この世のどこかにある試合

キム

この世のどこかにある試合

「あれぇ、ここらへんじゃないかなあ」


 応滝こころは内心、焦っていた。

 先ほど不要だと思って野に捨ててしまったものが、今になって必要になってしまったのだ。

 次の対戦までの準備時間の間に、捨ててしまったものを見つけなければならない。そう思い、大きな星の刺繍が入ったお気に入りの服が泥で汚れることも厭わずに、必死に地面を掘り返していた。


「次の対戦までには見つけないとまずいですねえ」


 そんなこころの後ろから、ひっそりと忍び寄る影があった。

 影はこころの背後に立ち、後ろからそっと肩に手を乗せた。驚いたこころは思わず悲鳴を上げてしまう。


「ひぃっ!」

「この世には、」影は何かをなぞらえるようにぽつぽつと言葉を紡いだ。「スコップしてはならぬ、ものもある」


 こころがそーっと後ろを振り向くと、そこには見慣れた友人の姿があった。


「って、君かねぇ! リイエルちゃん!」

「こんばんなろー(ここらへんに《着信中》の絵文字)」


 こころの友人、リイエルが肩に担いでいたスコップを下ろし、両手を振りながら定番の挨拶を口にした。

 見知った顔に安心して、こころは中断していた採掘作業を再開する。


「そんなに焦って何を掘ってるんですか?」

「いやね、ゲームの序盤に捨ててしまったロボットくんが、今になって必要になってしまってね」


 序盤の引きでは不要だと判断して野に捨てたロボットだったが、今になって必要になってしまい、こうして地面を掘り返してロボットを探していた。

 こころがリイエルの質問に答えながら地面を掘り起こしていると、ふとした疑問が浮かんだ。


「ところでリイエルちゃん、なんでここに?」


 対戦準備時間中は誰もこの空間には入れないはず。

 そう思ってこころが尋ねると、リイエルは真上を指差しながら「こころちゃん、時間時間」と言った。こころが上を向くと、空高く浮かんだ時計はとっくに準備時間の終了を告げており、今は戦闘中となっていた。


「え、じゃあまさか、次の対戦相手って」

「はい。私です」


 そう言ってリイエルはにっこり笑ってスコップを手に持つと、後方へと高く跳んで、台座の上に華麗な着地を決める。

 そして持っていたスコップをバトントワリングのようにくるくると回してからステージに突き刺すと、左手を目元に添え、開いた右手を前に突き出し、こう叫んだ。


「――出でよ、黄金の輝きにて契りを交わせし我が下僕。その力を存分に振るいて、我が悠久の友を討ち給え!」


 リイエルの叫びに呼応するように地面から、背後から、そして空から数々の手駒がその姿を見せる。


「うわー! リイエルちゃんがゴールドで買った駒を召喚して私を倒そうとしているー!」

「直訳しないでください」


 むう、とリイエルが膨れているのを他所に、こころもいそいそと台座に上り、戦闘の準備をする。しかし彼我の戦力差や相性を鑑みても、万が一にも勝利の道は見えない。

 そしてこころのHPは、この戦闘で負ければ消し飛ぶ程度しか残ってしなかった。


「それではこころちゃん、対戦よろしくおねがいします!」

「お、お手柔らかに……ひいいいい」


 こころが用意した駒は、数秒と経たずして壊滅してしまった。


「ぐえええええ」

「こころちゃん、ggです」

「じ、gg……がくっ」


 そんな試合がこの世のどこかで、日夜行われているのであった。

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この世のどこかにある試合 キム @kimutime

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