブコメした」


「しかしさっきのアレ……一体なんだったんだ?」

 家路の途中、思わず独り言が口をついて出た。

 パンツが唐突に現れたり消えたり……非常に不可解な現象だった。

 どう考えても物理的に説明がつかな――


「た、助けてくださああああああああああいっ!」


 不意に、助けを呼ぶ声が上から聞こえてきた。

「上!」

 反射的に見上げると、

「お、落ちるうううううううううううううっ!」


 女の子が、空から落ちてきていた。


 う、嘘だろ……

 ま、まさかこんなラブコメみたいなシチュエーションが本当に――って、そんな場合ゃない! 助けないと!

 

 俺は猛然とダッシュし、さっきのシフォンのように女の子をキャッチする事に成功――しなかった。

 

 無理! 運動能力がどうこうじゃなくて物理的に遠すぎる!


「ぐはああああああっ!」

 女の子は猛スピードのまま地面にぶつかり――

 ゴロゴロゴロゴロ!

「ぐえっ!」


 勢いよく転がり、道端のブロック塀に衝突してようやく止まった。

「だ、大丈夫かっ!」

 俺は慌てて駆け寄り、その子の様子を確認する。

「う、ううん……」

 よ、よかった……息はあるみたいだな。

「はっ!」

 そして、いきなり目を覚ました女の子は、

「な、なんですかこれは……服もボロボロですし、はだけてるじゃないですかっ!」

 いや、そりゃあんな勢いで落下してゴロゴロすりゃ、そうなるだろうよ……

「お、おまけに目の前には性欲の強そうな男の人が……」

 うん、失礼ってレベルじゃねーな。

「くっ……殺してください」

 いや、観念するの早すぎるだろ……

「落ち着け。何を勘違いしているのか知らんが、手荒な事をするつもりはない」

「そ、そんな事言って、ぱふぱふとか、いんぐりもんぐりとかする気なんじゃ……」

 見た目は俺と同じくらいのくせに、表現が古かった。

「だから落ち着けって言ってるだろ。俺の名前は赤城大我。見ての通り、ただの高校生だ。怪しい者じゃない」

「ひっ! あ、あの悪名高き男子高校生ですか……そんな生き物が、この美少女を前にして理性を保っていられるとは思えません」

 全国の男子高校生に謝れお前。そして自分で美少女ってこいつ……

「というか、あれだけ勢いよく落ちて身体は大丈夫なのか?」

「ふふん、へーきです。丈夫なのが取り柄ですから、私」

 いや、あの高度は丈夫とかそういうレベルを通り越してたと思うんだが……

「ていうか、一体どこから落ちてきたんだ?」

 見回しても、高層マンションやビルなどの類いは確認できない。


「あ、お空の上からです。私、神の使いですので」

「じゃあな」


「わーっ! ちょっと待ってください! なんで行っちゃうんですか!」

「いや、そういうのは間に合ってるから」

 手の込んだ宗教の勧誘とかだろうか? 人の信仰にケチをつける気は毛頭ないが、俺自身は残念ながら全く興味がない。


「ど、どうやら誤解があるようですね。分かりました。では、お近づきの印として、幸せな気分になれる、とっておきの粉を差し上げます。これを鼻から吸引してください」

「いや、怪しすぎるだろ……この状況で誰が吸うんだそんなもん」

「失礼ですね。この天使お手製の『ヘヴンズ・エンジェル』は何も怪しくありません」

「どう考えてもそっち系のおクスリじゃねえか!」

「ち、違いますよっ! うぬぬ、どうすれば信じてもらえるんで――あれ?」

「どうした?」

「いや、大我さんの身体から微弱な魔力の残り香が…………つかぬ事を聞きますが、ついさっき、何か不思議な現象が起こったりしませんでした?」

「不思議な現象? いや、別に何も……あ」


 あった。


「お、その顔は何か心当たりがありそうですね」

「……ある事にはあるが、声を大にして言える事じゃない」

「大事な事なんで教えてください。大丈夫です。私、口は堅い方ですから」

「本当だな?」

「ええ」

「……女子高生のパンツが、俺の手の中にテレポートしてきた」

「おまわりさーん」

「待てコノヤロウ」

「ぐえっ!」

 俺は襟首を掴んで引き止めた。

「お前口堅いんじゃなかったのか!」

 そもそも自称天使が公務員に頼るっておかしいだろ……やはり全く信用ならん。


「いやだって、完全に犯罪じゃないですか」

「う……でも、あれがお前の言う『不思議な事』なんじゃないのか?」

「違います。私はたしかにこの世界に漏れ出してしまった『魔力』によって発動する『魔法』のトラブルを解決する為に派遣されましたけど……『魔法』の性質上、使用者に不利益になるような現象が起こるとは思えません」


『魔力』?『魔法』?……一体何を言ってるんだこいつは。まあでもたしかなのは――

「そんなの知るか。実際俺の手にパンツが移動してきてたんだ」

「ふふん。そんな事はありえません。やっぱり犯罪の臭いがしますねぇ」

 鼻で笑い、小憎らしい表情を向けてくる少女。

「お前、俺が嘘ついてるって言うのか?」

「まあそういう事になりますね。どうです、今正直に白状すれば、おまわりさんを呼ぶのは勘弁してあげま――ん?」

 そこで、彼女の腰の辺りから軽快なメロディーが流れてきた。


「あ、ちょっと待ってください。神様から電話です」


 そんな現代科学に頼った神がどこにいるんだよ……頭の中に声が直接響いてくるとかじゃねえのかよ。

 いや、こいつの話を信じてる訳じゃないけど、これが何らかの詐欺だとしても、もっと上手いやり方があるんじゃないかと。


「ええっ!?」

 俺がちょっと的外れな心配をしている所に、裏返った彼女の声が響く。

「はい……はい……うう……分かりました。頑張りますぅ」

 そして、明らかにテンションが下がった様子で通話を終える。

「どうした?」

「……はい。簡単に言いますと、なぜか『魔力』が歪み、この世界では通常の『魔法』ではなく強制的に『ラブコメ魔法』が発動するようになってしまったという事です」

「ラブコメ…………魔法?」

「はい。私もまだ詳細は分からないんですが、その名の通り、通常の『魔法』に『ラブコメ』要素が加わったものらしいです」

「ラブコメって……あのラブコメだよな」

「はい。『I"○』とか『いち○100%』とか『To L○VEる』とかのラブコメです」

 お前絶対天使じゃなくてただのオタクだろ……しかも生粋のジャンプっ子。

「『魔法』と『ラブコメ』? 全く意味が分からんし、そもそも前提として『魔法』なんてある訳ないだろ。勧誘とか詐欺なんだったらもうちょっと工夫するんだな。信用してほしいんだったら、証拠の一つでも見せてみろよ」

「……ふふん」

 答えに窮するかと思った彼女は、鼻で笑った。

「いいですよ。それでは実際にご覧に入れましょう」


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