カボチャバラバラ事件1

「あたしを雇ってください!!!」

「帰れある」


 熱烈にテーブルを叩く遭難者の女性へ、身体ごとそっぽを向いたノキシスが素気なく返す。

 ピンクのツインドリルの髪と、たわわな胸を揺らし、彼女がいきり立った。


「お願いだから雇ってよ!!」

「そもそも募集かけてねーある。求人なんて、どこで耳にしたね?」

「交易の街だし!」

「給金絶対そっちの方が高価よ。ここで働くメリットがどこにあるね?」

「あたしはここで働きたいんだし!!」


 ノキシスの屋敷の応接間にて繰り広げられる対決。

 両者一歩も引かぬ状況に、ふたりを交互に見遣っていたサミュエルとマリアは困惑の顔をした。


「ノキ、その、……休憩を挟みませんか?」

「この小娘を追っ払ったら休むある」

「ノキさん」


 サミュエルが間を割るも、ノキシスの態度は崩れない。

 マリアに名を呼ばれ、主人が口を噤んだ。

 この屋敷唯一のメイドが苦笑する。


「ねえ、お嬢さん。私たち、あなたのお名前も知らないの。教えてくださらない?」

「はうっ!?」


 熾烈な争いを仲裁され、身を乗り出していた女性の頬が赤く染まる。

 わたわたと姿勢を正した彼女が、ぺこりと頭を下げた。


「あ、あたし、システィーナっていいます。……その、挨拶もなく騒いで、ごめんなさい……」

「だから帰れある」

「ノキ、ちょっと落ち着いてください」


 しゅんと項垂れるツインドリル、システィーナから、頬杖をついたノキシスがつんと顔を背ける。

 呆れ声でサミュエルがたしなめると、隣からぐすり、鼻を啜る音が聞こえた。


「あっあたし、田舎から出てきてぇ、お母さんと弟たちの暮らしを楽にしたくて、お仕事探しててぇ、そんなときに領主様のお話聞いて、ここで働きたいって思ってぇ……!」


 ぐすぐす、涙混じりに打ち明けるシスティーナの身の上に、同情心を刺激されたサミュエルが上司へ目を向ける。

 つんとした表情は、興味なさそうにティーカップの水面へ向けられていた。


「家族養いてーなら、こんな田舎町より、都会へ行くよろし」

「ノキ……」


 珍しいほど冷えた声音に、サミュエルが困ったような顔をする。

 何だかんだお人好しのノキシスが、らしくない。

 おろおろ、少年が主人とシスティーナを見比べた。


「システィーナさんは、家事はお得意?」


 居た堪れない空気を破った、おっとりとしたマリアの問いかけ。

 ぱっと顔を上げたシスティーナが、勢い良く頷いた。


「は、はい! もちろんです!」

「そう。なら、お手前を拝見させていただいても構わないかしら?」

「はい!」


 何度も首を縦に振り、システィーナがマリアの案内に続く。

 ぱたり、閉じた扉を見送り、困惑顔のサミュエルがノキシスを見下ろした。


「ノキ、一体どうしたんですか?」

「手」

「は?」


 眼鏡を外したノキシスが、取り出したハンカチでレンズを拭く。

 少年と目線を合わせることなく、領主は投げやりに口を開いた。


「言葉の端々に訛りがあることは認めよう。しかし、荒れのない手、艶のある髪、身奇麗な格好。恐らく彼女は『そういう役』を演じているよ」

「ど、どういういことですか!?」


 慌てるサミュエルに、眼鏡をかけ直したノキシスが、ソファから立ち上がる。

 億劫そうにため息をついた彼が、顔を上げた。


「きみは、故郷の田舎を出て、遠路遥々わざわざ悪名高い田舎町でメイドをしたいと思うかね?」

「相当なマゾヒストでもない限り、遠慮しますね」

「さて、誰が寄越した間諜かな」


 肩を竦めたノキシスが、ドアノブに手を伸ばす。

 ガチャアアアンッ!!! けたたましい音が鳴り響いたのは、そのときだった。






「これでよくメイドになろうと思ったあるな!?」


 割れた皿、引き裂かれたシャツ、中身をぶちまけた花瓶……。

 そしてマリアによって手当てを受けているシスティーナは、べそべそしながら包丁で切った指を差し出していた。


 彼女のあまりの不器用さに、ノキシスのみならずサミュエルまでもが、口許を引きつらせている。


「掃除、洗濯、料理に片付け。ここまで壊滅的なのも、ある意味才能ですよね」

「み、水やり! 水やりだったら出来るし!!」

「水やりだけのメイドあるか。間に合ってるある」


 目に涙を溜めて叫ぶシスティーナを、ぴしゃりとノキシスが拒絶する。

 あうあう涙目の彼女を見下ろし、マリアが微苦笑を浮かべた。


「ねえ、ノキさん。一週間だけ。一週間だけ置いてあげられないかしら?」

「マリアさん……!」


 マリアの助け舟に、システィーナの瞳が輝く。

 しかしぞんざいに腕を組んだノキシスは、扇子で裏口の方角を指した。


「帰れある」

