赤ノ五
「あぁカナちゃん」「もぅ...下さい」
赤い天井を見るのはもう何回目だろう?
いつも最後に見上げるのは赤く染まった首元
この低くて殺風景な天井との間に割って入りいつも私の目を塞ぐ
力を失った腕が静かに崩れ落ちると、その重みが体へとのし掛かり口を塞ぐ
私は顔を横にずらしプァッと息を吸う、鼻は汗で塞がっているから
しばらくするとフゥーッと音を出し身を起こす、それに続けて私も身を起こす
どこかスッキリした顔に目を向ける事はない
ブカブカの服の中は下着しかなく、無惨に脱ぎ捨てられたシワの入った学生服を
手繰り寄せ顔を埋める
「ははっこんなに」パチンッという音の後に聞こえる
何の音かも何の事かも興味は無いから顔を上げてあげる気は無い
友達でもないのに微笑みかける必要は無いから顔を埋める
いつからか週末になるとよく誰かしらが私に会いに来るが、その中に友達はいない
知り合いもいない、ただ覚えのあるモノの一つなだけ
気持ちの悪いモノの一つなだけ
キュッとゴムが擦れる音がした後に剥き出しの肌に何かが触れる
見なくてもわかる、それは気持ちの悪いモノから出たとても醜いモノ
クスクスと聞こえる音は着替えをするモノから出る音
目を向けなくても感じる視線と共に終始こちらを向いて鳴り続ける
助けを求めれる大人はここにいない、だから大人しく見られているしかない
大人しく笑われているしか...
コンコンコン救いの音が鳴るのはいつも遅い
「また来るから次こそおっとっと」「..かぇっ....」
こちらを向く視線と音が何処かへ飛んでいく
隙間から覗く赤い目に見送られる後ろ姿はもう何度目だろう
キーーッと立て付けの悪い戸の開く音が響き渡ると、同時に「どうも」と礼を言う
女の声と紙の擦れる音が耳に入ってくる
続いてキッバタンッと立て付けの悪い戸の閉まる音がまた私の心の扉にも響き渡る
込み上げてくる吐き気に連れられ、暗がりに立つ女の前を横切りトイレに駆け込む
両ヒザをつき顔を埋めるが出てくるものはいつも頬を流れる雫と悲鳴だけ...
渦を巻き流れる水に全てを吐き出す事は出来ないだろう
秋と言ってもまだ蒸し暑いこんな夜は、洗面台に張った水に顔を埋めるよりも
こっちのシャワーで全身の汚れを洗い流した方が気持ちがいい
ずっとそうしていれたらいいのに、今日の家は香水の匂いがする
~しばらくおまちください~
下着姿で部屋を横切る今の私に羞恥心は無い
丸められた学生服はいつの間にかアイロンに伸ばされ壁に掛けられている
それとは対称的に薄汚れたカーディガンは洗濯カゴで丸まったままだった
掌で優しくすくう、このシワ一つ無い制服を見るのが私の唯一の喜び
手の甲で優しくなぞる、この部屋で吐き出した私の唯一のわがまま
...近所でよく目にする綺麗で可愛い服、それは小さい頃からの憧れだった
所々に猫の絵が浮き出てくる生きてるお古着とは全く違う、清楚でいつまでも
変わらないその服がどうしても欲しかった
二人に泣いてもダメと言われても諦め切れなかった
オヤツやオモチャを我慢するから、お手伝いやお勉強を頑張るから、お小遣いも...
それでもまだ足りないなら私の全てを差し出すから
そうしてやっと手に入れた私だけの初めてのモノだから...
暫しの別れは私の鼻が教えてくれる、だって今日は香水の匂いがする
「じゃそろそろ彼来るから、はいこれ」
財布から取り出し渡されたそれから擦れる音はしない、緑がかった紙一枚
サイドボードに上がるさっきまでこの部屋にいた彼の忘れ物
色の濃い数枚の紙の横を通り過ぎると光に隠れた靴たちが
「お出かけしよう」と先へ誘う
「あんたいると色目で見るから、お母さん終わるまで帰って来ないでよ?」
外に漏れるその声を塞ぐように振り返る事なく背中でドアを押し閉じる
そこは外なのにひどく煙臭く目がしばしばする
足元には空けられた飲み口に黒い粉の付く空き缶が転がっていた
転がさないよう優しく優しく蹴飛ばす
ため息すら枯れ果てた視線の先に、道路を挟んだ向かいのマンションの一部屋
この闇夜と同じ明かりの消えた静かで暗い部屋
古くから知るそこの主がもう戻ってくる事はない事を私は知っている
それよりも早く下へ降りなければ、スレ違ったらまた迷惑をかけてしまう
誰にも迷惑を掛けずこんな私でもそれまでいることを拒まれない場所はある
今日もまた、足取り重く強い光へと歩きだす
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