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 彼はあれから、母親がいなくとも困ることなく家のことをこなし、町一番の高校に通い県外の良い大学に進学したそうです。何も問題行動はなかったと聞いておりますが、果たして本当にそうなのか、疑問です。彼の学歴や表面上だけの人柄の良さで周りの大人を丸め込んできただけのような気がします。


 彼は医学部に進学し、大変優秀な彼は薬学が特に得意だったそうです。わたくしはそれを聞いて震えあがりました。彼がどんどん人殺しの道を歩んで行っていた様に思えたからです。


 もちろん彼は人を殺すために医学部に進学したわけではないでしょう。彼は自分の正義を行うための武器を増やしただけなのです。正義と言ったって、人殺しには変わりないのですが。


 彼は大学を卒業した後は地元に戻り、なぜか仕事に就かなかったそうです。その辺をぶらぶらする所謂ニートのような生活を送っていたそうです。けれど馬鹿な彼の父は彼をいたわり、彼の好きにさせました。彼はふらっとどこかに行って何日も帰ってこない時さえあったそうです。まるで野良猫だった時の習性が拭いきれない拾われた猫ですね。


 そんな彼にも、生涯一人だけ愛した女性があるそうです。

 彼女は小佐田華さんといい、優しくてかわいらしい女性でした。


 二人の出会いはある夏の晴れた日でした。

 いつものように彼は街をぶらついておりました。すると一匹の猫が、段ボールの中から彼の事をじっと見つめるのです。彼はその猫の入った段ボールを持ち上げて猫に顔を近づけました。そんな彼の様子を偶然見た小佐田華は何故だか彼に惹かれたのです。彼は段ボールを持ったまま道を歩き始めました。


 普段は好きな男性に対しても奥手な華さんですが、この時は彼に声を掛けたくなり、様子をうかがうため彼の後を追いかけました。すると彼はどんどん山奥に入っていきました。


 ここまでは、不思議と華さんの経験はわたくしとの経験に似ています。

 彼の様子を不審に思いつつなかなか声をかけることが出来ない華さんは彼を追いかけ山深くに入っていきました。傾斜が大きくなってきたころ、彼の歩く足はぴたりと止まりました。


 そして彼は猫の入った段ボールを土の上に置くと、素手で土を掘っていました。彼が何をしようとしているのか分からなかった華さんは、良く見えるところに行こうと彼との距離を縮めました。だいぶ掘ったあたりで彼の手は止まり、猫を片手で抱きあげました。


「ご飯だよ」


 そう言って彼は土の中から出したのは、人間の、腕でした。


「ひいいっ」


 思わず声を出し、腰が抜けてしまった華さんは彼に気づかれてしまうと思い、顔を青ざめました。


「僕に何か用かい?」


 彼は彼女の方を見ずに言いました。


「ずっとついて来て、どうしたの?」


 そう言ってゆっくりと彼は華さんを見ました。


 私が追いかけてきたことを知っていたのにも関わらず、この人は私の目も気にせず腕を掘り起こしていた……。

 そう思った華さんは恐ろしくて声も出ませんでした。


 そんな様子を見て彼はにやりと笑い、猫を土の中にあった死体の上に載せ、華さんに近づきました。


「こ、来ないで……!」


 華は立てないながらに必死に後ずさりし、逃げようとしました。

 けれど彼はあっという間に彼女に迫り、土のついた手で彼女の腕を掴みました。そして強い力で腕を上に引っ張り彼女を立たせると、彼女を優しく抱きしめました。


「怖がらないで……」


 華さんは震えながら抵抗する力もなく、ただ彼に抱きしめられていました。彼が華さんを離すと優しい微笑みで彼女を見つめました。


「僕はX。あなたは?」


 死体を見つけた恐怖と、その殺しの犯人と思われる人間の自己紹介を聞かされたという困惑が華さんの心には渦巻きます。


「お、小佐田華です……」


 華さんは働かない頭を懸命に動かし言いました。


「華か、よろしくね」


 屈託のない笑顔を見せる彼は、友達が出来た幼稚園児の様でした。彼の行動が全くもって理解できない華さんも、何だかその笑顔に打ち破られてしまいました。何だか不安が少し和らぎ、もしかしたら私は勘違いをしているのかもしれない、そう思いました。


「な、なにしてたの……?」


 少し冷静さを取り戻しながら華さんは聞きました。


「猫に餌をあげていたんだよ」


 そう言って彼は華さんの手を引いて猫がいるところまで連れて行きました。もちろんそこには、死体があります。


 


 華さんは思わず顔を逸らしました。猫はその死体を食べていました。それを彼は嬉しそうに猫を見ていました。


「この死体……」


 華さんは恐る恐る聞きました。どうか、彼が殺したのではありませんように! そう強く願いながら。


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