赤ノ四
「こんにちは、私の事覚えてます?」
白で覆われた空間に一輪の花を差し出す
花はお嫌い?受け取る素振りもお礼の一言も無い、だって相手は人形だ
「一人でこんな遠くまで来たの初めてだから珍しい花を見つけちゃいました
あっお加減はいかがですか?」
今日は自然と言葉が進む、きっと人形相手の独り言だからだろう
備え付けの棚の上には二人の女性がこの人形と笑顔で並ぶ写真
それぞれガラスの額の中に飾られている
その写真に花を添えると、引き寄せたパイプ椅子へと腰を下ろし人形を見上げる
ボロアパートの小さな方の部屋ほどしかない四畳半のスペース
そこを圧迫する無邪気な顔の人形たちがベッドの縁を囲んでいる
人形たちは無邪気な顔で落下防止用の柵の間から逃げようと顔を出しもがくよう
その中の話し相手は唯一愛嬌の無い綿の抜けた中身の空っぽな人形
無数の傷痕を塞ぐようにその体は継ぎ接ぎだらけで痛々しい
どうせ直すなら詰め直してから塞げば良いのに、どこかで詰める綿でも落としたの
かしら?
無言に痺れを切らした訳ではなく、やんわりとした口調で話に入る
「事件のことで何か覚えていることはありますか?」
「...」相変わらず人形は人形のままで私の話を聞いてるだけ
「犯人のことで何か覚えていることはありますか?」
「...」愛想笑いもせず人形は人形のままで私の話を聞き流すだけ
答えたくないのならそれでいいの、そんな事を聞きに来た訳では無いから
「あの日のことで何か覚えていることはありますか?」
少し前屈みになり、もがく人形たちを小さな体で光から覆い隠すと
両手を柵の上で組み近くなった人形の顔をじっと覗きこむ
何か心を閉ざさなければ自重で壊れてしまうような辛い事を体験したんだろう
そのガラスの瞳に光が指す事はもうなさそうだ
「そうですか、大変でしたね...私の事は覚えてる?」
空っぽだった人形の顔に明らかな恐怖が芽生えるのが見てとれる
そう「...あなたが連れ出したのよ」
*
「...あなたどうしてそこにいるの?」
白い丈夫な扉を閉める私の背後で声がする
一応白がベースだけど、この服でここにいるのは可笑しいかしら?
ここの人は白が好きでしょ?
いいえ、きっとそんな話では無いわね
「あの、ホウキを...」なんとなく声の主はわかっていた
振り向き応える声は小さく、彼女の耳にその先の言葉は聞こえないだろう
ホ、ウ、キ?聞き覚えがないのかその顔はキョトンと私を見る
「ごめんなさい」何に対しての謝罪だろう
彼女の顔が静かに曇る
「優里ちゃん...は?」「中にいますよ」
嘘を付く必要などない、この部屋の中にいるのは間違いないもの
「...通してくれる」「はい、どうぞ」
拒む必要などない、彼女の邪魔をする気なんて無いから
半歩ズレて道を譲る私を押し退け扉に手をかける
勢いよく開かれた扉から音が外へと流れ出ると、それまでのこの白い空間独特の
静寂は一気に崩れ去った
「あ゛ぁ゛あ゛~~っ」中から壊れた機械のような唸りが漏れる
「優里ちゃん!!!やめて~」「いや゛ぁ゛~~」
支えを無くした扉がひとりでに閉まっていきまた静寂が戻ってくるかと思いきや
こちら側の空気をも変えてしまったようだ
白い廊下をスレ違う人たちはみな忙しそう
「廊下は走らないでね~」と注意する人はここには誰もいないのかしら?
みんないい大人なのにまったくダメな人たちね
だからと言って私が代わりに注意する事は無い
「ありがとうございます」とスレ違う一人一人に軽く会釈をして通り過ぎるだけ
それがみんなの耳に聞こえてなくてもいいの
別に「あら?ご丁寧にどうも」なんて言って欲しくて言ってる訳じゃ無いから
後ろから聴こえる声に振り返る事もしないだろう
だって私に罪悪感などないから、悪いのは全て中の壊れた人形だもの
人形の目は私が悪い事を知っていた、人形のままでいればいいのに
...だからあの人形が全て悪いのよ
でもね、ガラスの写真立てが割れてしまった事に関しては謝るわ
大事そうにしていたのが羨ましくて欲しくなった私が誤って落としてしまったん
だもの、ガラスに入った線が写真の二人を引き裂いてしまった様で申し訳無くて
だからホウキを借りに行くと言ってあの部屋を出たの
だってそうでしょ?壊れた人形の前にガラスの破片が落ちていたら...
でも私がホウキを借りに行く必要は無くなったみたい
だって代わりに掃除してくれる人たちが来たから、だからお礼を言っただけ
壊してしまった私が「ありがとう」と
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