船という密室でもめ事は困る6

「もう脅威はないよ。本当のことを話してくれないかね?」


 崩れた積荷の下敷きにされたダグラス氏の部屋を訪れたノキシスが、憔悴した様子の使用人の青年と、ひとり娘のテレジアへ話しかける。

 顔を上げたユーリがテレジアを一瞥し、口を噤んだ。

 テレジアが恐る恐る声を発する。


「本当のこと、とは……?」

「これはわたしの推測なのだがね。きみたちはどちらも、ロープを切っていない」

「ッ! し、しかし!!」


 はっと立ち上がったユーリが、令嬢を庇うように前へ出る。

 胸の前で固く両手を握り締めたテレジアは、緊迫した面持ちで、彼等の様子を交互に見詰めていた。


 おっとり、ノキシスが笑みを浮かべる。


「わたしはただの田舎者だよ。きみたちを捕らえるつもりも、陥れるつもりもない。ただのお節介だ」


 辺境の領主の言葉に、ユーリとテレジアが顔を見合わせる。

 先に口を開いたのは、令嬢テレジアだった。


「……わたくし、ユーリが自供して、本当に驚きましたの。だって、彼のはずがありませんもの」

「お嬢様……」

「わたくし、この頃はずっと、お父様と婚約の話ばかりしておりましたの。わたくしもお父様も頑固で、お互いに平行線。今日のような口論も、一度や二度のことではありませんわ。日常茶飯事でしたの」

「……なかなか情熱的だね」


 しおらしい令嬢の姿と、日中見かけた虎の幻を背負った彼女の姿に、ノキシスがぽつりと感想をこぼす。

 小さく微笑んだテレジアは、花のように可憐な見た目をしていた。


「ユーリはそんなわたくしたちに困惑している様子で、いつもつらそうな顔をしておりましたわ」

「……これは、旦那様から口止めされているお話なのですが」


 テレジアが苦く微笑む。

 これまで口を噤んでいたユーリは、眠る彼の主人へ視線を向け、静かに口を開いた。


「旦那様が私を養子に出そうとしたのは、お嬢様と釣り合いがもてるよう、爵位を与えようとしたためです」

「ま、まあっ! それは本当でして、ユーリ!?」


 こくりと頷く使用人の青年に、テレジアがその場に崩れ落ちる。

 両手で顔を覆った彼女は、嘆くような声を上げた。


「お嬢様が16歳になられる頃、あなた様を迎えに行けるよう、旦那様が取り計らってくださっていたのです」

「ああっ、そんな、お父様……!」


 令嬢が、さめざめと泣き出す。

 彼女の前で膝をついた青年が、白いハンカチで柔らかな頬を拭った。

 その仕草には慈しみが込められ、とてもではないが、彼が証言したような『殺意』は見られなかった。


「……私は、お嬢様がことを起こしてしまったのだと考え、矢面に立とうとしました」

「失礼ね!! わたくし、そこまで野蛮ではなくってよ!?」

「し、しかし! ……普段の様子から鑑みるに、お嬢様は少々……お転婆でして」

「まあ!? 言ってくれますわね! あなたが二度と粗悪な言葉を発せないよう、壁一面にマイルドな絵本を貼り付けてもよろしくってよ!?」

「ご容赦くださいませ……それは正気を失う系統のものにございます……」


 先ほどまでのしおらしさがしゃぼん玉のように、テレジアがユーリに食ってかかる。

 ……この様子なら、誤解されても仕方ないね。

 ノキシスはひとり静かに頷いた。


「つまり、きみたちはお互いに相手をかばおうとした。違いないね?」

「……そのようですわ」


 こくり、テレジアが頷く。ユーリが首を傾げた。


「では、積荷のロープを切ったのは、誰なのでしょうか?」


 彼の目は、テレジアへ向けられている。

 どうやらユーリには、ひとり娘の彼女こそ、殺意に満ちあふれた人物に見えるらしい。

 テレジアはユーリの脇に肘を入れた。

 青年が耐える声を上げる。


「これも推測なのだがね、犯人は、エイムズ卿本人だよ」

「ど、どういうことですの!?」

「エイムズ氏は、積荷の持ち主では……?」


 しれっとノキシスが挙げた名前に、彼等が目を瞠る。

 領主はおっとりと微笑んだ。


「積荷に価値をつけるためだよ。積荷にイタズラされ、持ち主であるエイムズ卿が価値をひけらかせば、海賊に金目のものと問われたときに、真っ先に思い浮かぶだろう?」

「それでは、エイムズ氏が海賊と通じていたことになりますが……」

「積荷の中身は贋金だった。軽い木箱はカモフラージュだったのだろう。なにやら後ろ暗いことをしていたのだろうね」

「贋金!?」


 今頃彼等は、海軍とともにいるよ。

 ハンカチで眼鏡を拭ったノキシスが、穏やかに呟く。


「恐らく、ダグラス氏が巻き込まれたことは、完全な事故だったのだろう」

「お父様……ッ」


 眠る父へ振り返り、テレジアが涙を呑む。

 歯噛みした彼女は、毅然と前を向いた。


「あの者の腹に、丸太を打ち込んでやりますわ」

「お嬢様、そういう言動が、周囲へ誤解を振りまくのです」


 真顔のユーリが首を左右に振る。

 ひえっ、ノキシスは肩を震わせた。

 うっ、低い声が、ベッドから上がる。


「……テレジア……、もっとお淑やかに、……しなさ、い……」

「お父様!!」

「旦那様ッ!」


 薄らと目を開けたダグラス氏に、ひとり娘と使用人の青年が駆け寄る。

 涙ながらに父の手を取るテレジアの姿に、ノキシスはひそりと部屋をあとにした。

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