魔女の一撃3

「はじめまして! 今回マリアさんの整備を担当させていただきます、モニカといいます!」


 びしりと背筋を伸ばした少女が、興奮に頬を染め自己紹介する。

 真っ先にマリアと握手した、あの少女である。

 機械油に汚れた作業着は飾り気なく、純朴な印象を与えた。


 不安そうな顔をするノキシスへ、寝方を変えたエイプリルが少女を指差す。


「モニカは優秀な子だよ。アタシが監督して、指示を出すから、安心しとくれ……って、モーリッツはどこだい?」

「そのぅ……」


 そっと目線を外したモニカに、親方の顔色が変わる。主に憤怒の方へ。


「あいつ、また逃げ出したのかい!?」

「その……今度はミュージシャンになるんだって……」

「全く、あの子は!!」

「あ、あの……」


 怒りに燃えるエイプリルと、罰の悪そうな少女に、サミュエルが困惑気味に声をかける。

 ハッとしたエイプリルは、申し訳なさそうに顔をしかめた。


「悪いね、ノキ坊。モーリッツは腕はいいんだが、ちょっとばかしクセが強いんだ……」

「そのモーリッツって人がいないと、整備が出来ないんですか?」

「モーリッツがすみません!! 必ずゲンコツしますんで、少々お待ちください!!」


 モニカが必死に頭をさげる。

 主人をうかがうように見遣ったサミュエルは、「どうしますか?」小さく尋ねた。


「その、モーリッツという子の特徴を教えてくれるかね?」

「はわわっ、ごめんなさい! お客人のお手は煩わせません!! 今すぐあたしが……っ」

「構わないよ。マリアのためだ」


 席を立ったノキシスが、やんわりとモニカへ話しかける。

 あわあわ震える少女を後ろに、エイプリルは眉尻を下げた。


「すまないね、坊」

「マリアを頼むんだ。当然だよ」


 いつもより元気なく微笑む彼が、人物の特徴を聞く。

 サミュエルとともに、モーリッツなる人物を探して工房を後にした。






「……ノキ、元気ありませんね」

「そうかな?」

「はい、とても」


 トボトボ歩くノキシスの後ろに控えながら、年若い執事が問いかける。

 肩越しに振り返った領主は、やわりと微笑んだ。

 いつもより疲れた印象のそれに、少年が頬を膨らませる。


「ノキがマリコンなのは知ってますけど……」

「まりこん……?」

「マリア・コンプレックスの略です」

 

 ああ、ノキシスが得心したような顔をする。

 数度頷いた彼は、懐かしむように目を細めた。


「マリアがいなければ、とっくの昔にわたしは死んでいたからね」

「それ、どういう意味ですか……あれ?」


 狭い路地に反響する、調子外れなカスタネットの音。

 はて、顔を上げたサミュエルが、路肩にひとりの少年を見つけた。


「ヘイッ! 奇怪な機械が未開の都会でアブラを売るぜ、YO! YO!」

「言っちゃ悪いけど、ダサッ!!」


 愕然としたサミュエルが、思わず叫ぶ。

 ミュージシャンって、そっち系なんだ!?


