Xは生まれつき左目だけが青く、顔立ちの整った頭のいい子でした。

 その澄んだ瞳ゆえに彼は何度もいじめられたことがありましたが、彼は一度だってそのいじめに精神的にも、物理的にも屈したとはありませんでした。いつだって彼はいじめを華麗にかわし、いじめっ子を懲らしめそして屈服させていました。


 けれどいくら彼が頭の良い子だったとしても、母親のわたくしは彼を心配していました。だからわたくしは、彼が小学生の時に彼に聞いたのです。


「いじめが本当につらくはないの?」


 と。

 そしたら彼は満面の笑みを浮かべて言いました。


「つらくないよ。だって僕は正義の味方なんだもの」


 自信をもって答える彼にわたくしはかなりの安心感を持ったことを、今でも鮮明に覚えています。けれどやっぱり母親というのは我が子が心配なのです。わたくしはある時、彼の日常を知るために彼の尾行をしたことがありました。いつも彼は、日常での出来事など自分のことをわたくしに話さなかったので、わたくしは彼を心配するゆえの尾行でありながらも少し心を躍らせながら彼の後を追いかけました。


 だいぶ道を歩いていると彼は道端に捨ててあった子猫を見つけました。ミャーミャーと鳴いている子猫を、彼は優しい眼差しで見つめていました。そして彼は子猫の入った段ボールを持つとまた道を歩き始めました。わたくしは、彼はその子猫を家に持ち帰るのかと思いました。けれど彼が向かうのは家とは反対方向の山道でした。


 わたくしには彼が何をしたいのか、てんでわかりません。しばらく山道を歩いていると、だいぶ木が生い茂っている山の奥深くに着きました。

 

 彼は段ボールを置いてポケットから少し崩れたビスケットの入った袋を取り出しました。そしてにっこり笑うと彼はその袋からビスケットを取り出し、少しビスケットを砕いて地べたに置きました。子猫たちは大変おいしそうにそのビスケットを食べていました。その光景を見てわたくしは、自分の心が何かにぎゅっと締め付けられるような心地がしました。


 とっさにわたくしは自分の息子を他人に自慢したくなり、大声で騒ぎたくなりました。この子はわたくしの自慢の息子だと。

 そんな風にわたくしが胸いっぱいになっていた時、どこからともなくカラスが現れビスケットを食べてしまいました。


「ああ!」


 と彼は大きい声を出したと共に、躊躇することなくカラスの首を両手でしっかりと捕まえました。彼の大きな声を聞き、彼の行動を見た瞬間、わたくしのさっきまでの生易しい気持ちは引っ込むどころかむしろどこか遠い地の果て逃げて行ってしまったのです。彼の行動に思わずわたくしは息をのみました。そしてわたくしは、彼のカラスの捕まえ方のうまさに落胆したのです。


 彼がその捕まえたカラスをどうするのかわたくしには分からず、心配しながら彼の様子を見ていました。けれど彼が片手でポケットからナイフを取り出した時もしかして、とわたくしの頭にはある一つの思考が浮かんだのです。


 不幸なことにその思考は当たってしまいました。彼は、わたくしがいつか見たあの満面の笑みを浮かべ、取り出したナイフでカラスの首を掻っ切ったのでした。

黒いカラスの中からは紅の血があふれ出します。


 沢山のカラスの返り血を浴びた彼の姿は、もうわたくしの知っている松田拓馬ではありませんでした。わたくしが産んだ、あの愛おしくて自慢の彼は二つに分かれたカラスの内、胴体を土の上に投げると、子猫たちに自分の浴びた返り血をなめさせたのでした。


――快楽者


 わたくしは彼をそう捉えたのです。

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