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捨てられた可哀そうな猫にあげていたビスケットを、人間の力がなくとも生きられるカラスに食べられたことが許せなかった彼は、自分の正義を行うためなら動物を殺すことさえためらわない、サイコパスなのです。
ショックのあまりわたくしは、それからどうやって家に帰ったか覚えておりません。あの後彼が猫やカラスをどうしたのかも知りません。知りたくもありません。
ただ今でも鮮明に脳内に焼き付いてるのは彼のあの満面の笑みだけです。
わたくしの愛おしい彼は小学生という幼さで『人』ではなくなっていたのでした。
いつから彼はこうだったのだろうか、わたくしの教育が彼を産み出してしまったのだろうか?
わたくしはその日から四六時中そんなことを考え、自分を責め続けました。結果わたくしは、いつの間にか鬱になりました。
彼の姿を見るたびに掻っ切られたカラスの生首を思い出すのです、彼の満面の笑みを思い出すのです。わたくしは彼が視界に入らないように必死に彼から目を逸らしていました。
そして、わたくしは毎日寝て起きてはまた寝るという生活を送っていました。なんだか体が疲れて仕方がないのです。わたくしが苦しんでいる間に彼は家事を行い、料理までしてくれました。けれどカラスを殺したあの手で握ったおにぎりなんてわたくしの喉を通らないのです。
わたくしは彼のおにぎりを目の前にして泣き叫びました。普通だったら喜べる、息子からの手料理にわたくしはちっとも喜びを感じませんでした。それどころか彼の作ったおにぎりに対して嫌悪感を持ったのです。己の不幸さでわたくしはいつの間にか死ぬことばかり考えていました。
――あの子を殺して自分も死のうか?
何度もそう思いました。けれどいざ彼を目の前にすると手が震え、力がなくなるのです。彼の寝顔があまりにも愛おしすぎて、彼を眺め魅入ってしまうのです。
わたくしは結局どうすることもできず、夫に彼の全てを話すことにしました。しかし夫はわたくしの話をちっとも信用しませんでした。俺の息子がそんなことするわけがない、でっちあげだ、と鼻で笑うのです。それどころか、わたくしの頭が狂っているから幻想を見たんだとまで言いました。
わたくしはとうとう自分が壊れる気配を感じました。このままではわたくしは廃人になってしまう。
そんなさなかにわたくしは見てしまったのです。わたくしは彼を必死に避け続けたはずなのに、見てしまったのです。幼い彼が人を引きずり山に入っていくところを。
わたくしはとうとうXを捨てました。
何故そんなことをしたのかと、きっとあなたはわたくしを責めなさるでしょう。
わたくしにも自分の行動が分からないのです。ただ分かるのは、Xが怖くて仕方なかったことだけです。彼のそばに居たら自分が自分でなくなってしまうと思いました。
後から知った話なのですが、彼は自分をいじめていた子にかなりの報復を行っていた様です。虐められたこと以上の、最悪なことを。ここでは具体的な内容は伏せさせていただきます。
ここまではわたくしが実際に見ていた彼の話ですが、これからわたくしが話す話は、私がいなくなってからのXを良く知る方から聞いた、彼が成長し若者になったころのお話です。
少々わたくしの思慮も入っておりますが、それもきっと真実です。だって母親の勘とは悲しいぐらい当たってしまうのですから。
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