魔女の一撃4

 今でこそ悪徳領主と名高いわたしだが、それこそ幼少期は、内気で引っ込み思案な子どもだったんだ。


「ノキ、そろそろ悪徳領主が妄想だと気づきましょうよ」

「おっさんのどこに内気要素があるんだよ」


 そこまで言うかね?

 まあいい。話を続けよう。


 7歳の頃だろうか。

 その日わたしは、マリアへプレゼントを贈ろうと、街へ買いに出かけたんだ。


「マリコン」

「悪徳ってやつは、プレゼントなんて用意しないと思うんだけど?」


 んんっ! げほんっごほん!

 さて。マリアは髪が長いから、櫛にしようと思ってね。

 目当てのものを購入して、さて自宅へ帰ろうとしたんだ。


 そこで突然、路地からのびた手に、わたしの腕は掴まれた。


「え?」


 そこからは早かったね。

 路地へ引きずり込まれ、ハンカチだろうか、口に布を突っ込まれたよ。

 頭から布袋を被せられ、あっという間に手足を拘束された。


 悲鳴を上げる間もなかった。

 そもそも、悲鳴を上げられるほどの勇気もなかったがね。


「はあ!? 誘拐されかけてるじゃないですか! 大丈夫だったんですか!?」

「やっべー! おっさん、本当に生きてる!? ちゃんと生きてる人!?」


 はは、まだ死んでないよ。


 そのとき、男の声で、『見つけた』と言われたよ。

 同時に、複数の人の気配もした。


 悲しいことに、わたしは人見知りの口下手でね。

 その日、誰にも気づかれないよう、こっそりと自宅を抜け出していたんだ。

 わたしの家は、本家を模している。……領民から、良くは思われていなかったね。


 この通り、わたしの髪は白くて目立つだろう?

 幼いわたしはそれを隠すために、頭からケープを被っていたんだ。

 だからこそ、余計に誰もわたしに気がつかなかった。


「何でそんな最悪なロケーションを生み出しているんですか!? 自ら窮地に陥っているじゃないですか! 大体、ノキは普段から緊張感が足りないんです!!」


 うっ、お説教は勘弁しておくれ。これは過去の話だ。


 さて。幼いわたしは、身体の自由を奪われ、誰かに担ぎ上げられてしまった。

 袋の向こうからは、ひそめられた男の声がする。


 ――まだ殺すな。

 指を一本ずつ送るぞ。

 殺すのは、奴等を恐怖のどん底に叩き込んだあとだ。


「ノキ! もうほんとあんた、屋敷から出ないでください!!」

「おっさん、本当に生きてる人? もしかして死んだけど、神様に突っ返されちゃったタイプ?」

「やめてください! 縁起でもない!」


 ははは。これは過去の話で、わたしはこの通り、元気にしているよ。


 さて、悲鳴も上げられない。

 身動ぎもできない。

 身体に伝わる振動は、乱雑にわたしをどこかへ運んでいく。

 怯えきったわたしは、心の中でマリアに助けを求めることしかできなかった。


 鈍い悲鳴が上がったのは、そんなときだった。


 突然、男たちが騒ぎだしたんだ。

 ――なんだテメェは。

 何しやがる!

 くそ、殺せ!!


 たくさんの罵り声とともに、重い打撃音が、ひとつずつ声を消していった。

 ……途中、わたしの首筋に冷たいものが押し当てられた。

 とはいえ、わたしの視界は依然として布に包まれ、何が起こっているのかさっぱりわからなかったがね。


「絶対それナイフ。おっさん、めちゃくちゃ人質にされてる」

「あーーーー……今、俺の心臓が潰れそうなほどしんどい……」


 何度もいうが、これは過去のことだよ。


 さて。モーリッツくんのいう通り、恐らくわたしは脅しの道具に使われたのだろう。

 男が怒鳴った。


 ――このガキが死んでもいいのか!?

 大人しくしろ、殺すぞ!!


 ……次の瞬間には、男は静かになって、倒れる音がしたよ。

 投げ出されたわたしの身体は、誰かによって抱き留められた。


 ――ノキ様!!


 わたしを抱き留めてくれたのは、悲壮な顔をしたマリアだった。

 すぐにわたしの拘束を解き、強い力で抱き締めてくれた。

 幼いわたしはずっと泣きじゃくっていたのだが、余計に泣いてしまってね。

 マリアにしがみついて、散々泣いたよ。


「よかった……あとでマリアにお礼いいます……」

「さっすがマリアモデル!! くぅっ、シビれる憧れる!!」

「……いや、え? まさか全員、マリアが倒したんですか?」


 ……そのまさかだよ。

 わたしとマリアの周りには、気絶した男たちがゴロゴロと転がっていてね。

 いやあ、ははっ。……みんな苦しそうに呻いていてね、正直驚いてしまったよ……。


「ノキ。敵に情けをかけるもんじゃありません」

「おっさん、死の縁に立ってたこと、忘れんなよ……」


 こほんっ。

 いろいろと長くなってしまったが、マリアがいなければ、わたしはとっくの昔に死んでいたんだ。


 わたしがマリアを大切に思っていることが、少しは伝わっただろうか?






 ノキシスの話が終わり、モーリッツが革のグローブで目許を拭う。

 ぐしっ、と鳴らしたそれに、サミュエルは正気を疑うような顔をした。


 ……いや、泣くような内容だったか?


「ところで、ノキ。どうしてマリアは、ノキの居場所がわかったんですか?」

「生体反応を辿ったといわれたよ」

「さっすがマリアモデルだぜ!! 主人の生体反応を完全にターゲティングしてる!!」

「……マリアが敵でなくて、本当によかったですね……」


 もしも敵なら、どこにも逃げ場がないじゃん……。

 サミュエルが青ざめた顔の下で思う。


 ここに感極まり。そんな顔でボロボロの鞄を担いだモーリッツは、ノキシスの両手を掴んだ。


「そのマリアモデルが、ここに来てるんだよな!?」

「ああ。是非とも、きみに整備してもらいたい」

「わかった!! 工房に帰る!!!」


 紅潮させた頬に満面の笑みを乗せ、いうが早いか、モーリッツは踵を返して駆け出す。

 身軽な少年の後ろ姿は、あっという間に視界から消えてしまった。

 唖然、サミュエルが口を開く。


「悪い人じゃないってのはわかるんですが、嵐のような人でしたね……」

「ははは。昔のエイプリルに、よく似ているよ」


 挙げられた工房の親方の名前に、年若い執事が得心する。

 ……確かに、系統が似ている。似たもの師弟か。


「じゃあノキ、俺たちも工房へ戻りま……あれ?」


 ノキシスのいる方へ振り返ったサミュエルが瞠目する。

 先ほどまでそこにいたはずの彼の主人は、忽然と姿を消していた。

 どっ、と、サミュエルの心臓が嫌な音を立てる。


『――そこで突然、路地からのびた手に、わたしの腕は掴まれた』


 先ほど聞いたばかりの話が脳裏に浮かび、少年は急ぎ足で手近な路地を覗き込んだ。


「ッ! ノキの眼鏡!!」


 薄暗い路地に転がる、光を反射する眼鏡。

 無造作に落とされたそれを慌てて掴み、サミュエルは路地へ飛び込んだ。

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