白ノ五
「はい優里ちゃん、アーンして」
そう言ってスプーンを高くあげる「森花」という名のご主人さま
仲良く横並びに座る二人の前のテーブルには、分けて食べるには明らかに足りない
であろう一人分のみの食事が用意されている
私が食べたいんじゃないの、あなたが食べさせたいんでしょ?
子供じゃないんだからご飯くらい一人で食べられるのに
溢さず食べた私の頭に手を伸ばして「偉い偉い」と言って撫でたいだけでしょ?
「...」小さく口を開けてその指示に従う
ご主人さまがそれを望むのなら私もそれに付き合いましょう
だって私はお人形さんだから
私が一人でご飯を食べられたらご主人さまはどうするのだろう?
一人でお洋服をお着替えできたら?
きっと愛想を尽かして去っていくだろう、そして私は独りぼっちになる
独りでいるとまたあの夢を見てしまう、私をこの世界に連れてきたあの嫌な夢を
だから私はお人形さんでいるの
文句も言わずに何も考えずに、ただあなたのお人形さんでいるの...
みんなが食堂と呼ぶ白くて広い空間
ご主人さまに連れられ眠る合間ごとに三回やってくる見慣れた空間
いつものモヤモヤする部屋以外に行ける数少ないこの空間は好きよ
だってこう足をモジモジさせればすぐトイレに連れてってくれるから
履き心地の悪いこのモコモコする着るトイレは余り好きじゃないの
お願いを聞いてくれるならモリモリご飯も食べるから
だからずっとここにいましょうよ?
そうすればご主人さまもずっと私の隣に...
「...」ゆっくりと引く手に付いていく
この白い空間には他にも沢山のお人形さんがいる
そして一人一人にまた他のご主人さまがいて、只今接客中
ここはメイド喫茶ならぬ人形喫茶のよう「お召し上がりなさい、お人形様」って
みんなして人形遊びが好きなのね
食べさせてもらったものを吐き出す人形、奇声をあげて喜ぶ人形
ブツブツと天井に話続ける人形、中には車イスに縛りつけられている人形も
私もその中の静かに見下ろすお人形さん
同じ人形でも一人一人がそれぞれの表現方法で自分を可愛く彩る
でなければご主人さまたちもワザワザ店に足を運んだりはしないだろう
私のご主人さまはどんなお人形さんが好みなんだろう?
私のことを好きでいてくれているのだろうか?
また私のことを指名しに通ってくれるだろうか?
他のお人形さんが欲しいと思っていないだろうか?
ご主人さまに捨てられたら私はきっと壊れてしまうだろう
この傷を見るたびに思い出す、血を流しながら泣きわめいていたあの頃
数人の大人たちに押さえつけられながら泣きわめいていたあの頃
「...」もう戻りたくはないの
「大丈夫?優里ちゃんのせいじゃ無いよ?自分を責めちゃダメだよ?」
痛々しい無数の傷痕が残るこの手首
引く手よりそれに引かれる手に視線を落とす私の視界を遮りながら
赤みの無い頬にそっと自分の手を当ててご主人さまが言ってくれた
その優しさが人形の空っぽの心に伝わり微かに頬を染めると
その胸に舞い降りるように倒れこむ私を優しく優しく包み込んでくれる
次壊れたら誰にも治すことは出来ないだろう
だから捨てないで、言われたことはちゃんと守るから
ご主人様の好みの人形になるから、だから嫌いにならないで
私にあの残酷な夢を見せないで
あの捨てられた哀れな人形たちの夢を...
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