「こんのちんくしゃ領主!! いいから雇いなさいし!!」

「この娘、わたしに対して反抗的すぎある!!」

「嫌われてるんですよ、ノキ……」


 椅子に座った状態でねめつけてくるシスティーナに、ノキシスが唖然とする。

 サミュエルの憐れみが空しく響いた。


 その後続いたマリアの説得の末、渋々頷いた領主が、システィーナの一週間の試用期間を許可した。



 *



 ――くくく、間抜けな奴等だし。


 システィーナが内心ほくそ笑む。

 彼女がまとうのはメイド服であり、豊かな胸囲は胸元を窮屈そうにさせていた。


 今にもボタンが弾けてしまいそうな様子に、マリアが困ったようにあらあらと微笑み、サミュエルは気まずそうに視線を逸らせていた。

 圧倒的な存在感は、彼女の誇る武器のひとつだ。


 くくく、掴みはばっちりだし!

 彼女はノキシスの想像通り、潜入任務のためにこのど田舎ベーレエーデへ派遣されていた。


 ——これで任務に成功して、オーティス様に認められて、一足飛ばしに昇進して、もしかしたら婚約者のいないオーティス様に見初められて、奥さんになれたりして!

 そしたらそしたら、あの交易の街全部があたしのものになって、毎日おいしいものが食べれて、フレーゲル様みたいに贅沢三昧して、あたしの将来バラ色じゃん!!


 システィーナの脳内に、バラ色の将来設計図が広げられる。


 にやにや笑う彼女は、今は殺風景な部屋におり、姿見の前でメイド服を翻していた。

 この部屋が今日から一週間の彼女の仮宿であり、マリア以外にメイドのいない屋敷の都合で、ひとり部屋を与えられていた。


 ――こんなのイージーモードだし! ひとり部屋なんておあつらえ向きだし!

 さっさとサミュエルとかいうガキを落として、こんな田舎町とっととおさらばしてやるし!


 今にも高笑いを上げそうなシスティーナが、くっくっくっ、笑みを堪える。


 彼女はノキシスの本家の人間、オーティス・ゲルトシュランクより、サミュエルを誘惑するよう指示を受けていた。

 メイド服を着た彼女を前に、サミュエルの初心な反応は好感触だった。


 ほんっと楽勝だし!

 システィーナは勝利を確信していた。






「どうぞ」

「は?」


 翌朝、サミュエルから差し出された白い布のかたまりに、システィーナは間の抜けた顔をした。

 受け取ったそれを広げてみる。……無地で質素な割烹着だった。


 は? このクソださい割烹着を着ろと?


 システィーナがサミュエルを見上げる。

 少年は気まずそうな顔をしていた。


「一週間といえど、うちの従業員なので」

「は?」

「ボタンが弾け飛ぶと困るので、知り合いのご婦人からお下がりをお借りしました。着てください」

「は??」

「じゃあ俺、ノキの世話があるんで」


 あっさりと踵を返したサミュエルが、さっさとシスティーナの前から立ち去る。

 驚くほど素っ気ない態度と、クソださい割烹着を前に、彼女の肩が小刻みに震えた。


 ――ま、まだまだだし。

 多分あれ、照れてるだけだし! 戦いは始まったばっかだし!

 そうそう、こんなはやくに陥落されてもつまんないし? このあたしが骨抜きに誘惑してやるし!


 プロ根性で割烹着に両腕を突っ込んだシスティーナが、引きつる笑みを懸命に整えた。


 出鼻は挫かれたけど、これからだし!

 ミッション1、思春期をメロメロにするし!


 気合いを入れ直したシスティーナの前に、うさんくさい男ノキシスと、ターゲットのサミュエルが通りがかる。

 肩より長い髪を下ろしたノキシスは書類を見たまま歩いており、サミュエルは彼の後ろを追っていた。


 しめた! システィーナが柱の影から覗き見る。


「ノキ、どこ行くんですか?」

「ホフマンのところある」


 そういえば、早朝から呼び鈴が鳴っていた。

 マリアが応対したそれを記憶から引きずり出し、システィーナが得心する。

 納得したサミュエルが声を上げた。


「俺も行きます!」

「いらねーある。適当に朝ごはん食ってるよろし」

「行 き ま す」


 一音一音区切られ、肩越しに振り返った領主が面倒そうな顔をする。

 ひらひら、片手を振った彼が、諦めたように肩を竦めた。


「勝手にするよろし」

「はいはい!! あたしも行くし!!」

「あなたはマリアに作法を習っていてください」

「行 く し!!!」


 これはチャンスだとシスティーナが飛び出すも、サミュエルは素気ない。

 鬼気迫る勢いで食らいつく彼女に、げんなりと顔をしかめたノキシスが、やはり面倒そうにため息をついた。


「勝手にするよろし。さっさと行って、マリアの朝ごはん食べるある」

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