 タンバリンをシャララララ、鳴らした彼が、汗を光らせながらターンッ、ポーズを決める。

 ……残念ながら観客はおらず、通行人はそそくさと彼の前を素通りしていた。

 正直話しかけたくないなあ、と思いながら、サミュエルが少年へ近づく。

 汗を拭う彼へ、「あのう」話しかけた。


「悪いな、ファンサービスはしない主義なんだ」

「ファンとか永久にならないんで。それより、あなたがモーリッツさんですか?」


 燃えるような赤い髪で片目を隠した彼へ、サミュエルが半眼で尋ねる。

 革のジャケットに、革のグローブ。

 そしてシルバーのアクセサリーをジャラジャラさせた少年は、ハッと身構えた。


「ぼ……オレの名を知っているのか!?」

「エイプリルさんに聞きましたんで」

「くぅ〜!! この調子で名を馳せるぞ〜!!」

「聞いちゃいないな……。エイプリルさんが呼んでますって! 整備してほしいヒトがいるんです!」


 大きく声を張り上げたサミュエルに、少年モーリッツが嫌そうな顔を向ける。

 カスタネットを高らかに鳴らし、追い払う仕草をした。


「悪いけど、ぼ……オレ、技師はやめたんだ」

「何でですか!?」

「どうせアンタらも、新モデルが出たら、そっちに乗り換えるんだろ? いくら整備したってムダじゃねぇか」

「なッ、ノキはマリアを捨てたりなんかしませんよ!!」

「どーだか」


 けっ、肩を竦めるモーリッツへ、年若い執事が食ってかかる。


 ノキシスがサミュエルの肩をおさえた。

 はっとした彼が、不満を飲み込み口を噤む。


「はじめましてだね。わたしはノキシス・グレーゴル。きみがモーリッツくんかな?」

「けっ、やっぱり貴族かよ」


 古びた鞄にタンバリンとカスタネットを仕舞ったモーリッツが、悪態をつく。

 今にも言葉で殴り出しそうなサミュエルを制し、ノキシスは眉尻を下げた。


「きみにお願いしたいのは、わたしのたったひとりのメイドなんだ」

「ひとりぃ? ウソくせーな。だってアンタ、貴族だろ?」

「貴族だよ。きみに整備してもらいたいのは、わたしの乳母を務めてくれた、マリアという女性だ」

「乳母……待って、アンタいくつ!?」


 意気よく立ち上がったモーリッツが、ノキシスを上から下まで見回す。

 30のおじさんだね。微笑む依頼主を、モーリッツが指差した。


「30!? ってことは、当時稼働してたのって、初期型!? ねえ、エリザモデル、マリアモデル、ロベルトモデル、どれ!?」

「マリアモデルだよ」

「本当!?」


 少年の頬が紅潮する。

 がしりとノキシスの手を両手で掴み、ぶんぶん上下させた。


 話についていけないサミュエルが、面白くなさそうな顔をする。

 しかし、少年モーリッツは止まらない。


「初期型がまだ稼働してるなんて、アンタ、良い貴族なんだな!!」

「だからはじめに言ったじゃないですか」

「うるせー!! お前みたいな顔のいいヤツが、ぼくはダイキライなんだー!!」

「あなたの事情なんか、知りませんよ!」


 ノキシスの手をガッチリ掴みながら、モーリッツがサミュエルへ人差し指を突きつける。

 じゃらん! シルバー色のチェーンが音を立てた。


「ぼくはな! パン屋のユイちゃんにフラれたんだよ!!」

「心から知ったこっちゃありませんよ! それと技師をやめるのと、どう関係あるんですか!?」

「だまれー!! お前みたいな黒髪で顔のいい男に、ぼくの苦しみがわかるか!! 絶対お前よりモテてやる! 音楽でな!!!」

「それでミュージシャンになるだなんて言い出したんですか!? 黒髪関係あります!?」

「ユイちゃんの彼氏面してる男が、お前みたいな黒髪の男だったんだよおおおお!!!!」

「ただの八つ当たりじゃんか!!」


 地面に伏して両の拳を打ちつけたモーリッツへ、サミュエルが全力で叫ぶ。

 膝をついたノキシスは、少年の背中をやさしくたたいた。


「つらい思いをしたね。その思いを夢に繋げるなんて、素晴らしいことだ。わたしは応援するよ」

「ちょっと、ノキ!?」

「ただ、せめて最後に、わたしの自慢のマリアをなおしてくれないかね?」


 ちらと顔を上げたモーリッツへ、やんわりと領主が語りかける。

 ぽんぽん、レザージャケットの背中がたたかれた。


「少しだけ、昔話をさせておくれ」

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