第1話

 朝、目覚めると最初に僕の視界に入ってくるのは僕の部屋の天井だ。その天井の木目は、まるで人の顔のようだ、と僕は毎朝寝起きで働きの鈍い頭で薄ぼんやりと考えている。


 母と隣のおばさんが、寝相の良い子はいい子だと話しているのを盗み聞きしてから、僕の寝相は自然と良くなった。だから朝目覚めると視界に入ってくるのはいつも同じ顔をしている見飽きた天井だ。


 母は僕の寝相が良いことを知っているのだろうか?


 そんなことを考えながら僕はのっそりと起き上がる。時計を見ると6時30分、この時間はちょうど母が朝食を作っている時間帯だ。

僕は自分の部屋を出て母のいる一階の台所へ行った。


「おはよう」


 僕は料理をしている母に挨拶をした。

 母は包丁を動かす手をわざわざ止めて振り返り、僕に挨拶を返す。


「おはよう。休みなんだからもう少し寝ていてもいいのに」


 そう言いながら母は微笑を浮かべてまた料理を続けた。


「いいにおいがするから目が覚めちゃった」


 僕はそんなおべっかを言いながら、母の手元をのぞき込みやけに甘い香りを放っている、眩しいほど黄金色な卵焼きに手を伸ばした。


「おいしい」


 口に放り込み、思ってもいないこの甘ったるい物体への称賛の言葉を口にする。僕がつまみ食いをしたにもかかわらず、口調では怒りながらも嬉しそうな顔をする母は僕にとっては凄く単純で扱いやすい人間だ。


 実際のところ母の作る卵焼きは、もっとしっかり焼けないものかと思うくらい中はぐじゅぐじゅで、僕はこの卵焼きを舌に乗せるだけで虫唾が走る思いをする。


 けれど僕に不快感を与えるその卵焼きは、俗にいう「おいしそうな色」をしているので僕は心底その卵焼きが気に入らない。


 僕がこんな事を思っているとも知らずに、母は僕が半熟の卵焼きを好きだと本気で信じている。だからいつも朝ご飯にはこの半熟の卵焼きがでるわけで、僕はこれを食べると部屋の天井の顔を思い出すのと同時に、今日も憂鬱な一日が始まるのだと実感してしまい、とても厭な気分になる。


 僕は母の作った料理を一度もおいしいと思ったことがない。むしろ母の作る料理は僕に嫌悪感を抱かせる。けれどいい子を装う僕は小学生の時から、母の前では母の料理をたくさん食べる食欲旺盛な子供を演じてきた。


 母の作った物をたくさん胃に流し込み、食べ終わるとこっそり二階のトイレで吐く。そんな食生活のおかげで僕は成長期には珍しいほどどんどん痩せ細っていき、それに筋違いな違和感しか覚えない母は僕によく

「そんなに食べるのによく太らないわねえ」

と言っていた。僕は内心


――僕が太れないのはお前のせいだ。


と思っていたが、そんな気持ちと裏腹に僕は母からの称賛に笑顔を向けていた。

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