黒ノ九
「すぅ...すぅ...」
まるで眠るかのような細く静かな呼吸
私の頭の中で音もなく崩れていく「黒の世界」
現実を忘れたがっていた私が造り出したそれが
現実を受け入れたことで私の前からその姿を消していく
遠い昔に人の出入りを忘れ寂しさだけを置き残す工場
割れたガラスの刺さる窓格子、所々穴の空いたトタン屋根
地面との区別の付かない床、まだらに並んだ機械たちがそれをより一層強く物語
っている
その床にまるで捨てられた人形のように横たわり手を繋ぐ二人の少女
学生服と思われる衣服は破り剥ぎ取られ、青白い肌には渇いた赤が映える
人間としての形と感触だけを残しその場で静かに冷えきっている
主人の気を引けなくなった二体の哀れな人形
一体は主人の元から逃げようと地を這うようにその場に身を伏せている
開いた瞳は上手く光を捕らえられず
それでもここから逃げようともがく体は動くことを忘れていた
かつていた場所からは絶えず彼女の悲鳴と彼の笑い声が聞こえてくる
助けを求めるかのように名を呼ぶも、自らの欲望を出したその笑い声が全てを
飲み込み悲鳴をこの世のものではないモノへと変える
もう振り向くだけの力も残されてはいなかった
「なぜ優ちゃんがここにいるの?」
その声は決して誰の耳にも届く事はない、手を繋ぎ空を仰ぐ彼女の耳にさえ
薄れゆく意識の中、目の前に捨てられた見覚えのある大きな猫
そこから伸びるヒモの先に手のひら程の塊
私の着信を拒んだスマホが繋がっていた
充電がされている事を祈りながら最後の力を振り絞りそれへと手を伸ばす
体の至るところが悲鳴をあげるがもう関係ない
自分でもそれが最後だとわかっていたから
手に取るも目の前まで引き寄せる力はもうない、指の感覚に頼るしかない
...ブブッ生きてた、この子はまだ私を人として扱ってくれる
不意に込み上げてきた感情が視野を狭めると同時に傾けるだけの力も与えてくれた
「...1...1......0...」
そう細く呟きながら私は眠りに落ちるようにまぶたを閉じた
口に残る渇いた血の味、私の名を呼ぶ彼女の声、だんだん五感が薄れゆく
恐怖はなかった?いや、あったのかもしれない
それでも私の顔はとても穏やかに微笑んでいた
その後彼女がどうなったのか、彼がどうなったのか
これから自分が辿るたった一つの結果しかわからないまま
私の残された意識は、細く静かな呼吸と共に薄れ闇に溶けていく
ありがとう優ちゃん、私をあの世界から出してくれて
そこに黒い闇など無かったように、ただ白い人形たちが笑っていた
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