白ノ二

「起きて、ねえ起きてよ優里」


休日を告げる柔らかな朝の光が差し込む


古びた襖一つで区切られた自分専用の空間

部屋の大半をヌイグルミ(手作り)が占拠するいかにも女の子の部屋といった空間


いつもより少しばかり遅めの起床を願う私を揺する女性の姿があった


眠たい目を擦りながら半身をゆらりと起こすと

目の前のボヤけている顔に徐々にピントが合っていく


その顔の朝は早い

午後に一度戻っては来るが私とすれ違いでまた深夜まで働きに出て行く

昔からよく知る顔


休日しか見れない、でも休日には見られる私の何よりも大好きなその顔に

「オハヨウ」よりも更に適切な言葉を口にする


「あっママ、久しぶり~」


無邪気に笑いかける私に母は優しく微笑み小さく「オハヨ」と言った


そんな母に話したかった事を飲み込みながら私は唐突に尋ねる


「昨日ね、パ...お仕事大変なの?私もバイトとかしようかな?」


久しぶりに見たその顔は先週よりも少し痩せて見える


「ん?家の仕事手伝ってくれるだけでお母さん助かるわ、ありがと」


一瞬戸惑うもまた微笑みそう言ってみせるがその顔も疲れて見える


そんな母だったが突然あっと思い出したように私の口元に人差し指を添える

?と疑問符を浮かべる私に「で、ん、わ」と唇で告げた


茶の間には受話器の外れた電話機が保留ランプを灯している


静かにする意味無いじゃん

相変わらずなんだからと台所に立つ母を呆れ顔で見ながら受話器に手を伸ばした


「え~と、もしもし?」


「...あっ地野さん?朝早くにごめんなさいね」


通話相手は聞き覚えのある女性の声


洗い物をする母の方を見ると「せ、ん、せ、い」と唇で話のが見えたので

私はすぐ隣のクラスの担任の顔を思い浮かべた


「あっ浜田先生、オハヨウございます...どうかしましたか?」


「うん、それがですね...私のクラスの空知さん、知っていますか?山中部先生が

最近二人は仲が良いと仰っていたので...」


空...ち?空ち、空知、まだ寝ぼけたがる頭を働かせる

山中部の顔なら名前を聞いた瞬間に出てきていたのに


「小夜の事ですか?はい知ってます、昨日うちに来ました...」


「昨日?本当?学校終わった後?地野さんのうちに?良かった~今もいる?

代わってくれる?本当に?良かった~」


「昨日帰りました」と告げる間を中々あたえない普段の丁寧な話し方とは違う

浜田から、ただならぬ気配を感じ呼びかける


「先生、先生っ。小夜は昨日帰りました、今うちには居ません」


「あっすみません、そうでしたか...」「小夜がどうしたんですか?」


ガクッと声量とテンポが下がる浜田との話はこうだ


小夜が家にいない、その事に親が気付いたのは朝だが家に帰って来た形跡もない


たまに夜遅くまで遊んでいる事もあったというが今まで親に無断で外泊をした事

は無く、連絡を取ろうにも小夜のスマホは電源が入っていないので無理とのこと


親しい友人にも何人か連絡しているが

ほとんど部活仲間の為下校後の足取りが全くわかっていなかったらしく

進展を望める私の話に興奮してしまったようだ


現在小夜の両親と友人、我が校の教職員とが連携して動いている


未だ解決を見せないあの事件が

躊躇いによる手遅れを恐れさせ早くも大事になろうとしていると


そう、脳裏に浮かぶ「星井音子」という生徒の失踪


今私の住む市で騒がれているそれ


我が校の同級生ではあるが特に話したことのない

「知らない生徒」と他人事のように扱ってきたそれに

昨日一緒に笑い合っていた彼女の名前がチラつく...


え?どうして小夜が?何で小夜が?どうして?何で?


心の中で永遠に繰り返される


人は身近に感じて初めて現実を受け入れられる生き物

逆を言えば自分の知らない事はどうしても否定から入ってしまうのだ


周りがどんなに心配しても世間がどんなに注目しても

家出ってみんな言ってるけど?それ以上の興味が沸くことは無かった


そこに私の知る彼女の名前が出るまでは


襖の隙間から見守る母が出会って間もない小夜の存在を知る事はない


受話器から漏れる声などもう耳には届いていなかった

ただその場でマネキンのように立ち尽くすしか出来ない


そう、昨日私が誘ったせいだ...

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