第7話
Tが死んでから僕は、より一層人に偽善を行うようになった。それは僕が優しさに目覚めたからとか、そんな生ぬるい理由ではない。Tを追い込んだ奴らに復讐するためだった。人に意地悪をすることよりも、優しいふりをして相手を利用することの方が邪悪であると僕は思っていた。
だから僕はより一層rulerになろうと努めた。それは母の前でも同じだった。Tが死んでから数週間、母は僕の前で何度もTの悪口を言った。
母は、Tは僕には釣り合わないだとか、Tは頭が悪いだとかありふれた悪口を言っていたが、極めつけにTは根性がない人間だと言った。
Tが生きているころからTは僕に釣り合わない、Tは頭が悪いなんて悪口は母に限らず色々な人が言っているのを聞いた。僕にとってはTが僕に釣り合わないことも、Tの頭が悪かったことも全て事実であり、それはTが生きていた証拠だから僕はその悪口には反感を持たなかった。
けれど僕は、母がTは根性がない人間だと言ったことが本当に許せなかった。Tがいじめられていたことも、生活がつらかったことも母は何も知らない。だからこそそんな悪口が言えるのだ。
僕は母の口からすらすらと休む暇なく出てくるTの悪口を、できるだけ聞き流すように努めた。僕は憎悪に満ちた顔を母に見せないように俯き、憎しみから湧き出る力を、ズボンを握ることで抑えた。
「健一も大変だったわねぇ、あんなお友達を持って。最後まで面倒見て偉かったわ」
母はそう言ってまるで僕をねぎらうように僕の肩に手を乗せた。僕はその手を振り払いたくて仕方なかった。
――僕は本当にこんな悪魔の手先のような女の腹から生まれてきたのだろうか?
昔、赤ん坊は親を選んで産まれてくると聞いたことがあるが、そんなの親の思い上がりだ。僕がこの女を選ぶわけがない。この女が勝手に僕を奴隷に選び産んだだけだ。
――この女を殺したい。
――殺したい、殺したい、殺したい
僕の中のたくさんの僕が騒ぎ始める。僕は目を瞑り落ち着こうと努めた。けれど早まる心拍に伴い殺意はより一層増してゆく。
――駄目だよ、けんちゃん
その時、僕の中にいるTの声が聞こえた。
Tの声が僕の殺意をなだめる。その時自分のしようとしていたことの罪深さにはっとさせられ自分が怖くなった。
「あら、もうこんな時間。お買い物行ってくるわね」
そういうと母は僕から離れそそくさと近所のスーパーへと向かった。
母が出ていくのを見送ると僕は足の力が急に抜け、その場に座り込んだ。
「あぶねぇ……」
ぼそっと僕は独りごとを言った。
「ありがとう、T……」
そして僕の心の中のTに向かってお礼を言った。
母に従ういい子でいれなくなったら、僕の人生は終わりだ。屈辱を受けて母に殺される。だからこれからも僕は母の前で自我を出し、暴れることは許されない。
――僕は何か罪でも犯したのか?
そう思うほど母は、僕とって刑罰のような苦しみをもたらす奴であった。
で もいつの日か僕の鬱憤が溜まった心は、はちきれてしまうかもしれない。そんな日が来ないことを僕は心の底から願った。
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