白ノ三

「オハヨウ、優里ちゃん」


ガチャリッという大きめの鍵の開く音の後に、ゆっくりと開かれる扉から入って

くる女性


四畳半程のスペースを圧迫するベッドの上で半身を起こして静かにそれを見る私

目が合うと軽く頭を下げてそう女性が言う


「...」私はただその女性を見てるだけ


「寂しくなかった?お利口さんにしてた?退屈じゃなかった?」


私をこんなに狭い所に閉じ込めておいてよくそんなことが言えるわね?

ほら内側からまた鍵なんか閉めて、まだ私の自由を奪うのね


「...」私を閉じ込めるその女性を見てるだけ


別に聞こえなかった訳じゃ無いの、怒っている訳じゃ無いの


返事をしない私に苛立つこともなく、優しく微笑んでいる


部屋を見回すなり奥にポツリとある小さな窓の方へ歩く

目の前を横切るその姿を追うように私の視線も窓の方へ流れる


「窓開けてチョッと換気しようね」


また私の返事も聞かずに開けるんでしょ?


「...」私はただカーテンを開く女性を見てるだけ


薄暗かった小さな部屋に緩い光が射し込み少し部屋を大きく見せる

それより少し遅れて私の髪を渇いた風たちが撫でていく


窓の向こうには白金色の格子があり、その窓をより小さく見せる

更にその奥には灰色をした冬空が何処までも続いていた


そこに浮かぶ真っ白い部屋、壁も床も布団も服も全てが白に覆われている


女性は窓の前で伸びをすると向き直りこちらに歩み寄ってきた


「日中は暖かいけど夕方から冷え込むみたい、後で毛布持ってくるね」


「...」私に微笑むその女性を見てるだけ


返事が返ってこないのは最初からわかっているはず

だって他のみんなが私の名前を呼ぶときに「失語症の」と着けるから


失語症といっても私の場合は会話を理解も出来るし話すことだって...


ただ声を出したくないだけ


ただ感情を出したくないだけ


ただ...思い出したくないだけ


まるでお人形さんを相手にお話するかのように、独り言を何度も繰り返しながら

私の許可を得ずにベッドに軽く座る


ベッドの横に備え付けられている小さな棚の上には

プラスチック製の見るからに安物のクシと、二人の女性が笑って写っている写真

一枚が額も無しに無造作に置かれている

更に小さい棚でも十分事足りるだろう


女の子の部屋にしては酷く殺風景な空間


周りに人形でも並べていれば少しはそれらしく見えるのだろうが

生憎この部屋に人形は一つあればいい


棚の上からクシを取ると私の頭を撫でながら髪をとかし始めた


「...」特に嫌がる事なくこの女性に身を預ける


暫くすると立ち上がって髪をとかす、それはいつもと変わらない光景


その顔に見覚えがあるのに誰かわからない


ここは自分の部屋なのに何処かわからない


全てを覚えているのにわからない、何が疑問かもわからない


今日も私は胸に「森花」という札を付けたこの女性の相手をするだけ

いつものように何もせずに何も考えずにこの女性の相手をするだけ


そうすればあの夢を見なくて済むから、一人でいると見てしまうあの


だから私はいつも通りお人形さんでいるだけ


心を落ち着かせるために辺り一面を白で覆った、この精神病棟という檻の中で

今日が終わり再び眠りにつくその時まで


「...」ただお人形さんでいるだけ

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